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「やっぱりか……」

示された方をひたすら歩き続けているのに、一向に目的地に着かない。リサは溜息を落とした。
いやに親切だった。一目で上級生だと分かる姿で、やたらに愛想が良くて。あれ? と思ったのは一瞬だ。六年生はあんなにも疑っていたのに、彼らとそんなに変わらないくらいのあの少年が、どうしてあんなにも親切だったのか――少し考えれば分かった事だ。思い至らなかった自身の情けなさに、また溜息。

思い出してみれば、伊作だって初めて会った時はそうだった。他の六年生に比べれば幾分マシではあったけれど、最初はリサに困ったような信じきれていないという視線を向けていた。きり丸だって、半助だってそうだ。
彼がそうではないと、どうして気が付かなかったのだろう。

少しばかり浮かれすぎていた。反省しながら、さてこれからどうしようかと思い悩む。戻ってまたあの少年に出会ったらどうしよう。脅して正しい道を尋ねる事も出来るけれど、それでは何の意味もない。せっかく受け入れてくれた六年生達に、今度は完全に見放されてしまうかもしれない。そうすればきり丸は酷く悲しむだろう。半助だってそうだ。受け入れてもらえたと報告した時、あんなにも嬉しそうに笑ってくれたのに。

「あああぁぁ……! どうしようどうしよう!」

ここどこ! 図書室どこ!
叫んだその時、背後の茂みががさりと音を立てる。振り返ると今にも泣き出してしまいそうな子どもと目が合った。井桁模様の装束。一年生だ。は組の子ではない。

「……」
「……」

互いに見つめ合って無言。どうしよう、怯えられている。あの子もうちょっとで泣いてしまいそうだ。

「……こ、こんにちは」

出来る限り優しく笑いかけてみたが、失敗だった。

「っ、……っ、」

口をはくはくさせ、目いっぱいに涙を溜め。

「っ、た、竹谷八左ヱ門せんぱーーいっ!!」

少年の叫び声が木霊する。え、どうしよう。リサも青褪めた。

「わ、私、何もしないよ、怖くないよ!」

訴えてみるが、少年は「ひいぃぃぃ!」とあからさまに怯えて後退るだけ。物凄い勢いで泣いている。リサについて一体どんな話を聞かされたのだ。異世界人というだけでこんなにも怯えられているのだとしたら、結構悲しい。泣きたいのはこっちだ。

どうしよう、どうしようと思っていると、こちらへ向かってくる何者かの気配。物凄い速さだ。音を消すことすら忘れてこちらに突進してきたそれは、飛び出してきた勢いそのままにリサに襲いかかってくる。振り下ろされた苦無を既の所で避けて後ろに飛ぶが、襲撃者はすかさず一足飛びで迫ってくる。

「、」

再び迫る苦無。間近まで近づいたそれを咄嗟に仰け反って躱すと、陽の光を受けてぎらりと輝く苦無はリサの顔の真上を過ぎていった。倒れた勢いそのままにひらりと宙返りをして距離を取ると、同じように身を引いた襲撃者が泣き腫らす少年のすぐ傍へと着地する。

「孫次郎! 大丈夫か!?」
「は、はい……!」

ついさっき見事にリサを騙してくださった少年と同じ群青色の装束だ。体格的に五年か、四年か――駄目元で「貴方は何年生ですか?」と問いかけてみたけれど、やはり答えはもらえなかった。

「こいつに何をした」
「な、何もしてないよ……」
「泣いてんじゃねぇか!」
「め、目が合った途端に泣きだしたんだってば!」

私が泣きたいよ! 訴えた途端、少年が「ごめんなさいいぃ!」と泣き叫ぶ。あ。漏らしてリサは眉を下げた。

「い、今のは、不可抗力、です……」
「………」

警戒を緩めないまま、群青の装束の少年が孫次郎と呼ばれた少年の頭に手を置く。

「大丈夫だ」
「せ、先輩……」
「絶対、護ってやる。な?」

群青の少年が安心させるように笑うと、目いっぱいに涙を溜めていた孫次郎は感極まったように身体を震わせ、

「――はいっ!」

それはそれは嬉しそうに頷いた。そんな孫次郎に群青の少年もまた微笑む。何とも微笑ましい光景だが、素直にそう思えないのは何故だろうか。群青の少年がリサを振り返る。敵意むき出しの少年にひくりと頬を引き攣らせて深呼吸を一つ。ダメだ。落ち着け。リサは両手を挙げて降参のポーズを取った。

「分かった。いいよ、私が悪かったです」

少年の警戒は緩まない。

「君と同じ装束を着た少年に図書室はこっちだと言われて歩いてたけど、一向に見つからないし」

同じ装束と聞いたからだろうか。少年の眉がぴくりと動く。

「デタラメ教えられてヘコんでた所にその子がやって来て、目が合った途端泣かれて」

少年がちらりと孫次郎を見る。孫次郎がバツが悪そうな顔で俯いた。

「どうやって泣き止ませたら良いのか分からない所に君がやって来て、突然襲われました」

少年の顔に苦いものが混じるのを見ながら、リサは続けた。

「危うく殺されかけてこっちが泣きたい気分だけど、いいです。私が悪かったです。図書室の場所を知らなかった私が悪いです。騙されてこんなとこまでノコノコやって来たのが悪いです。その子と目が合ったのが悪いです。――そうだよね?」
「………悪かった」

渋々構えを解いた少年が小さな小さな声で謝罪の言葉を口にした。少しばかり嫌味が過ぎたかもしれないが、あまりにも理不尽だったのだからこれくらいは許して頂きたい。拳を食らわせなかっただけ感謝しろ。心の内で吐き捨ててリサは孫次郎を見た。目が合った孫次郎が気まずそうに目を泳がせて、再びリサを見る。

「あ、の……ご、ごめんなさい……僕、その……」

怒られないだろうか。殴られたりはしないだろうか――そんな事を思っているのだろう、びくびくと身を縮こまらせる孫次郎にリサは苦笑を浮かべた。

「いいよ、得体の知れない相手と二人きりじゃ怖いもんね。こっちこそ怖がらせちゃってごめんね」
「図書室はあっちだぞ」

群青の少年が指したのは、リサがやって来た方角。あのクソガキ。心の内で吐き捨ててリサは溜息を漏らした。

「そうじゃないかと思ってた所だよ。ありがとう」

二人に背を向けて歩き出す。背中に突き刺さる二つの視線にすら溜息が零れ落ちそうになったその時、

「竹谷八左ヱ門せんぱーーーーい!! ――あっ、リサさん!」

きり丸と同じクラスの三治郎と虎若がこちらに向かって走って来るのが見えた。大きく手を振ってくる三治郎には同じように手を振り返し、「こんにちはー!」と挨拶をしてくれる虎若には同じように「こんにちはー」と返す。目の前で足を止めた二人は満面の笑みを向けてくれた。可愛い。癒された。

「リサさん、五年ろ組の竹谷八左ヱ門先輩見ませんでした?」
「青い装束を着て、虫網を持ってる人です!」
「虫網は持ってなかったけど、ほら。そこにいるよ」

茂みの向こうを指して教えてやれば、さっきの少年が孫次郎の手を引いてこちらにやって来る。

「三治郎、虎若。どうした?」

リサへの態度と違いすぎる。何だその優しい兄貴ぶりは。こっそり唇を尖らせていると、三治郎と虎若が嬉しそうな顔で八左エ門の元へと駆け寄った。まるで子犬だ。八左エ門もそう感じたのか、屈み込んで二人と視線を合わせて話を聞く態勢をとる。三治郎と虎若が笑顔で言った。

「はい! 毒虫が散歩に出ました!」
「一匹もいません!」
「なにいいぃぃ!!?」

天使のような笑顔の少年達から出てきた報告に八左エ門が青褪める。

「虎若君、毒虫って?」
「生物委員会で飼ってるんです! 沢山飼ってるんですよ!」
「リサさんも見に来てくださいね! 他にも狼とかいるんですよ!」
「へぇー、凄いね!」

和気あいあいと話をするリサ達にストップをかけたのは八左エ門だ。

「とにかく探すぞ!」
「はいっ!!」

八左エ門の声に全員が声を揃え、一年生達は走って行ってしまった。その背中に「気をつけろよ!」と叫んで見送った八左エ門が、大きな大きな溜息を落とす。

「あぁ……今度逃げたら予算また減らすって言われてんのに……」
「……あのー、探すの手伝おうか?」

そっと呼びかけてみる。八左エ門がこちらを見て、逸らして、ぶつぶつと独り言を始めた。どうする、だとか、まだ信じられねぇし、だとか。

「一応、事務員という事でここに置いてもらってるし……これも仕事だから」
「……咬まれても知らねぇからな」
「はいはい」

大丈夫だよ、とは言わなかった。
茂みの中から虫網を拾い上げた八左ヱ門が去っていき、あっという間に見えなくなった。一人残されたリサはまた一つ溜息。いつもと変わらず仕事をして、小松田のミスをフォローして。せっかくもらった休みを勉強に宛てようと思っていたというのに、何故こうなった。

「きり丸に癒されたい」

今夜一緒に寝ようと誘ったら一緒に寝てくれるだろうか。無理だろうなぁ。呟いてまた溜息。きっとお父さんが許してくれないだろう。残念だ。非常に残念だ。

さぁ、毒虫を探しに行こう。