差し出したフォークの先にはサイコロステーキ。
フォークを持つ私の手をボスの大きな手が掴んで、ぱくり。もぐもぐ。ごっくん。不味い。このやろうと思ったけど表情には出さない。多分、出してない、はず。
「もっと美味いもん寄越せ」
「無理だって分かってるじゃないですか」
どこをどう見たら我が家が豪邸に見えるのか。
最高級ステーキだとかそんなもんが食べられる家ではない。ただの庶民の家だ。それをちゃんと理解してるボスは舌打ちをして「さっさと離れたいもんだ」なんて愚痴を零す。こっちの台詞です、とは言わなかった。きっと言ったら人生が終わる。
私を媒体とすればボスも食べることが出来る――そう気付いてから二ヶ月。時が経つのは早い。
こんなもんが食えるか、なんて文句を言うボスにご飯を食べさせてあげるのにも慣れてきた。最初の頃は恥ずかしくて堪らなかったのに。因みに、私の分のご飯だ。
ただ、私がボスに食べさせるのを他の誰かに見られるのは困る。きっと他の人には私の持つフォークに刺さってた料理が独りでに消えてしまうようにしか見えないだろうから。確認はしてない。そんな勇気持てない。
仕方なく夕飯は部屋で一人で食べるようにしてるけど、両親がそろそろ煩い。何が不満なんだとか、ご飯くらい一緒に食べなさいとか。それでもボスは待っててはくれない、から。
ここ最近、両親とはぎこちない仲が続いている。それが悲しい。
何で私だったんだろう。最近、そんなことをよく考えるようになった。
ボスだって好きでここにいるわけじゃない。どういうわけか私から離れられなくて、ここにいることを強制されているだけだ。誰に責任があるわけじゃない。だからボスの所為だなんて言いたくないけど、それでも、やっぱり寂しい。何か嫌なことがあったのか、とか、最近ずっと友達と遊んでないことで虐められてるのか、とまで聞かれた。違うと答える以外なくて、それでも理由を言うことは出来なくて。
「ひでぇツラだ。ただでさえ不味い飯が更に不味くなるぜ」
そう言ったボスの手が伸びてきて私の頬を引っ張った。痛いと訴えればじっと探るように見てくる赤い目。
ボスが。ボスが少しくらい我慢してくれれば良いのに。理不尽を強制されてるボスに、そんなことを言いそうになって口を噤む。そんな私を見てボスは鼻を鳴らす。ここ最近のお決まりのパターンだ。
「どカスが」
吐き捨ててボスがベッドに寝転がる。もういらないのかと問えば「寝る」と一言。お皿にはまだ残ってるのに。
「食べちゃいますからね」
「好きにしろ」
ボスと私の二人分を用意してもらうのは怪しまれるから、私の分のご飯だけ。お母さんにお願いして量を増やしてもらったご飯は、いつも最初にボスが食べる。私と同い年のボスが食べるにはきっと少ないんだろう。でも、私の分をちょっとだけ残してくれる。本当にちょっとだけど。クラスの男子が食べる量程度しか盛られていないのに、ボスはそれの三分の二くらいしか食べない。不味い、もういらねぇって言って食べるのを止める。それが本心なのか私を気遣ってるのか分からないけど、私は勝手に後者だと思ってる。
半分くらい残った皿とボスとを交互に見て、こっそり溜息。冷め始めたご飯を口に入れてもぐもぐ。美味しくない。一人のご飯なんて美味しいわけない。でももう慣れてしまった。だって、学校だっていつも一人だ。友達だった子たちも最近はよそよそしい。当然だ。私だってそうする。
「リサ」
ノックの音と共に聞こえた声。お父さんの声だ。返事をすれば、下で一緒に食べないかと少しだけ硬い声。こちらに背を向けて寝転がるボスを見て、お皿を見て。
「……うん、今行く」
ドアの向こうからホッとした声が聞こえてきて、申し訳なくなった。
何か嫌なことがあるのか? 学校で嫌なことがあったか?
久しぶりに食卓を囲んだ家族の会話は殆どが私に対する問いかけだった。お父さんもお母さんも真剣な表情で、私は何もないよと曖昧に笑うだけ。確かに友達とは離れつつあるけれど、何かされたわけじゃない。……もしかしたら陰でなにか言われてるかもしれないけど。考えて胸が痛んだ。
「ご飯くらい、一緒に食べよう」
お母さんの言葉に、でも私は頷けない。だって、それじゃボスが食べれない。
そこまで私が気にかける必要なんかないのかもしれない。だってボスがここにいるのは私の所為じゃない。でも、聞いてしまったから。初めておにぎりを食べたあの日、ボス、お腹鳴らしてた。本当はずっとお腹が減ってたんじゃないか、って思って。そしたら私だけ食べるなんて出来なくて。
それは家族や友達を犠牲にしてまですることなんだろうか。
そう思ったのも事実だけど、私しかいないから。私しかボスにご飯をあげられないから。私しかボスを見れないから。
ボスの声を聞けるのも、ボスに触れるのも、ボスの姿を見れるのも、私だけ。
私だったら怖い。怖くて怖くて堪らない。もし私とボスの立場が反対だったら。もしボスが私に見向きもしなかったら――有り得そうでちょっとだけ泣きたくなった。
自分がされて嫌なことはしない。小さい頃からお母さんに言われ続けてたことだ。だからボスを見捨てることは出来ない。そのことでお母さん達が嫌な思いをしているのも事実だけれど。
あぁ、もう。
「ごちそうさま」
食器を流しに置いて部屋に戻る。何か言いたげな視線を振りきって部屋に戻るとボスの姿はなかった。
「………どうにかしてよ」
神様。そんなものがいるなんて到底思えないけど、もし、いるのなら。
助けてよ。どうにかしてよ。この状況を、どうにかして。
幽霊さん、心が折れそうです。
天井からスッと入ってきたボスに見下ろされてることに気付かないまま、私は膝を抱えて泣いた。