16 ザンザス視点


”――なぜだ……”


煩ぇ。


”なぜお前は………”


理由なんざ、テメェが一番分かってるはずだ。
テメェは俺を裏切った。俺を騙し、裏切り続けた。

許さねぇ、絶対に。


”――すまない、ザンザス”


いつもと同じ夢の終わり。
いつだってあのジジイは俺に問いかける――何故、と。
理由を知っているくせに。何もかも分かっているくせに。

あぁ、またか。
凍っていく身体にそんなことを思った。
すぐそこにいるジジイの姿は見えるのに、どうしてだか顔だけは全く見えなくて。


”おま、を、――て、たよ”


途切れ途切れの声を最後に、俺の意識はいつも浮上する。
目を開けると真っ暗な天井が目に入った。もうすっかり見慣れた、俺じゃない誰かの部屋の天井だ。
天井から吊るされた照明を何となしに見ていると、隣で何かがもぞもぞと動く気配がして直後に小さな寝息が聞こえてくる。そちらに顔を向ければ、ベッドの横に敷かれた安物の布団で丸くなる女の警戒心の欠片もない間抜けな寝顔が見えた。

ジジイに凍らされた直後、気付けば俺はこの世界にいた。

何が起こったのか分からず辺りを警戒していると、どこからか聞こえる俺を呼ぶ気配。徐々に強くなるその感覚は、俺がそちらに近づくたびに鎖のように身体に纏わりつき、気付いて抵抗した頃にはもう手遅れで、俺の身体は引きずられるようにしてこの家のこの部屋にやって来た。

そして出会ったのがこの女だ。何故か俺はこの女から一定以上離れられない。
理由は俺にもこの女にも分からず、俺はこんな色気のないガキに振り回されるようにして日々を過ごす破目になった。

物に触れることも出来ず、人に触れることも出来ず、ただそこにいるだけの存在として。




「あ……ボス、おはよーござます………」

毎朝煩いくらいに鳴り響く目覚まし時計。
壊すことも出来ないそれから少しでも逃れる為に、俺は毎朝部屋を抜け出して屋根の上で寝転がっている。
今日も数分おきに鳴り響いたそれが漸く止んだのを確認して部屋へ戻れば、布団の上に座り舟を漕いでいた女が僅かに目を開けて呟いた。

それに返事をすることもせずベッドに寝転がれば、数分後に漸く活動を開始した女が制服を手に部屋を出ていく。着替える時は外にいてくれと何度頼んでも俺が無視をするから、他の部屋で着替えることにしたらしい。こいつにしては賢明な判断だ。どうして俺がこいつの命令を聞かなければならない。

着替えと食事を終えて戻ってきた女は、すっかり目を覚ました様子でベッドの上の俺を見る。
その視線を無視して目を閉じていれば「そろそろ行きますよー……」と控えめな声が耳に届いた。

「サボれ」
「無理です」

出会った当初はびくびく怯えていたこの女は、二ヶ月も経てばさすがに慣れたのか少しばかり生意気になった。
ついこの間から何故かこの女にだけ触れるようになったが、相変わらず他の人間には認識されないし物に触ることも出来ないまま。
苛立ちと共に舌打ちをし、こちらに背を向けた女の背中をブーツの底で蹴れば、女はいとも簡単にべしゃりと転んだ。

「い、だい……っ」
「カスが」
「しょ、しょうがないじゃないですか! 私には私の生活があるんですから……!」

涙目で訴えた女は制服の袖で乱雑に目元を拭うと、拗ねたような顔で鞄を持ち部屋を出ていった。
その少し後に玄関の戸が開閉する音。女は学校に向かったようだ。ベッドに寝転んだままでいれば、また引っ張られるような感覚。やはり俺はこの女から離れられないらしい。





幽霊なんざ、いるはずがねぇ





事象には必ず何らかの理由がある。
ならばこれも何か理由があるとでも言うのだろうか。

「あ、ボス! ほら! 虹!」

昼休み、屋上で一人虚しく弁当を広げる女が遠くの空を指して笑う。
この女といることで何かが起こるとでも言うのだろうか――考えて鼻で笑う。あるわけがない。

「もし物とか触れるようになったら、一緒にお弁当食べられますね」

一人で食べるの寂しいから、もし触れるようになったら一緒に食べてくださいね。

突然現れた俺を幽霊と呼び、泣き、怯え、それでも受け入れたこの変な女は、一人で弁当を食べろという俺の命令さえも受け入れた。寂しいと呟きながらも俺に逆らおうとしないこの女は、友人と食べたいとは言わずにこの俺と一緒に食べようとぬかす。やはり変な女だ。

「ボスは何が食べたいですか?」
「………肉だ」

気紛れで返事をしてやれば、きょとんと目を丸くした女は何故か嬉しそうに笑った。