「次の島に着くまではここに置いてやる。その後どうするかは自分で考えろ」
船長の言葉にリサは小さく頷いた。
次の島までは乗せてくれると言ってもらえただけで十分ありがたい。島に着いたらどうにかして白ひげ海賊団を探さなければならない。途方もない事だと分かってはいたが、白ひげ海賊団の弱点を見つける事だけが母親を救える唯一の条件なのだ。諦める訳にはいかない。
「、あの、」
「ん?」
エリザのスカートをくいと引っ張れば、エリザは優しい笑みを向けながらリサの前に屈みこんでくれた。
「なぁに?」
「この、ふね……」
「あぁ……言ってなかったわね。怖がらせたら可哀想だと思ったの。でも、貴方も海賊船に乗っていたのなら大丈夫よね」
白く細い手がリサの頭を撫でる。そしてエリザの口から紡がれた言葉は、リサを驚愕させるには十分だった。
「ここは白ひげ海賊団よ」
「しろ、ひげ……」
「そう。聞いた事ある?」
コクコクと何度も頷く。つい最近知ったばかりだ。本当に?まさか。辿り着いていたなんて。
「ほ、ほんとう、に?」
「えぇ、本当よ。あの白いひげのおじいちゃんが船長さん。白ひげよ」
エリザの細長い指が船長を指す。片眉を上げた船長――白ひげは声を上げて笑い出した。
「グラララ、『白いひげのおじいちゃん』か」
「あら、間違った事は言ってないわ。いつまでも若いつもりでいるのは結構だけど、ちゃんと歳も考えて行動してもらわないと。お酒、飲みすぎよ」
白ひげの手にある酒瓶を指してエリザが形の良い眉を寄せる。白ひげは意に介した様子もなく再び声を上げて笑い、徐に酒瓶を呷った。エリザの溜息がリサの耳に届いた。
白ひげ。彼が、この船が。
『白ひげ海賊団の弱点を見つけてこい』
チャールズの高笑いがフラッシュバックする。息も絶え絶えな母親の姿と共に。
「リサ?」
気が付けば、リサは白ひげの元に駆け寄っていた。白ひげの足元に駆け寄るリサにサッチ達が目を丸くする。白ひげは片眉を上げて足元のリサを見下ろしていた。
「このふねに、のせてください!」
「おねがいします!!」
べたりと甲板に手と頭をつけて叫んだリサに、甲板が一気に静かになる。やがて、ざわざわと辺りがざわめきだした。
「お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか?」
白ひげの静かな声に、リサは顔を上げて大きく頷いた。
「ここァ海賊船だ。生命の保証はねぇぞ」
「パパ、の、ふねも……っ、かいぞくせんでした!」
「海賊だったお前の親は死んだんだろうが。まだ海賊船に乗るか? 何処かの島で平和に暮らせば良いじゃねぇか」
「かいぞくになります!!!」
否定的な言葉を紡ぐ白ひげに、リサは殊更大きな声で叫んだ。余りにも大きな声で叫んだ為に咽て咳き込んだけれど、そんな事に構っていられなかった。この船にいなければならないのだ。乗っていなければならない。
「かいぞくになりばす!!! このふねに、のぜでぐだざい!!」
「なんでもじばす!!」
「おでがいじばす!!」
ゴホゴホと盛大に咳き込むリサの背中を、エリザの手が優しく摩ってくれる。けれどエリザが困惑の色を浮かべている事は容易に想像出来たし、恐らくそれはこの甲板にいる誰もがそうなんだろうと分かっていた。
「俺ァ反対だよい」
漸く呼吸が整ってきた頃、静かな声がリサの耳に届いた。ビクリと身体を震わせて声の主を探せば、その人物はすぐに見つかった。南国フルーツを彷彿とさせる髪型の、気だるそうな目つきの男――マルコが冷たくリサを見下ろしていた。
「遊びじゃねェんだ、テメェみてぇなガキを乗せられる訳ねェだろうが」
「、のせて、ください!」
「だから――」
「なんでもじばず!!」
マルコの声を遮ってリサが叫ぶと、マルコは顔を顰めて不機嫌を露にリサを睨み付けた。
「テメェみてェなガキに何が出来んだよい」
「っ、」
「こんな小せェガキにしてもらいてぇ事なんざ無ェ。助けてもらっといて船に乗せろだ? ふざけんじゃねぇよい」
「まぁまぁ! マルコ、お前こんな小せェ子に威嚇してんなって。可哀想だろうが」
庇うようにリサとマルコの間に割り込んだサッチが宥めるようにマルコの肩を叩く。それを払い落としてマルコは白ひげを振り返った。
「オヤジ! まさかこんなガキ乗せるつもりかよい!?」
片眉を上げてマルコとリサを交互に見た白ひげは、顎を摩りながらニヤリと口端を上げた。
「おい、リサと言ったな」
「は、はい!!」
「どの道、次の島まではまだある。その間にこの船での仕事を見つける事が出来たら乗せてやる」
「オヤジ!!」
抗議の声を上げたマルコを視線で黙らせると、白ひげは再びリサを見下ろした。
「お前だけの仕事を見つける事が出来たら、この船に乗せてやる」
「わたし、だけの……」
「精々頑張るこった。この船に乗りてェんならな」
グラララと笑い酒を呷る呆然と白ひげを見上げていたリサは、ハッと我に返って頭を下げた。
「ありがどうございばす!! がんばりばず!」
先程と同じようにべたりと床に手と頭をつけて叫ぶリサに、白ひげは再度声を上げて笑うのだった。
「ねぇ、本当に良いの?」
医務室に戻って来たリサは現在、エリザと共に風呂に入っている真っ最中だった。白ひげ海賊団の女クルーは現在、ナース達しかいなかった。少し前まで乗っていた最後の女クルーもそろそろ落ち着こうと思うと船を降りたばかりなのだと教えてくれた。
だからこそ、船に乗りたいと切望するリサを無下にしなかったのだとエリザは教えてくれたが、リサには殆ど理解出来ていなかった。
「まだ小さいんだもの。島で平和に暮らす事だって出来るのよ? わざわざ世の中の嫌われ者になる事なんてないのよ?」
両親が海賊だからといって、リサまで海賊になる必要などない。両親を殺した海軍を憎んで申し出たのだろうが、まだこんなに小さいのだから善悪の判断なんて出来ないのだろう。島で平和に暮らしていけば、海賊というものが世間からどんなに嫌われているのかを知れば、この船を降りて良かったと思えるはずだ。
そう思って進言するエリザだったが、リサは頑なに首を振ってそれを拒むばかりだ。
「このふねにいたいの」
母親を助けられる方法がそれしかないのなら、やるしかない。リサの意思は固かった。
苦笑を零し、エリザはリサを抱き寄せると手にシャンプーを出して頭を洗い始めた。
「痒いところは無い?」
「うん」
「流すわね」
心地良い温度のシャワーと、強すぎない力で髪を洗ってくれるエリザの手。目を瞑れば甦るのは毎晩一緒にお風呂に入っていた母親で、じわりと涙が滲んだリサにエリザは驚いてシャワーを止めた。
「目に入っちゃった!? 大丈夫!?」
「だいじょぶ、ちがう……ママ………」
ぽつぽつと答えるリサにエリザは安堵の息を吐き出した。宥めるように頭を撫で、身体も洗ってやる。二人で並んで湯船に浸かると、ホッと息を吐いて目を閉じるリサにエリザも微笑んだ。
「お風呂に出たら髪を乾かして、それからご飯を食べましょうね」
「、あの……ありがとう」
小さな声でお礼を言ったリサが、少しだけ上気した顔の下半分を湯船に沈める。ぶくぶくと上がる泡と湯船に広がる髪にエリザはクスクス笑った。
「折角洗ったのに」
広がる髪を一纏めにしてタオルで纏め上げると、重いのか頭をフラフラさせながらリサが嫌そうに視線を上に向けた。
「おもい」
「頭でっかち」
クスクス笑うエリザに唇を尖らせ、リサは「グラグラする」と言いながらタオルで覆われた頭を手で支えるのだった。