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「貴方のお子さんは、極めて稀な血液の型をしています」

ERRORが生まれて数日後のことだった。対峙する医師に神妙に告げられたその一言。大事な話があると呼ばれた診察室の中で、私は一瞬その意味を図り知ることが出来ずに気の抜けたような声を漏らした。

「え?」
「お母さんの血液型とは違うので、もしかしたらお父さんがそうではありませんか?」

そんなことを聞かれても、この子の父親の血液型など知るはずもない。答えられない私に医師は何やら訳アリだと察したのだろう、それ以上深く追求してくることはなかった。しかし、それまで以上に表情を引き締めて次いだ言葉は、間違いなく私にとてつもない衝撃をもたらした。

「でしたら……尚更気を付けなくてはいけませんよ。この時世、男に比べて女の方が怪我をする確率は低いと言っても、小さな頃は性差など無いに等しい。湧き上がる好奇心で時に大人が考えもつかないことを仕出かすのが子どもです」

若すぎる母親だったからか、傍らに誰もいなかったからか。あるいはそのどちらもかもしれない。医師は少しでも安心させるようにと気遣うように、時折優しく微笑みながら丁寧に説明してくれた。
けれど、その口から紡がれる言葉はその笑みとは反対にどんどん私に恐怖を植え付けていく。気遣うように浮かべたその笑みが、逆に私の不安を掻き立てているようにも思えた。

「この子にとって、出血を伴う怪我は非常に危険です」
「危険……」
「勿論、小さな出血なら問題はないでしょう。ですが大量の――それこそ、輸血が必要なほどの怪我をしてしまった場合……」

言葉を濁した医師はその続きを言うことはしなかったが、それが逆に私の不安を煽った。

医師の言葉が冷たく心臓の真ん中に沈み込む。
視線の先であやしてくれるナースに興味深げに手を伸ばすERRORの横顔が遠い。

「先程も言いましたが、この子の血液型は極めて稀です。数千万人に一人の割合と言われています。小さな個人医院などにはストックが無いと考えていてください。大きな病院でもそれほどの在庫は置いていないでしょう」
「そんな……」
「せめて、同じ血液型の方が傍にいてくれれば安心出来たのですが……」

もしERRORの父親が、あの人が傍にいれば――。
遠ざかっていくあの人の背中を思い浮かべ、私は手の震えを抑える為に強く強く拳を握り締めていた。




「マルコさん……」

縋るように名を呼ぶと、呆然と私を見下ろすマルコさんの身体が大きく揺れた。
言わずに済むのならそのままでいたかった。あの頃の私を思い出して欲しくなんかなかったし、新しく関係を築いていけたら――そう思っていたから。

「う、ぅ……」

苦しげに呻くERRORに涙が滲む。あれほど気を付けていたのに。
レイさんもシャッキーさんもERRORが怪我をしないようにととても気を遣ってくれた。シャンクスたちが島を訪れたのは偶然だったけど、あんなにも長い期間いてくれたのはきっとレイさんが頼んでくれたからなんだろうと思う。沢山の人に力を貸してもらって、ERRORは大きな怪我をすることなく元気に成長してくれた。本当はこの船に乗せてもらう事になった時とても不安だった。いくら強くなったからといって怪我をしない保証はない。

でも、この船にはマルコさんがいた。
万が一のことがあっても、マルコさんがいてくれれば――そんな打算があったのも事実だ。

「マルコさん、お願いします。ERRORを……助けてください」
「………」
「お願いします……!」

最低だ。ずっと隠していたくせに。
気遣ってくれていたマルコさんの気持ちを蔑ろにし続けてたくせに、今更助けて欲しいだなんて。

「――話は後だ」

ドクターの鋭い声が重苦しい空気を切り裂いた。

「エリザ、輸血の準備急げ」
「えぇ」

頷いたエリザさんが他のサンドラさんたちに指示をして輸血の準備を始める。
目に映る誰もが動揺しているのが分かる。当然だ。だって私は何も言わなかった。黙っていた――騙していたと思われても仕方のないことをしていたんだから。

「……んで、」

背後から聞こえた小さな声に振り返れば、いつからそこにいたのか、蒼白な顔のタミちゃんがその目に涙をいっぱい浮かばせて立ち尽くしていた。

「なん……う、そ、だよね……?」
「タミ……」

困ったような顔のサッチさんがタミちゃんの肩に手を置いた。けどタミちゃんはその手を振り払って一歩、また一歩と歩み寄ってくる。

「だって、そんなの……嘘だよ……」

ふらふらと覚束無い足取りで私の脇を通り過ぎていったタミちゃんが、苦痛に顔を歪めるマルコさんの目の前で立ち止まる。おそるおそる伸ばされた震える手がマルコさんのシャツを力なく掴んだ時、マルコさんの顔が泣きそうに歪んだのが見えた。

「、たし……っ、しん、信じたく、ない……!」
「………」
「だって……! そん、そんなの! やだ……やだよ……っ!!」


「マルコ、来い」


ドクターの硬い声がマルコさんを呼ぶ。びくりと身体を揺らしたマルコさんが静かに目を伏せ、小さく頷いた。気持ちを落ち着かせるように息を吐き出して開いた青い目がタミちゃんを見下ろす。

「タミ……」

躊躇いがちなマルコさんの手がタミちゃんの頭に触れた瞬間、タミちゃんの身体が大きく震える。怯え、拒絶するようなそれに傷付き顔を逸らしたマルコさんがチラリとこっちを見た。けれどかち合った視線はすぐに逸らされて、辛そうなマルコさんの横顔だけが目に映る。胸が軋んだ。

「マルコ」

急かすドクターの声に一つ頷いて、マルコさんはタミちゃんから離れるように一歩身を引いた。手の中からするりと逃げていくシャツを追いかけるようにタミちゃんの手が宙を彷徨ったけど、結局その手は何も掴むことなくだらりと身体の横に落ちていった。

ERRORは、大丈夫だ……」

優しく言い聞かせるように紡ぐマルコさんの顔には自嘲めいた笑みが浮かんでいる。もう一度視線が合うことも言葉を交わすこともないままカーテンの向こうに消えていくマルコさんの後ろ姿が、あの日のマルコさんの後ろ姿と重なって見えた。