07


「お母さーん、今日の新聞どこ?」
「ラックにあるでしょ? 珍しいわね、アンタが新聞読むなんて――あぁ、テレビ欄か」
「煩いな。これ部屋持ってくよー」
「何に使うの?」

遊ぶなら昨日のにしてよね
新聞紙で何して遊ぶの! 読むんだよ!

くわっと目を見開いて言い返せば、同じくらい目を見開いたお母さんが私を凝視する。
夕飯を作っていた手を止めて、まじまじと私を見つめながら歩み寄ってきたお母さんは、徐に私の額に手を当てた。

「……熱はないか」
「怒るよ」
「新聞なんて読めたんだね、すごいね」
「何この人ホントに私のお母さん?」
「お母さんだから褒めてあげてるんでしょ」

ケラケラ笑いながらキッチンに戻るお母さんの背中を睨み付け、ラックから今日の新聞を掴み取るとドスドスと思い切り足を鳴らして階段を上がっていった。

ガチャ、ドン!

「るせぇ、静かに上がって来やがれ」
「……すみません」

ドア開けた瞬間に発泡するのは止めてください。マジで。泣くので。
そう訴えても”知るか”で済まされることは目に見えてるので、諦めて口を噤んだ。

「持ってきましたよー、今日の新聞」

どうぞー、とベッドに寝そべる幽霊さんの前に置けば、物凄く不機嫌な顔の幽霊さんが私を睨みつけてきた。

「何ですか?」
「ドカス、とっとと捲れ」

読めねぇだろうが

そう言われてハッとする。そうだ、この人透けてるから読めないんじゃん。
渋々と新聞を捲ってやれば、自称”テキストを一度見れば理解出来る”幽霊さんは胡乱気に紙面へと視線を落とした。

「今更ですけど、日本語読めるんですか?」
「当然だ」
「だって外国の方なんでしょう? 読めるんですか? 漢字も?」
「黙ってろ」

真剣に読み込む幽霊さんの顔はやっぱり整っている。うーん、口を開かなければイケメンなんだけどなぁ。

「おい」
「はい?」
「パソコン起動しろ」
「? はい」

言われるままに机の上のノートパソコンを開いて起動ボタンを押す。数秒後にお馴染みの起動音と共にデスクトップが表示された。

「何か調べるんですか?」
「”ボンゴレ”だ」
「ボンゴレ? あー……パスタにそんなんがありましたよね? 何の食べもんか知りませんけど」
「ドカス。あさりだ」
「あー、あさりなんだ。へぇ、知らなかった」

残念なものを見る目で見られた気がするのはきっと気の所為。
ネットを開いて”ボンゴレ”と打ち込む。

「何でボンゴレなんですか? 好きなんですか? ボンゴレパスタ」

いっぱい出てきましたよー、うわ、このパスタ美味そう

検査結果に現れたパスタの写真を見て涎を垂らせば、いつの間にか背後にいた幽霊さんが画面を覗き込んできた。

「ちげぇ、マフィアだ」
「は?」
「ボンゴレファミリー。それで検索をかけろ」

美味しそうなマフィアですね。口をついて出そうになったその言葉を飲み込んで検索をかける。
へぇ、そんなマフィアがあるんだー。この幽霊さんとどんな関係なのか知らないけど。知りたくないけど。懐にある銃とか嫌な連想させるんですけど。

「……ありませんねぇ」
「………何もヒットしねぇのか」
「……うん、ないです」

検査結果に現れるのは幽霊さんが求めるものとは違うものばかり。
その後も幽霊さんの指示を受けて”キャバッローネファミリー”だとか色々なもので検索をかけてみたけど、どれもこれも外ればかり。
終いには黙り込んでしまった幽霊さん。

「え、と……どうかしたんですか?」
「…………」

返事はない。ショックを受けているようにも見えるけど、どうかしたんだろうか。

「リサー、ご飯よー」
「はーい!」

下から聞こえたお母さんの声に返事をして幽霊さんを振り返る。

「………取り敢えず、ご飯……行ってきます」

黙ったままの幽霊さんをチラチラと振り返りながら、私は部屋を出た。

「いただきます」

うーん、これからどうしようかなぁ。つーか、どうなるんだろう。
あの幽霊さん、この家に住むって言ってたよね?それなら別に私の部屋で寝なくても良くないか?私のベッド返してくれても良くないか?
私、本当に今日も床で寝るの?マジで?本当に?

「……お母さん」
「ん?」
「布団余ってる?」
「なに、寒いの? もうすぐ夏なのに?」
「いや、敷布団の方」

アンタ大丈夫?

お母さんの顔はそう言っていた。

「あー……たまには布団で寝たいなぁって思って」
「やーよ、干すの面倒だもん」
「わ、私がやるよ!」
「ベッドだめなの?」
「いや……えっと、その………さ、最近すぐベッドから落ちちゃって!」
「ぶはっ!」

は?

ポカンと声のする方を見れば、壁をすり抜けてやって来た幽霊さんが楽しげに笑ってらっしゃった。

「情けねぇ言い訳だな」

誰の所為ですか!!

そう叫びたいのを必死に堪えて、首を傾げるお母さんに頼み込む。いいもん、少しくらい変な奴だって思われたって構うもんか。私の母親ならもう十分知ってるはずだ。そんなことより、寝床を確保する方が大事に決まってる!!

「別に良いけど……その代わり、自分で干してよね」
「やったー! ありがとうお母さん!!」

よし、寝床ゲット!!
つーか、幽霊さん。貴方何しに来たんですか?落ち込んでたんじゃないんですか?

「おい」
「はい」
「何?」

幽霊さんの言葉に思わず返事をすれば、首を傾げるお母さん。忘れてた。見えないし聞こえないんだった。

「いや、何でもない」

それから小声で尋ねる。

何ですか?
テレビつけろ

リモコンを手に取ってテレビをつけると、丁度クイズ番組が流れてた。あ、これ毎週観てるやつだ。ラッキー。

「ざけんなドカス。ニュースだ」

ぶーぶー。僅かに唇を尖らせれば即座に撃ち込まれる銃弾。ごめんなさい申し訳ありません。すぐに。
けど、今は夜の七時を回ったところ。夕方のニュースは終わったばかりだ。夜のニュースは十時過ぎたくらいからだし。

「すみません、やってないです」
「かっ消す」

銃を構えた幽霊さんに全力で謝るけど通じない。
何でだよ!心読めるくせに!!

「おい」
「……はい」
「とっとと部屋に戻れ。続きが読めねぇだろうが」
「………はい」





幽霊の下僕になりました。





「あの、幽霊さん」
「………」
「えっと……名前、何ていうんですか?」
「………」
「教えてもらえないと、これからも”幽霊さん”って呼ぶことになっちゃうんですけど・・」
「………」
「あのー……」
「るせぇ」

撃たれた。新聞読んでる時に話しかけるのは禁止らしいです。

「テメェに教えるつもりはねぇ」

粗方読み終わった頃、幽霊さんはそう言った。
貴方、私の部屋に居候するんですよね?私のベッド占領するんですよね?

「あ?」

文句あんのか?
いいえ、ありませんボス!

「……それでいい。そう呼べ」
「へ?あ、はい……じゃあ、ボス。えっと……リサです。これからよろしくお願いします」

恭しく頭を下げてみせたけれど、返事はない。恐る恐る顔を上げたら、いつの間にかこっちに背を向けて眠っていた。
ドチクショー!って心の中で叫んだら撃たれた。ぐすん。