まよなかのだいそうさく


皆が寝静まった時分、マルコは白ひげの部屋にいた。
数時間前、書類と睨めっこをしていたマルコの下にナースの一人が部屋にやって来て、白ひげが身体の不調を訴えたのだと聞かされて慌てて部屋にやって来たのだ。
世界最強と言えども風邪くらいひくに決まっている。冬島海域から夏島海域へ移動した所為もあるのだろうと長年この船に乗っている船医は言った。
適切な処置を施された白ひげは現在、船医とエリザ達ナースに見張られて大人しくベッドに横たわっている。

「じゃあオヤジ、ゆっくり休んでくれよい」
「あぁ、悪かったな。お前もちゃんと寝ろよ」

まるで子どもに言い聞かせるように頭を撫ぜる白ひげに、頬を緩めながら「止めてくれよい」などと嘯いたマルコは白ひげの部屋を後にした。
随分と長居してしまった。白ひげの言う通り今夜はもう寝てしまおうか。そんな事を考えながら部屋に向かって歩き始めたマルコは、背後で扉の開いた音と「マルコ」と呼び掛けるエリザの声によって足を止めた。

「悪いんだけど、部屋に戻る前にリサの様子を見てくれる?」
「大人しく寝てんじゃねェのかよい」

あからさまに嫌そうな顔と声で答えれば、エリザは苦笑を零して首を振った。

「寝てると思うわ。けど、心配だもの……目を覚まして誰もいなかったら不安にさせちゃうでしょう? 私達はまだ部屋に戻れないし……」
「エリザ達が戻るまで俺に傍にいろってか? 冗談じゃねェよい」

ハッ、と鼻で嗤って再び歩き始めれば、背後から「頼んだわよー」という何とも暢気な声がかけられた。

「だから行かねェって――」

言ってんだろうが。そう続くはずだった言葉はバタンと閉じた扉によって拒絶された。ナース長であり、マルコが乗船するずっと前から白ひげの傍らに居続けるエリザは強い。色々な意味で強い。ここで白ひげの部屋に戻って反論しても、そのスラリとした美しい脚でもって蹴り飛ばされるであろう事は明白なので、マルコは盛大な舌打ちを一つ零して頭を掻くに留めた。

「大体、何だって俺があんなガキの様子を見に行かなきゃなんねェんだよい」

ブツブツと不満を零してしまうのも仕方のない事だ。いっその事、サッチを叩き起して行かせようかとも考えたマルコだったが、コックであるサッチの朝は早い。余程の事が無い限り起こさないというのが、マルコの中での小さな決め事の一つだった。
溜息を一つ零してマルコは腹を括った。リサの部屋へ向かう途中に誰かに会ったならば、そいつに押し付けよう。誰にも会わなかったら自分が行こう。
既に皆が寝静まった時分、誰にも会う事はないと知っているマルコのせめてもの抵抗だった。決して自分が心配だから行くのではない。誰もいなかったから仕方なく自分が行くのだ、と。

「それに、エリザに頼まれちまったからな」

そうだ、うん。その通りだ。何度も自分に言い訳をしてリサの部屋に向かうマルコの足取りは、先程より幾分か軽くなっていた。
リサの部屋にはあっという間に辿り着いた。船医やナース達の部屋は白ひげの部屋に近いところにあり、リサの部屋はエリザ達と同じなのだから当然と言えば当然だ。

扉の外からそっと気配を窺ったマルコはすぐに眉間に皺を寄せた。やや乱雑に扉を開け、舌打ちを一つ零す。

「あのクソガキ、何処行きやがった」

四つあるベッドの内リサのベッドがどれかは分からなかったが、どのベッドも冷えきっている。どうやらずっと前に起きて部屋を抜け出しているらしい。再び舌打ちを一つ零したマルコは足早に部屋を後にした。
あんな子どもが何か出来るとは思えない。けれど、何かが起きてからでは遅いのだ。家族になったというのに未だにリサを信じきれずにいるマルコは、リサを独りにさせる事を良しとしていなかった。
そして現在、こうしてリサは独りで何処かへ姿を晦ましている。やはり敵かもしれない。海軍が送り込んだスパイではないという確証は無いのだ。
それでも、心の何処かでは信じている部分もあり、マルコが最初に向かったのはリサが行きそうな場所だった。

「ここにもいねェか……」

何度目か分からない舌打ちを零して頭を掻き毟る。この広い船内を探し回るのはさすがに骨だ。けれど探さない訳にはいかない。溜息を一つ零したマルコは、その両腕に青い炎を纏うと薄暗い廊下を最大限に照らして走り出した。夜間だが足音など気にしていられない。数人のクルーが「敵襲か!?」と部屋を飛び出して来たが、リサがいなくなったのだと足を止めないままに叫べば、そのクルー達も慌てて船内を捜索し始めた。
廊下を走る人間が一人増えれば、ドタドタという荒々しい物音で起きる人間は更に増える。敵襲かと部屋の外に飛び出したクルー達は、リサが行方不明だという言葉を受けると部屋に戻ることなく、自らも部屋を飛び出して搜索を始めた。

夜の静けさに包まれていた船が昼間のような喧騒を取り戻すまでに十分とかからなかった。

「いたか!?」
「いねぇ! そっちは!?」
「ダメだ!!」
「リサーーーーーッ!!!」

夜だというのに構う事なく大声が上がる。朝が早いという事でコック達の部屋の付近だけは静かに通っていたクルー達だったが、リサが見つからない事に焦れて気遣いを取っ払うまでにそう時間はかからなかった。

「おい! サッチ!! 起きろよい!」

倉庫も風呂場もトイレも、リサが隠れられそうな所は全て探した。海に落ちてしまったのではないかという最悪の考えが頭を過ぎり、マルコは自分の中での決め事を破ってサッチの部屋の戸を叩いた。けたたましい音に近隣の部屋のコック達が驚いて部屋を飛び出してくる。リサを知らないかと問えば誰もが首を横に振り、慌てて捜索隊に加わり出した。

「サッチ! おい、サッ――」
「煩ェな!!」

勢いよく開いた扉がマルコの顔面に直撃する。その場に蹲り悶絶するマルコを不機嫌に見下ろしたサッチは、漸く廊下の外の喧騒に気が付いて首を傾げた。

「あ? お前らこんな夜中に何やってんだ?」
「て、めぇ……!」

真っ赤になった鼻を押さえながら立ち上がりサッチを睨み付ければ、サッチは「何の騒ぎだよ?」などと暢気な声で尋ねてくる。

「だから! リサがいなくなったんだよい!」
「はァ? リサならここにいるぜ?」
「だから皆で探して――は? いる?」

今この男は何と言った?サッチを凝視すれば、サッチはあっさり頷いて一歩身を引いた。おかげで見渡せるようになった部屋の奥、サッチのベッドにはすやすやと眠るリサの姿があった。

「だから静かにしろって、やっと寝たんだから起こすなよ?」
「………因みに聞くが、何でテメェの部屋にいるんだよい」
「怖ェ夢見ちまったらしくてな。起きたらエリザ達は誰もいなかったから俺のトコ来たんだと」
「………!!! ………!!!!」

この怒りを何処にぶつければ良いだろうか。船中を駆け回っていたクルー達が「リサが見つかったのか!?」と続々とサッチの部屋に集まり出す。あっという間に人集りが出来、皆が一様にサッチの部屋を覗き込みベッドで眠るリサを見つめた。

「ンだよ、いるじゃねぇか……」
「あー……びっくりした」
「あーあ、すっかり目ェ覚めちまったぜ」

脱力してその場に座り込んだり盛大な欠伸を零すクルー達に、マルコは気まずさを覚えずにはいられなかった。こんな夜中に全員を叩き起こして船の中を駆けずり回らせたのだ。何と言って侘びれば良いのか分からない。

「あー………その、悪かった、よい」

躊躇いがちに謝罪の言葉を口にすると、誰もが声を上げて笑い出した。

「なーに言ってんだよ!」
「見つかって良かったなァ」
「おーおー、気持ち良さそうに眠っちまってよォ」

誰もマルコを責める事はしなかった。真夜中の大捜索は幕を閉じ、クルー達は再び夢の世界へ戻る為に部屋へと戻って行った。

「すっかり受け入れられちまってんなァ、ウチのお姫様は」

ケラケラと笑うサッチを苦々しい顔で睨み付けたマルコは、小さく鼻を鳴らして僅かに唇を尖らせた。

「誰が姫だよい」
「そーんな事言って、お前が一番心配してたくせに」
「してねぇ」
「全員叩き起しといてよく言うぜ」

肩にポンと置かれた手を払い落とし、マルコはサッチを睨み付けながらベッドで眠るリサを指差した。

「俺は! コイツが何か企んでんじゃねェかと思っただけで!」
「ヘイヘイ、海に落ちたかもしれねェって心配だったんだろ?」
「だからしてねェって……!」
「次からは夜中に起きたらお前のトコ行くように言っとくからよ」
「いらねェよい!!」

一際大きな声を出した瞬間、ビクリと身体を跳ねさせてリサが飛び上がった。寝惚け眼を擦り、キョロキョロと見回したリサの目が扉にいるサッチとマルコを捉える。マルコの不機嫌そうな顔を見た瞬間、しまったという顔で慌ててベッドから下りた。

「あ、あの、ごめんなさい……」

勝手にベッドを抜け出した事を叱られると思ったのか、リサは何度もマルコに謝り続ける。サッチの呆れた視線がリサからマルコへと移ると、マルコは更に眉間に皺を寄せて舌打ちを零した。再びリサの肩が跳ねる。

「だーから怯えさせんなって。リサ、気にすんなよ。お前は別に悪くねェから」
「勝手に部屋抜け出して人に心配かけといて何が悪くねェんだよい」
「へぇ? やっぱ心配してたんだ?」

ニヤニヤとサッチがマルコを見る。ぐ、と言葉を詰めたマルコは「アイツらの事だよい!」と声を荒らげてリサを見下ろした。小さな子どもの不安げな目が自分を見上げているのは何とも嫌な気持ちだった。

「エリザには俺が言っとく。今日はもうここで寝てろい」
「は、はい……」
「よーしリサ! じゃあもう一回寝るか」

人懐こい笑みでサッチがリサの頭を撫で回すと、リサはホッとした顔でサッチに笑いかける。自分も部屋に戻って寝ようと首を擦りながら二人に背を向けたマルコは、リサをベッドへ促すサッチの呟きを耳にした瞬間、全速力でリサを奪い脇に抱えていた。

「え、え?」

リサが驚いた様子で自分を抱えるマルコとサッチとを見比べる。ベッドに入るはずだったのに一体どうしたのだろうかと首を傾げている。

「やっぱりテメェにゃ任せらんねェよい、お前は部屋に戻れ」
「え? あ……」
「何だよ、別に俺変な事言ってねェだろうが」
「あんな気色悪ィ事言っといて何言ってんだよい! ロリコン野郎が!!」
「別に他意はねェっつーの! ただ『ぷにぷにしてて気持ち良い』って言っただけだろうが!」
「それが変態だっつってんだよい! 明日も早ェんだろうが! とっとと寝ちまえ!!」

未だ何かを喚き続けるサッチを、扉を勢いよく閉める事で黙らせる。フーフーと荒い呼吸を繰り返したマルコは、相変わらず脇に抱えられたまま驚き困惑しているリサをチラリと見下ろして眉間に皺を寄せた。

「あ、あの……」
「部屋に戻るぞい」

それきり何も発する事なくマルコはエリザ達の部屋へと向かう。脇に抱えられたままのリサは困惑した表情のまま、それでも逆らうことなく大人しくしていた。
部屋に戻るとエリザ達はまだ戻っていなかった。もしかしたら戻っているかもしれないと淡い期待を抱いていたマルコは小さな溜息を一つ零すと、リサを下ろしてベッドへ向かうように告げる。リサはペタペタと足音を鳴らして自分のベッドに向かい、靴を脱いで潜り込むとジッとマルコを見上げた。

「……何だよい」

何か言いたげな様子のリサにそう問いかければ、リサは視線を泳がせてから何でもないと左右に首を振る。ここにいるのが自分以外の誰かならば優しく微笑みかけて「何だ?」などと促すのだろうが、生憎とここにいるのはマルコだ。そんな事出来るはずもない。

「そうかよい、じゃあな」

くるりと背を向けて部屋に戻ろうとすれば、背後から「あ」と小さな小さな声が聞こえる。チラリと振り返れば、思わず漏れたのだろう、リサが慌てて口を押さえた。顔の半分まで布団を被るリサを苦々しげに見下ろしたマルコは、舌打ちと溜息を零して頭を掻くと傍にあった椅子を引き寄せて腰を下ろした。

「ったく……とっとと寝ろよい」
「………いいんですか?」

マルコを気遣っての言葉は、けれどマルコを苛立たせるだけでしかない。顔の半分を覆う布団を引っ掴むと、頭まですっぽり被せて「寝ろっつってんだろうが」と吐き捨てた。

「………ありがとうございます……おやすみなさい」

ゆっくりと布団から顔を出したリサが小さな小さな声で呟き目を閉じる。覚醒しきっていなかったらしいリサは、あっという間に寝息を立て始めた。

「チッ、何で俺がこんな事……」

ぼやき頭を掻いたマルコは、すぅすぅと寝息を立てるリサをじとりと睨み付ける。ふとサッチの言葉が甦り、そっと人差し指を頬に押し付ければ、自分が知る女の肌とは違う、子ども特有の柔らかさと弾力がマルコの指を押し返した。全く起きる気配のないリサを確認して軽く頬を摘んでみると、マルコはその気持ち良い感触に僅かに口元を緩めた。

「変態って叫ばれたくなかったら今すぐ出ていきなさい」
「!!!」

いつの間にか戻って来たエリザの声に背筋を凍らせたマルコは、慌てて立ち上がりリサから距離を取る。動揺を隠せないマルコを呆れたように見て、エリザはリサの元に歩み寄るとすやすやと眠るリサの頭を優しく撫でた。

「人の性癖をどうこう言う気はないけど、余所でやって頂戴ね」
「ちがっ! 俺は別に!」
「冗談よ、さぁ、とっとと出てって頂戴」

本当に冗談なのかは定かではないが、エリザの言葉を信じれば誤解はされていないらしい。はぁ、と一際大きな溜息をついたマルコは、がっくり肩を落として部屋を後にするのだった。