「会えて良かった」
初めて聞いた男の人の声は、穏やかな低い声だった。
「この道を真っ直ぐ進めば、君は帰ることが出来る」
「、」
男の人が指した方へ目を向けると、静かな海面は男の人の言葉に促されるように陽の光を取り込み、きらきらと光る一本の道を作った。驚き目を瞠るアタシのすぐ後ろから、男の人の声が聞こえてくる。
「さぁ、行きなさい」
「、でも……」
貴方たちは?一緒に行かないの?
問いかけるようにじっと見上げると、男の人はふと表情を和らげてアタシの肩にそっと手を置いた。温かくて大きなその手を知っているような気がしたけど、それを思い出そうとする前に男の人が促すようにアタシの背を押した。それにつられて一歩前に踏み出せば、光の道はアタシを受け入れるかのように強い光を放ち始める。
「元気で」
「待って……! アタシ、まだ何も……」
振り返った先に、あの人たちはいなかった。
呆然と立ち尽くしていると、急かすように道が光を増していく。
あの人たちは一体誰だったんだろう。
アタシは、あの人たちを誰と重ねて見ていたんだろう。細い光の道を歩きながらそんなことを考えたけど、答えは出てこなかった。
道の終わりは唐突に訪れた。
さっきまで影も形もなかったのに、今アタシのすぐ目の前にモビー・ディック号がある。
帰ってきた。アタシの家に。
早く会いたい。リサに、エースに、皆に。
最後の一歩を踏み出そうとしたアタシは、不意に動きを止めて後ろを振り返った。あの人たちの姿はない。
どこへ行ってしまったんだろう、あの人たちは一緒には行かないのだろうか――最後の一歩を踏み出せずにいると、どこかからあの女の人の声が聞こえてきた。
「ずっと見てるわ、貴方のこと」
「待って……!」
咄嗟に声を上げて辺りを見回すけど、やっぱりあの人たちの姿はどこにもない。それが悲しくて、苦しくて。何でだろう、全然知らない人のはずなのに、あの人たちにもう会えないんだと思ったら寂しくて仕方なかった。
「生きなさい」
男の人の力強い声が、アタシを包み込んだ。
「大丈夫、君は強い子だ」
優しくて力強いその声は、驚くことにアタシの中にあった不安や恐怖を全部吹き飛ばしてしまった。
「愛しい子……幸せになってちょうだい」
”愛してるわ”
その声と同時に、アタシの身体は光に包まれていく。
何か言おうと必死に口を開いて、でももう声は出てこなくて。
ただただ、あの人たちの優しい声をすぐ傍に感じながら、アタシの意識は光に溶け込まれていった。
「……ん、」
気が付くと視界には薄暗い天井が広がっていた。
あれ、アタシどうなったんだっけ?記憶を辿りながら起き上がろうとすると、お腹に痛みが走る。今まで感じたことのない痛みに思わず呻き声を上げながらベッドに逆戻りして、それで漸く思い出した。
あぁ、そうだ。撃たれたんだ。
リサの父親――つまり、アタシのお祖父ちゃんに。
それで、どうしたんだっけ?
何か夢を見ていた気がするけど、思い出せない。
ただ、凄く温かかった気がする。何とか思い出せないだろうかと目を閉じたその時、右手にある温もりに気が付いた。
「、あ」
エース。
声になりそこねた呼びかけに反応したのか、ベッドに突っ伏して眠るエースが身じろぎをした。トレードマークのテンガロンハットが見当たらない。誰かが持っていったんだろうか。
「………ただいま、エース」
くーくーと寝息を立てて眠るエースの頬っぺには何故かご飯粒が見える。またご飯の途中で寝ちゃったのかな。
また会えて良かった。エースの寝顔を見つめて頬を緩めたその時、閉め切られたカーテンの向こうで誰かが動く気配がした。
「起きたか」
カーテンを開けながら入ってきたドクターがアタシを見下ろして笑う。それから、ベッドに突っ伏して眠るエースへと視線を向けて、呆れたように眉を下げたのが見えた。
「生きてて良かったな。後でマルコに礼言っとけ」
「え?」
マルコさん?
首を傾げるアタシを余所に、ドクターはその手に持ってたファイルを容赦なくエースの頭に振り下ろした。
「あだっ!! 何すんだよ!!」
「おら、起きろ坊主」
「ってぇなぁ……」
頭をさすり、ドクターに文句を言おうと顔を上げたエースの目が不意にアタシを捉えた。
「………」
「……おはよ、エース」
ぽかんと口を開けてこっちを凝視するエースに笑いかければ、ハッと我に返ったエースがアタシの右手をぎゅっと掴む。応えるようにエースの手を握り返せば、ズズッと鼻を啜りながらエースが更に強くアタシの手を握った。遠慮のないそれに手が痛んだけど、それだけ心配をかけてしまったんだと思うと痛いと告げる気にもならなかった。こんなに心配してくれたことが嬉しいなんて、エースが聞いたら怒るだろうか。
「、ERROR!! ERROR、ERROR!」
「あー、煩ェ! 傷に障んだろうが!」
今にも泣きそうな顔で何度もアタシの名前を呼ぶエースの頭に、ドクターの拳骨がお見舞いされた。