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「あのっ! すみません!」

そろそろ雨が降ってくるなと空を見上げていた時だった。ガサガサと茂みを掻き分けて姿を現した少年が声をかけてきたのは。
緑色の装束。けれど六年生のそれよりは明るい色をしている。赤みがかった長い髪を上の方で一つに纏めた少年は、まるで死地に向かう戦士のような顔でリサの前に立っていた。仁王立ちである。明らかに震えている手足に頭を掻き、努めて優しい声音で「どうしたの?」と問いかける。もう泣かれるのは御免だ。

「ひ、人を探しています!」

震える声でそう言った少年がリサをじっと見る。「だから何?」と言われるとでも思ったのだろうか。リサの出方を窺っている少年に「うん、どんな子?」と尋ねれば、ほっとした様子で探し人の容貌を話してくれた。

「僕と同じ装束を着ていて……、一人は背が高くて、髪が茶色いです。もう一人は僕と同じくらいの身長で……髪がさらさらで、灰色です。ふ、二人とも、方向音痴で……っ」
「あぁ……いつも探してたの、君だったんだ」

掃除をしているとどこからか聞こえてくる、誰かを探す声。この学園に来てからほぼ毎日聞いている声は、確かに目の前の少年のそれとよく似ていたように思える。

「あの……見かけてない、でしょうか」
「うーん、見てないなぁ……学園の敷地内にいるの?」
「それが、その……気付けば裏山とか裏裏山とか、勝手に行ってしまって……」
「方向音痴で?」

力なく頷く少年に苦笑が漏れる。清々しいほどの方向音痴っぷりだねぇと呟けば、呻き声が返ってきた。
さて、どうしたものか。掃除の仕事はたった今終わったばかりだ。けれど、だからと言って探すのを手伝うと申し出たところでこの少年が受け入れてくれるとも思えない。そもそも、本当に彼らを探しているのかも疑問だ。
先日、竹谷八左ヱ門の同級生に騙されて以来、忍たま達を疑うことを覚えてしまったリサは、仕事を終えたばかりの踏鋤の柄でとんとんと肩を叩いて空を仰ぎ見た。

「――まぁ、いいか」
「え?」
「探すの手伝うよ。仕事終わったから」
「え、で、でも……」
「迷惑ならやめる」

どっち?
尋ねたリサを少年が情けない顔で見ている。そう言えば、この少年の名前すら聞いていないことに気が付いたが、まぁ今は良いだろうと思い直す。
少年は沈黙したまま動かない。さて、何と返ってくるだろうかと待ち続けること数分。時計がないから分からないが、おそらく五分くらいは経っただろう。この世界では一刻だの半刻だのと、リサの世界とは違った数え方をするらしいが、この世界の表現方法で今はどれくらい経っただろうか。長い。とにかく長い。

「あの……?」

痺れを切らして問いかけたリサは驚いた。
顔を真っ青にした少年が、ぶるぶると震えだしたからだ。え、なにこの子。思わず呟いて、慌てて口を覆う。

「い、今頃、山賊達に……!!」
「は? 山賊?」
「猪や熊の餌になってるかも……!!」
「……おーい」

目の前で手を振ってみても効果はない。どうやら自分の世界に入ってしまっているらしい少年は、友人達の身を案じているのだろうか。山賊だの猪だの熊だのと呟いては、まるで自分がそうなってしまったかのように青褪めて悲鳴を上げている。

「――分かった! 分かったから、」
「え……?」

漸くこちらの声に反応した少年の肩に手を置いて、じっと見つめる。
まさか触れられると思わなかったらしい少年がびくりと大きく身体を揺らして、不安と警戒を露わにこちらを見てくる。

「名前は?」
「あ、えと……」
「君の名前。私はリサ」
「と、富松、作兵衛です……」
「富松君。じゃあ、探そう」

さぁ、行くよ。手を引いて歩き出すと、転びそうになりながらついてくる作兵衛が焦ったように声を上げる。

「わ、悪いです、そんな……!」
「一人で探してる間に、山賊や熊の餌食になってたらどうするの?」
「う……」

どちらを選ぶのかと問えば、作兵衛は決死の表情で「お、お願いします!」と声を張り上げた。
得体の知れない異世界人と行動を共にする危険より、友人達の安否を気遣う気持ちが勝ったようだ。友達想いのいい子ではないか。微かに笑みを浮かべて、リサは作兵衛の手を引いて歩き出した。

「ど、どこに行くんですか?」
「裏山」

答えて門へ向かう。出門表を手にした小松田がリサと作兵衛を見て「あれぇ?」と首を傾げた。

「珍しい組み合わせだね。どうしたの?」
「富松君の友達を探しに行ってくるね」
「あぁ、次屋君と神崎君だね!」
「小松田君、その子達が外に出たの見た?」
「ううん。あの子達、いつも僕の目を掻い潜って行っちゃうんだ」

ちゃんと見張ってるつもりなんだけどなぁ。溜息混じりに零す小松田から出門表を受け取り、それぞれ名前を記入する。「行ってきます」と学園の外に出ると「行ってらっしゃーい」と明るい声が見送ってくれた。

「――あれ? リサちゃんって、学園の外に出ていいんだっけ?」

ま、いっか。サインをもらってご満悦の小松田は、鼻唄混じりに出門表を抱えて事務室へと戻っていった。




木々が鬱蒼と茂る山の中を、作兵衛はリサに手を引かれて歩いていた。
友人達を探すのを手伝ってくれると言ってくれて、一緒に学園を出てきたまではいい。けれど、繋いだままの手は出来れば放して欲しいし、当てもなく彷徨っているこの状況もどうだろうと思う。

もしかして、今自分はとても危険な状況なのではないだろうか。
ここは学園の外で、自分とリサしかいない。リサ――異世界から来たという謎の女性。南蛮人のような風貌なのに、話す言葉は日本語で、怪しいところだらけだ。六年生が彼女と和解したと聞いているし、同じ委員会の食満留三郎からも「気が向いたら話してみるといい。悪い人じゃないさ」と聞いている。

けれど、これは。この状況はどうなのだろう。あれ、俺、やばくない?
作兵衛は青褪めた。
もし、今向かっている先が恐ろしい場所だったら。異世界から来たのなら、地獄にだって連れて行かれるかもしれない。友人達が山賊や熊にやられてしまうかもしれないと思っていたが、もしかしたら自分がそうなってしまうかもしれない。
逃げなければ。けれど下手に動いたらここで殺されてしまうかもしれない。

あぁ、どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう!!

真っ青な顔で必死に頭を働かせるが、いい案など浮かぶはずもない。
助けてくれ! 三之助! 左門! 心中で友人達に助けを求めたその時、隣から噴き出す音が聞こえた。驚いて見上げれば、リサが肩を震わせて笑っている。

「富松君、怯えすぎ」
「、ぁ……うぁ、え、と」
「何もしないよ。――ほら、見つけた」
「え?」

リサが指した先。作兵衛は何もない場所を見て困惑する。どこに何を見つけたのだろうか。ちらりとリサを見上げると、リサは微笑んだまま同じところを見ている。まさか、自分に見えないだけでそこに友人がいるのだろうか。
まさか幽霊になってそこにいるのか!? そんなことを考えて涙を滲ませたその時、

「あれ、作兵衛だ」

茂みからひょっこりと出てきた顔。作兵衛が探していたのっぽの方――次屋三之助だ。山賊と勘違いしたのか、身を潜めてこちらの様子を窺っていたらしい三之助が、ガサガサと茂みを掻き分けて出てくる。

「さ、三之助ー!!」
「何してんの?」
「お前を探してたんだよ!!」
「その人と二人で?」

繋がれたままの手を見て尋ねる三之助に、慌てて手を振り払う。「違う! これは、その!」必死に弁解しようとして、我に返った。そういえば思い切り振り払ってしまった。そっとリサを見上げると、見つかって良かったねと笑うリサの姿。怒っている様子はない。

「あの……ありがとう、ございました……どうして分かったんですか?」

一度も迷わなかった。リサはこの場所までまっすぐに歩いてきた。どうして三之助がここにいると知っていたのだろうか。けれど、リサは「内緒」と笑うだけで教えてはくれなかった。三之助と顔を見合わせる。まぁ、いいか。

「じゃあ、もう一人も迎えに行こう」
「場所が分かるんですか?」
「うん」

分かるらしい。どうして。異世界人凄い。是非とも探す方法を教えてもらいたいと思いながら、作兵衛は三之助の腰に迷子ひもを括りつけた。また消えられては困るからだ。念には念を入れて三之助と手を繋ぎながら、歩き出したリサの後を追う。

「知り合いだったの?」
「いや……さっき、探してる時にたまたま見つけて……探すの手伝ってくれるって言うから」
「ふぅん。作兵衛にしては珍しいな」
「お前らが消えるからだろうが!」

呑気な三之助を叱りつけてリサの後を追う。仲がいいねぇ。笑うリサは、何というか、普通だった。
見た目が南蛮人で、異世界から来た人で。探し人を見つけるのが上手いことを除けば、どこからどう見ても普通の人間に見える。二年生や一年い組の生徒達が化物に変身するらしいなんて噂しているのを聞いたことがあるけれど、そうは見えない。どこからどう見ても、人間だ。

「もうすぐ来るよ」

立ち止まったリサが指した先を見つめる。
首を傾げる三之助がリサを見て、作兵衛を見て。リサが指した茂みを見た。どれくらい経っただろうか。「うおおぉぉぉ!」という聞き慣れた声が聞こえてくる。隣で三之助が「あ」と声を上げた。

「長屋はどっちだああぁぁぁ!」
「左門!!」

叫びながら飛び出してきたのは、間違いなく神崎左門で。呼びかければ、顔を輝かせた左門が「作兵衛!」と駆け寄ってくる。すかさず迷子ひもを腰に括りつけると、長屋はどっちかと尋ねられた。溜息しか出なかった。

「二人だったよね?」
「はい! ありがとうございます!!」

尋ねられて、礼を言って。作兵衛は安堵の息を漏らしながら二人に繋いだ迷子ひもを強く握る。
左門がリサを見上げて「新しい事務員さん!」と声を上げた。リサが「うん、リサです」と返している。

「ここで何してるんですか?」
「迷子の捜索のお手伝い」
「迷子って誰が?」
「すみません、こいつ無自覚の方向音痴で……」

首を傾げる三之助の肩に手を置いて説明してやる。ちなみに左門の方が決断力のある方向音痴だと教えてやると、きょとんと目を丸くしたリサが声を上げて笑いだした。

「そりゃ凄いね。さ、学園に戻ろう。そろそろ雨が降ってくるよ」
「分かるんですか?」

空を見上げた三之助がリサに尋ねる。作兵衛も空を仰ぎ見たけれど、別段いつもと変わった様子のない空だった。確かに太陽は隠れているが、雨が降りそうには見えない。リサが笑った。分かるよ。

「どうして分かるんですか?」
「それは分かんない。何となく、降りそうだなって思うといつも降るから」
「へぇー」

感心したような左門に笑いかけて。リサが作兵衛を見る。
自分は一体どんな顔をしているのだろうか。リサが困ったように笑った。

「ごめんね。帰ろう」
「あ……、はい……」

謝る必要なんてなかったのに。学園に向かって歩き出すリサの後ろ姿を見つめながら、作兵衛は迷子ひもをしっかり握った。時折「こっちか!」「こっちだろ」と勝手に方向を変えて歩き出そうとする二人の手綱を握りしめて「こっちだ馬鹿野郎!」と叱る。

「聞いても良いですか」

唐突に三之助が言った。それに対するリサの答えは「どうぞー」と明るい。
一体何を聞くつもりなのだろうか。左門と二人、三之助の台詞を待っていると、三之助は言った。

「化物に変身出来るんですか?」
「三之助!!」

何を言ってるんだ、こいつは。助けてくれた人なのに。助けてもらったばかりなのに、そんな失礼なことを。
慌てて三之助の口を塞ぐも、もう遅い。出てしまった言葉は取り消せない。左門がリサを見上げた。

「変身出来るんですか!?」

わくわく、そわそわ。お前はもう少し緊張感を持てと言いたい。
機嫌を損ねてしまっただろうか。まさか、ここで襲いかかってきたりはしないだろうかと考えてしまう自分が情けない。助けてもらったばかりだというのに。信じきれていないことが情けなくて、申し訳ない。

「出来るよ」

目を輝かせる左門の頭にぽん、と手を置いて。リサが笑った。
へ。声を漏らしたのは自分だったか、三之助だったか。より一層目を輝かせた左門が「見たいです!」とリサにねだっている。怖いもの知らずか。

「見ない方がいいよ」
「どうしてですか?」
「化物だから」

前を向いたままのリサが笑う。さっきまではこっちを見て笑いかけてくれたのに、今そうしないことが何だか恐ろしくて、少しだけ悲しい。どうしてそんなことを思うのだろうか。

前を進むリサの背中が、どこか寂しそうに見えた。