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どんがらがっしゃーん。大きな音が事務室内に響き渡り、小松田はひくりと頬を引き攣らせた。

「――またですか小松田君!!」

吉野先生の怒号にびくりと身を縮こまらせてそっと見上げる。わぁ、般若。口に出さなかった言葉はそれでも吉野にはきっちり届いたらしい。こちらを睨む顔が更に怖くなった。

「ごめんなさぁい」

しょんぼりと肩を落として上目がちに謝罪の言葉を紡げば、吉野はそれはそれは大きな溜息を吐き出して額に手を当てた。

「うわっ、こりゃまた見事にやらかしましたねぇ」
「あらぁ……」

お盆に人数分の茶を載せて戻ってきたリサと事務員のおばちゃんが、室内を見回して苦笑を浮かべる。はいどうぞ、と差し出されたお茶を受け取り礼を言えば、おばちゃんが吉野にお茶を差し出して何やら慰めの言葉を贈っているのが見えた。

「あちち」
「ここまでくると才能だねぇ」

腰を下ろしてのんびりお茶を啜るリサに「えへへ」と笑いを返しながら隣に座る。室内には棚から倒れた器具やら書類やらが満遍なく散らばっていて、あぁこれから片付けるのかと思うと吉野ではないが溜息を漏らしてしまう。犯人は自分なのだから文句も言えないのだけれど。というか言ったら吉野に殺されるかもしれない。

「飲み終わったら片付けよっか」
「……ごめんね、リサちゃん」

しゅんと肩を落として言えば吉野から「貴方は注意力が散漫なんですよ」とお小言が飛んできた。
本日二度目となる片付け。昨日は昨日で三回ほど色々とやらかして新しい事務員となった彼女に片付けをさせてしまっている。いい加減怒られるかもしれない。吉野のように怒りを爆発させるかもしれない。
異世界から来たという彼女はやたら力が強いらしいし、下手をすれば殺されてしまうのではないだろうか。そんなの嫌だ怖い! と内心びくびくしている小松田の隣で、リサは暢気に茶を啜ってホッと息を吐き出している。あれ? 首を傾げて小松田はそっとリサに問いかけた。

「……怒ってないの?」
「うん?」
「だって、ほら……」
「あぁ、何だ。怒ってないよ」

そう言って笑うリサにきょとんと目を丸くしていれば、お茶を飲み終えたリサは「よいしょ」と立ち上がり足元に散らばる書類を拾い集め始める。リサは文字が読めないから適当に拾い集めるだけで、後から小松田や事務のおばちゃんが種類ごとに揃えることになっている。その作業に結構な時間がかかるので、今日もそれ以外の雑務は全てリサ任せになるのだろう。

「ふぅん……リサちゃんて変なの」

異世界の人は優しいんだね、と続ければリサはそんなことないよと笑う。
まぁこれも拷問の訓練だと思えば可愛いもんだよね、と続いた言葉の意味はよく分からないけれど、とにかく怒っていなくて良かった。ものの数分で片付けを終えてしまったリサにありがとうとお礼を言う横で、リサのおかげで片付けに時間がかからなくなったと喜ぶ吉野の姿があり、良かったですねぇ、と笑いかけたら睨まれてしまった。

「リサさん、今日はもう良いですよ」
「え?」
「貴方に頼めることは全て終わってしまいましたからね」
「分かりました。それじゃあお先に失礼します」

ぺこりと頭を下げて事務室を去ろうとしたリサが戸口でこちらを振り返った。どうしたのかと問えば、勉強がしたいのだと言う。

「勉強?」
「ここの文字を覚えたいなと思って。そしたら集めるだけじゃなくて整理する所まで手伝えるだろうし」

不揃いなまま重ねられた書類の束を指して言うリサに、小松田は「それなら図書室がいいよ」と教えてあげた。

「図書委員がいるから、文字の勉強をしたいって言えば分かりやすい本を貸してくれるんじゃないかな」
「ありがとう! 行ってみるね」

では失礼します。ぺこりと頭を下げて去っていくリサの背を見送り、小松田は感嘆の息を漏らした。

「リサちゃん凄いですねぇ」
「貴方もあれくらい熱心だと良いんですけどね」
「僕だってちゃんとやってますよぉ」
「失敗しなければねぇ……」

苦笑するおばちゃんと項垂れる吉野に小松田はぷぅ、と頬を膨らませて書類の整理を始める。
書類の束を全て床に落として吉野に叱られることとなるのは、数秒後の話である。