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「ふわぁ……」

思わず出てしまった欠伸。
襲い来る睡魔と戦うように目を擦っていた私はボスの舌打ちで身を竦めた。

「だ、だって仕方ないじゃないですかー……」

昨日寝たのが夜中の二時過ぎで、起きたのが五時ですよ?
三時間睡眠じゃ頑張れません。正直、学校行けたことが奇跡です。

「行くなっつったのに行ったのは何処のどいつだ」

アァン? てめぇナメてんのか?
そんな声が言外に聞こえてきて、愛想笑いを一つ。
だってね、仕方ないじゃんか。学生は学校行ってお勉強なんですよ。勉強嫌いだけど。

無言でページ捲り役に徹し始めて小一時間。そりゃ眠くもなるってモンです。
パラレルワールドだの異世界だの、何でこんな本を真面目に読んでんの?
いや、違うか。真面目に読んでない。
ボスだってすごいダルそうに目を通してるだけだ。
新聞見てる時の方が真剣だった。

「あの……楽しいですか?」
「そう見えるか?」
「見えません」

だから聞いたんです。心の中で付け足せば、ボスは短く息を吐き出してベッドに寝転んだ。

「だりぃ、飽きた」

でしょうね。
心の内で続けながら、本を閉じても良いかと尋ねる。
栞を挟んでおけと言われた。まだ読むのか。

「あのー……これは何かの修行で?」
「あァ?」
「だ、だって……読みたくもない本を読むなんて、フツーしないじゃないですか」

興味を持った本だって読みきれない私だけど。
天井をぼんやりと見ているボスは、何も言わない。

「えっと……寝ていいですか?」
「………」

たっぷりの間の後、好きにしろと返ってきた。
おぉ、今日はもう寝ていいんだ……!!
感動して時計を見れば、日付が変わるまであと三十分。よし、十分寝れる!!

ボスに断って電気を消して、布団に潜り込む。

「おやすみなさい」

当然ながら、ボスからの返事はなかった。




「次」

日本史の授業。何とかの合戦だとか、誰々がこんな政策を執っただとか、
そんなことを熱く語る先生の話に適当に耳を傾けつつ、板書されたものをひたすらにノートに書き込んでいく作業。
その作業に、私はもう一つだけプラスされる。

「はい」

小さな声で返事をして、ページを捲る。
私の隣には物凄い不機嫌オーラを纏ったボスがいて、机の端に置かれた本を睨むように読んでいる。

一番端の席で良かった。心からそう思った。

板書されたものをノートに書いていきながら、時折ページを捲る。はっきり言って心臓に悪い。
ちょっとでも反応に遅れると容赦なく殴られるからだ。
実際はすり抜けるだけだけど、いきなり真っ黒な何かが目の前に飛んでくるあの恐怖と、すり抜けた時の冷たい感覚を恐れるなという方が無理な話だ。
先生の演説なんて頭に入らない。手だけはひたすら板書を書き写し、それ以外の全ての神経は隣で空気椅子をしている暴君に向けられている。怖い。

「次」

読むのが速い所為で、ページを捲る頻度も高い。
しかもページを捲る作業が遅いとこれまた蹴りが飛んでくる。いい加減にして欲しい。怖いんです。

一時間目の日本史が拷問と化したのは言うまでもないだろうが、それが二時間目、三時間目、四時間目となるともう何と言ったら良いのだろう。
比較的静かなところに行けというボスの命令で、今日もお昼は一人だ。私、近いうちに友達いなくなっちゃうんじゃないだろうか。

「次」

「次」

「とっとと捲れドカス」

ご飯を食べる合間にそんなことを言うもんだから、その度に弁当箱を膝に置いてページを捲らなければならない。

「………明日からはおにぎりだけにしようかな」
「テメェにしては賢明な判断だ」

褒められても嬉しくない。
いや、むしろこれ褒められてるの?

「ボスって、こういうの興味あったんですね」

帰りの電車の中でも同じことをさせられている私。
ドアに寄りかかって隣に立つボスに見えるように本を持つ様は、傍から見たらおかしく見えるのだろう。
しかもタイトルがタイトルだ。
少し離れたところにいる女子高生たちがこっちを見てクスクス笑ってるのなんか聞こえない。………聞こえないんだからっ!!

何かもう、あーあ。





幽霊さん、目の前が霞んできました。ついでに鼻も痛いです。





そんなこと言ったところで、この俺様はだからどうしたと鼻で嗤うだけなんだろうけど。
諦めって大事だよね。あはははは。

乾いた笑いを零しながら、一刻も早く読書を再開させるために家へと急ぐ。

「今夜中に五冊読み切る」

不可能です
俺に楯突くんじゃねぇ
ぎゃんっ!

あぁ、どうやら今夜は徹夜確定らしいです。
帰ってきて、平凡で平和な日々。