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授業が終わると生徒たちはグラウンドに集められた。
忍たまとくのたまの一年生から六年生まで色とりどりの忍装束が集まっていて、けれどその理由は既に承知しているらしい彼らの視線は、何かを探すように忙しなくあちこちを見回している。

「きりちゃん、リサさん良かったね」
「おう!」

乱太郎の囁きに応えるきり丸は上機嫌だった。
学園にいると約束してくれた。その約束を守ってくれた。早く姿が見たい。早く。早く。
そんなきり丸の心を読んだかのように、学園長が前に出てきて咳払いを一つ。あぁ、漸く来た!

「えー、ゴホン! 今日は、新しい事務員を紹介する!」

学園長の言葉に生徒たちが微かにざわめいた。
来なさい、と学園長に促されて隣に並んだのは、見慣れた銀の長い髪を一つに括り小松田と同じ事務員用の装束を身に纏ったリサだ。

「さ、自己紹介じゃ」
「初めまして、リサです。よろしくお願いします」

いつもと変わらない人懐こい笑みを浮かべながらお辞儀をしたリサ。あちこちからパチパチと疎らな拍手が贈られると、学園長は再び咳払いをして生徒たちを黙らせた。

「えー、彼女は異世界からの客人じゃが、行く場所が無いということでこの学園に身を置くこととなった」

は? 異世界? 何それ。あちこちでそんな囁き声が聞こえてくる。
あぁ、どうしよう。警戒されている。仕方のないことだと分かっているが、それでもやはり心が痛い。

「彼女については、夏休みを共に過ごした土井先生ときり丸が保証してくれておる。ま、大丈夫じゃろう」

以上、終わり! 学園長の宣言により集会は早くも終了した。
再びざわめきだした生徒たちが次々にきり丸にどういう事だと問いかけてくるが、答えている暇などない。きり丸はそれらを全て無視して駆け出した。

「リサさん!」
「きり丸ー!」

勢い余って抱き付けば、リサは当然のようにきり丸を抱き上げてぐるぐると回り出す。
余りの速さに少しばかり目を回していると、漸く止まってくれたリサがぎゅうっと強く抱きしめてくれた。

「ちょ、苦しい……!」
「きり丸ー! もー、可愛い可愛い!」
「か、可愛いなんて言われたって嬉しくないっすよ!」

必死に抵抗を試みるが通じない。どんなに頑張っても顔が緩むのを止められないのだ。

「無事で良かった……約束、守ってくれてありがとーございます!」
「きり丸のお願いなら何だって聞くよぅ」

可愛い可愛いきり丸可愛い
むぎゅむぎゅと抱きしめるリサの腕の中にいるきり丸に視線が集まっている。恥ずかしい。でも逃げられない。力が強すぎる。恥ずかしい。でも嬉しい。

「リサさん、甘やかし過ぎです」
「だってきり丸可愛いんですよ、ほら」
「ほらじゃありません。皆見てますから……きり丸だって恥ずかしがってますし……」

半助に言われたリサがじっと見つめてくる。間近で見つめられるのが何だか照れ臭くて視線を泳がせれば、照れてる可愛い! とまた抱きしめられた。恥ずかしい。嬉しいけど恥ずかしい。

「だから、甘やかし過ぎなんですってば……」
「可愛いきり丸が悪いんです」
「え、ぼくが悪いんっすか!?」

そう。可愛すぎるのが悪い。即答したリサの傍らで呆れ果てた半助が手のひらで顔を覆っている。
相変わらず視線はこちらに向いたままで、何やら笑い声まで聞こえてくるから、きり丸はそろそろ下ろして欲しいとリサに頼んだ。

「えー……残念……」

渋々と解放されて漸く地面に降り立ったきり丸は、こっそり安堵の息を漏らしてリサを見上げた。
この学園の事務員として働くんですから、生徒を贔屓してはいけません云々と説教する半助と、そんな半助に説教されて項垂れているリサに思わず笑みを溢したその時「土井先生」と誰かの声が聞こえた。

「あ、六年い組の立花仙蔵先輩」
「彼女が異世界とやらから来たというのは本当ですか?」

躊躇なく吐き出された問いかけ。気付けば他の六年生たちも集まってきていた。

「あ、伊作くん」
「さっきはどうも。無事に事務員になれたようで安心しました」
「ありがとー、無事に事務員にしてもらえて私も安心したよ」

ニコニコと笑い合う二人の間だけ空気が和んでいる。

「……話を戻しても?」
「ん? あ、ごめん。うん、たぶんそうだと思います」
「たぶん?」

訝しげに目を細める仙蔵にリサは懐から小さな紙を取り出した。以前見せてもらったハンター証とやらだ。

「この文字、読める? 私の世界の共通文字なんだけど」
「これが……?」
「うわー、何か変な文字だねぇ」
「ここの文字も私の世界にあったから、もしかしたら同じなのかなと思ったんだけど、この世界は魔獣とかいないでしょ?」
「マジュウ?」

何だそれ。呟いたのは六年は組の食満留三郎だ。他の六年生たちも首を傾げている。
そんな彼らにリサは「人間の言葉を話す、人間以外の生き物だよ」と肩を竦めた。

「はぁ? そんなのいるわけねぇだろ!」
「止せ、留三郎。……本当にいるんですか? そんなのが?」
「人間に化ける魔獣とかいたねぇ。ハンター試験の会場まで連れてってくれたのもキリコって魔獣だったし」
「その……ハンターとはどういうものなのですか?」

仙蔵の問いは続く。

「よろしければ、もう少し詳しく聞かせて頂きたいのですが」
「そうしたいのは山々なんだけど、ごめん。まだ仕事を教えてもらってる最中だから、そろそろ戻らないと」
「お前たちももうすぐ授業が始まるぞ。放課後にでもまた話を聞かせてもらいなさい」
「そうですね。では、また放課後に」

にっこり微笑んだ仙蔵は他の六年生たちと共に去っていった。
その背を見送っていると、一人振り返った伊作が仕草で「ごめんね」と両手を合わせて謝り去っていく。

「……てめぇ逃げんじゃねぇぞゴラァ、って言われた気がしました」
「リサさん、口が悪いですよ」

半助に窘められてリサはへらりと笑う。

「まぁ、疑われるのは当然ですしねぇ。むしろ疑わない方が心配というか……」
「貴方が心配してどうするんですか! ――大丈夫だとは思いますが、念の為、気を付けてくださいね」
「土井せんせーのお父さんぶりが留まるところを知りませんね」

リサさん、真面目に話してるんですよ?
すみません本当にすみません出席簿の角は勘弁してください

出席簿を構えた半助からサッと距離を取ってリサが平身低頭謝罪をする。そろそろ土下座をしそうな勢いだ。
いつの間にか出席簿を食らっていたらしいリサに同情を覚えたが、きっとそれなりのことをして怒らせたのだろうから何も言わない。

「……リサさん、」
「ん? 何かなきり丸!?」

これ幸いとばかりにリサがぐりんとこちらを向く。余りにも必死な様を見るに、出席簿が相当痛かったに違いない。後ろで溜息を落とす半助をチラリと見てから、きり丸はそっとリサの手を握った。

「……ぼく、絶対リサさんの味方っすから」
「………」
「だから、その……役に立てないかもしれないけど、ぼくも、クラスの皆にちゃんと言いますから、だから――」
「――っ、もう我慢できない……!!」

きり丸可愛い可愛いどうしよう可愛い好き! 大好き!!
うわっ! ちょっ、むぐっ、むぐぐぐっ!

強い力で抱き寄せられたきり丸が行き着いた先はリサの腕の中で。先程と違うのは自分の顔がリサの胸に埋まっているということで。うわ、柔らかいとかそんなことを考えられたのは最初だけで、すぐに息苦しさに悶える羽目となった。息が出来ない。そろそろ死ぬかもしれない。

「貴方はっ! 何をしてんですか!!」
「あだっ!!」
「ぶはあっ!」

捕える腕の力が弱まり漸く開放されたきり丸は、これ幸いとばかりに肺一杯に酸素を取り込んだ。苦しかった。死ぬかと思った。涙目で咳き込むきり丸の傍らでは半助がリサに正座をさせて説教を始めている。

「はい……はい……すみませんでした……きり丸君、ごめんなさい。お姉さんが悪かったです」
「もー良いですって。土井せんせーだってたぶん羨ましかっただけで――あだっ!!」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと教室へ戻れえええぇぇ!!」

半助の拳骨は痛い。とてつもなく痛い。出席簿といい勝負だ。

「土井せんせーもして欲しかったんですか?」

そう尋ねたリサが怒り――だけなのかは分からないが――で真っ赤になった半助から特大の拳骨を食らったことなど、涙を浮かべながら逃げるように教室へ向かったきり丸には知らないことである。