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「ですからね、ボス」

ベッドの上に座り欠伸をしたボスが、頬杖をついて胡乱気な視線を私に向けている。

「ボスの姿は私以外の人には見えないんです。それで、ボスは私以外の人や物には触れないんです」
「カッ消す」

変えられない現状を突きつけられて苛々したのか、ごつい銃から飛んできた銃弾がピンポイントで私の頭と心臓を貫通する。凝縮された冷気だけでも辛いのに、それがとんでもない速さで私の身体や頭を通り過ぎていくのだ。正直つらい。かなりつらい。
けれど、だ。悲しいかな、私はこの感覚に慣れつつあるのだ。

「すみません、状況を説明したかっただけなんです撃たないでくださいごめんなさい」

ごめんなさいを三回くらい繰り返した所でボスは漸く銃をベッドに放り投げてくれた。向けられる視線も私を射殺してしまいそうなくらい鋭くて、とんでもなく痛いのだけれど。

「つまりです。ボスがね、リビングとか外とか学校とかで突然私を殴ったり蹴ったりするのは非常によろしくないんです」

ボスが私に触れるようになってから一週間。
多分、嬉しかったんだと思うんだ。自分の手が何も触れないのはきっととても辛いことなんだろうと思うから。

でも、たとえそうだとしても、だ。

「ボスが私に暴力を働いたり、こうして足蹴にしたりするのは、傍から見るととんでもなくおかしな光景なんですよ……!」
「るせぇ」

ぐりぐり。ぐりぐり。
背中に乗ったボスのごつい革靴が容赦なく私の背中を抉る。

「いだだだだだっ!!」
「るせぇっつってんだろうが」
「理不尽……!!」

泣きたい。

”そこに四つん這いになれ”

数分前、ボスはそう言って床を指した。
意味が分からない上に何て屈辱的な命令だ!!と怒鳴りつけることも出来なかった臆病な私は、渋々とその場に四つん這いになった。
何か重いが背中に乗せられて、「うげっ」と呻き声を上げながらベッドに座るボスを見て。
私は知った。自分が今、ボスの足置きになっているのだということを。

「ボ、ボス……そろそろこの体勢つらいなーなんて………」
「知るか」
「宿題、やらなきゃだし……」
「るせぇ、黙ってろ」

泣いて良いですか。
泣いたところでこの幽霊もどきはまた鼻で笑うだけなんだと分かっているのだけれど。





幽霊さん、優しさって知ってますか?





「だりぃ」

そんな呟きと共にベッドにごろんと寝転がったボス。
漸く解放された私は、地味に痛くなった膝を摩りながら床にぺたんと座り込みながらすぐそこにあるボスの腹立たしい程に長い脚を見つめる。

「………触れる前の方が良かった……」

怖かっただけでこんな風に痛くなかったし。
無意識に零した私は、それはそれは大きな舌打ちと共に起き上がったボスに気付いてビクリと身体を震わせる。
無言のまま睨み付けてくる真っ赤な目が恐ろしい。すみません怖かっただけとか言ってすみません。ごめんなさい睨まないでください何か言ってください。睨まれるだけが一番怖いってどういうこと……!!

「――あ、の」

どうにか機嫌を直してもらおうと口を開くが、言葉が見つからない。
相変わらずの無言。安定の睨み。怖いです。

「その……え、と」
「………」
「は、早く……家に帰れると、良いですね」

…………。
…………。
…………。

痛いくらいの沈黙が続く。
え、やばい。うそ、私もしかして更に怒らせた……?

「――ドカス」

漸く声を発してくれたボスに内心ホッとしながら返事をして――直後に後悔した。

「カッ消えろ」

撃鉄を起こした銃を眉間に押し当てられる。冷たい。ものすごく冷たい。

「ご、ごめんなさ――」
「黙れ」

謝罪の余地すらなかった。
響く銃声が鼓膜を痛いほどに震わせる。刃のように鋭い冷気が眉間を貫通した。

「帰る家なんざねぇよ」

声も出せないまま頭を押さえてゴロゴロ転がっていた私は、ボスが小さな小さな声で呟いたことを知らなかった。