06


「そう言えばリサさん」

珍しくアルバイトの無い日だった。
それは夏休みも残すところ一週間となったのに、きり丸が未だに宿題に手を付けていないことを知った半助が「明日はバイト禁止! もしこれを破ったら宿題の量を倍にする!」と宣言したからであり、アルバイトが出来ないことに顔から出るもの全て出して打ち拉がれ半刻ほど泣き崩れたきり丸は一夜明けた現在、つまらなさそうな顔で宿題と向き合っていた。

「んー? どしたの?」

内職の手を止めて顔を上げたリサがこちらを向いた。どうにもやる気が出ず、机に顎を乗せてぼんやりとリサと半助が作業しているのを眺めていたきり丸は、こちらを向いたリサと目が合いじっと見つめる。

「きり丸?」
「リサさん、結婚してないんすか?」
「は?」

ぽかんと口を開けたままのリサに「結婚してないんすか?」と繰り返した。先日いっそのこと半助と結婚したらどうかと提案してはみたが、そもそもリサが既婚者である可能性とて十分にあるのだ。何だかんだ尋ねられずにいた質問を漸くすれば、数度瞬いたリサは首を傾げて半助へと視線を送り、視線を受けて半助も顔を上げた。

「土井先生、私、何歳くらいに見えます?」
「………何とも答えにくい質問を……」
「え? あ、いや、私気にしないんで大丈夫です」

私が気にしますよ、と困ったように笑う半助にリサは「何かすみません」と頭を下げ、今度はきり丸の方を向く。そして言った。自分は何歳に見えるか、と。

「十……六? とか?」
「んーん、十九。だからまだ結婚とか早いよ」
「え?」
「え?」

きり丸とリサ、互いに首を傾げて見つめ合う。
十九歳。もう適齢期を過ぎて行き遅れと言われてしまうのだが、リサの様子を見るにそれを知らないのだろう。リサの世界では、もしくはリサの住んでいた地域では、結婚はもっと高齢になってからするものなのかもしれない。

「………土井先生……あまり聞きたくないんですが、この世界の人たちってどれくらいで結婚するんですか……?」
「そう、ですねぇ……女性なら、リサさんより三つ四つ若い頃には……」
「……!!」

衝撃を受けたような顔で固まったリサの手から内職の花がぽとりと落ちた。

「いいい異世界怖い異世界怖い」
「リサさんの所はもっと先なんですか?」
「うーん、結婚しない人とかもいますしねぇ……」
「リサさんは? 良いとこのお嬢さんなんでしょ? 見合いとかしないんすか? 政略結婚とか」
「え、私? あー……そう言えばいたなぁ、もう何年か前に死んだけど」
「え」

まずい。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。チラリと半助を窺えば、半助も何とも言えない顔でリサを見つめていた。何と声をかけたら良いのだろうかと必死に頭を働かせていれば、そんなきり丸の努力を微塵も知らないリサが肩を竦める。

「ま、会ったことないしね。勝手に決められてた相手がいつの間にか死んでたなんてよくあることよ」
「よ、よくあるんすか……?」
「うーん、確か三人くらいいたかな……これはもう結婚するなって事だなと思って、それからは見合い話持って来られても全部逃げてるよ」

半年くらい前にも見合いをすっぽかしたのだと笑うリサが何だかおかしくて、きり丸は声を上げて笑った。リサの傍らでは半助が苦笑を浮かべながら胃の辺りを押さえている。それすらおかしくて堪らない。

「んじゃ、大丈夫っすね」
「ん?」
「何が大丈夫なんだ?」
「いやぁ、こっちの話です」

へらへらと笑い宿題に目を落とすと、半助の訝しげな視線が突き刺さってくる。
もし言ったら二人は意識したりするだろうか。先生とリサさん結婚出来ますね、なんて。半助はまず怒るだろう。拳骨が怖いから言わない。

「それにしても、この世界は結婚が早いんですねぇ」
「そうですね……こんな事を言うのもアレですけど……いつまで生きられるか分かりませんからね」

どこか寂しそうな半助の声につられてチラリと視線を上げた。半助はいつものように苦笑を浮かべていて、けれど、どうしてだろうか。その笑顔が偽物だと分かってしまったのは。
分かっている。この世界ではいつまで生きられるか分からない。ただでさえ、自分たちは忍者なのだから。きり丸とて、まだたまごと言えど将来はプロの忍者として生きていくことになる。
この手を汚し、戦に出て、自分と同じような境遇の子どもを生み出す事にもなるのだろう。

リサの世界がどんな世界なのかきり丸には想像もつかない。けれどきっと、この世界よりは生きやすい世界なのだろうと思う。分からない。分かりたくもない。結婚の話を持ち出したことをきり丸は後悔した。
自分たちの住む世界が違うのだと改めて突きつけられてしまった。

「きり丸」

名前を呼ばれ、ハッとして顔を上げる。リサはいつものように笑っていた。
伸びてきた手がくしゃくしゃときり丸の頭を撫でる。強すぎない力で、慈しむように。

「きり丸には長生きして欲しいなぁ」
「……しますよ」

無意識に漏れた言葉は自分でも驚くほど力強かった。
喪った両親の分まで生きるのだ。自分の力で生きていくのだ。アルバイトだって沢山して、忍術学園の入学金だって自分で稼いだ。
何も知らないくせに無神経なこと言うな、とは思わなかった。こちらを見つめるリサの目は、何故か分からないけど何もかも見透かしているように思えてならなかったから。半助から自分の境遇を聞いたのだろうか。分からない。分からないけど。

「土井せんせーもリサさんも、長生きしてくださいね。じゃないとバイト手伝ってもらえないですし」
「お前なぁ……!」
「あはははっ! じゃあ頑張って長生きしなきゃですねー! さぁ土井せんせー、頑張りましょう!」

再び内職を始めたリサに続いて溜息を落とした半助も再開するのをきり丸はじっと見つめていた。視線に気が付いた半助がこちらを見て、微かに笑みを浮かべる。先程の作った笑みではなく、安心したような、そんな顔。
きっと自分も同じように笑っているんだろう。チラリとリサへ視線を戻せば、目にも止まらない速さで手を動かしている。自分も是非ともあれくらい早くなりたい。

「さ、きり丸。私たちはこれが終わったら一息つくから、それまでに終わらせてしまいなさい。でないと、お前だけ団子抜きになるぞ」
「えぇっ!? そりゃないっすよせんせー!!」
「よし、じゃあ私はきり丸の分のお団子もらえるようにもっと頑張る」
「ちょ、リサさん!! ぼくも団子食べたいですってば!」
「じゃあ頑張って終わらせなさい」
「私が全部食べ終わるまでに頑張ってね」
「うげえええぇぇぇ!!」

半助とリサの笑い声を聞きながら、きり丸は大急ぎで宿題に勤しむのだった。