13


あちこちで銃弾が飛び交い剣と剣がぶつかり合う音と怒号が響く中、その声が聞こえたのは奇跡に近い。

ERROR……ッ!!!」

最初に聞こえたのは、エースの悲鳴だった。
今までに聞いたことがないような悲痛な叫びに、近くにいた者から次々と戦いの手を止めてエースへと視線を向け、そしてエースの視線の先にいる砂煙へと視線を集中させた。混戦の中で立ち上る砂煙の向こうに微かに見えた人影に目を凝らせば、徐々に晴れていく煙の中から呆然と立ち尽くすリサちゃんの背中が見えた。

「リサちゃん!」

咄嗟に駆け寄って呼びかけるが、リサちゃんはピクリとも反応しない。すぐ傍までやって来て、漸くリサちゃんの視線がある一点を見つめたままであることに気付いてそちらへと視線を向けた。
そして、息を呑む。

「、ERROR、ちゃん……?」

放心状態で立ち尽くすリサちゃんと、少し離れた所に倒れるERRORちゃん。ピクリとも動かない身体の周りには赤黒い液体がじわじわと広がっていて、それはすぐ傍に立ち尽くすマルコのサンダルも染めていた。微かに震える足から視線を上げて辿り着いたマルコの顔も、何が起きたか分からないという表情だった。

一体何が。
どうして、何で。

少しでも情報を得ようと目まぐるしく視線を彷徨わせれば、その手に銃を握り、狂ったような笑みを浮かべる領主へと辿り着いた。その銃口がERRORちゃんの方を向いていること、銃口から薄らと白く細い煙が立ち上っていることを見れば、どんな状況なのか理解しないわけにはいかない。

「、冗談、だろ……」

理解して、恐怖に心臓が騒ぎ出す。
だって、そうだろ?ERRORちゃんが倒れてるなんて、冗談であって欲しかった。

ERROR……っ、ERRORERROR……!!」

誰もが動けない中、ただ一人ERRORちゃんに駆け寄ったのはエースだった。
腹部から夥しい量の血を流すERRORちゃんを抱きかかえると、エースの手があっという間に血に染まる。ただでさえ蒼白だったエースの顔から更に血の気が失せた。

「い、しゃ……医者、に……っ」
「無駄だ、その女は死ぬ」

耳に障る声に顔を上げれば、ニタリと嫌な笑みを浮かべた領主が一歩、また一歩とこちらに――リサちゃんの方に近付いて来る領主がいる。

「『それ』はもう修正が利きそうにないのでね。我が家系に出来の悪い人間はいらないのだよ」
「、テメ……!」

ERRORちゃんを『それ』呼ばわりしたことも、
出来の悪い人間だと蔑んだことも、
ERRORちゃんを撃ったことも、
今こうしてリサちゃんを狙ってることも、
何もかもが赦せなくて。

「あの時、息子が生まれたからと言って捨てたりせずに取っておくべきだった。そうすれば、どこぞの薄汚い馬の骨に汚されずに済んだというのに……漸く戻ってきたかと思えば、まさかこのような薄汚いものを産んでいるとは――実に不愉快だ」

吐き捨てられる侮蔑の言葉と、まるでゴミでも見るかのように眇められた目に吐き気がした。

「やはり、あの程度の女から生まれたものに期待するものではないな。外見が良かったとしても、所詮は薄汚い町娘よ。親が親なら子も孫もその程度――高が知れている」
「――っ、」

ふざけるな。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……っ!!!

「貴様のような薄汚い人形を連れ戻すのは業腹だが、言っていられる状況でもない。また躾直さねばならぬとは、何とも手のかかる……どこまで私の手を煩わせる気だ、さっさと来い!! フィレイ!!」

足取り荒くリサちゃんへと近づいていく領主が、銃を持っていない方の手をリサちゃんへと伸ばした。

――汚ェ手で触るな!!

あと少しでリサちゃんに触れそうなその手を切り落としてやろうと、サーベルを持つ手にグッと力を篭めたその時だった。視界の端から突如飛び込んだ真っ青な炎が俺の視界から領主を消し去ったのは。

「っ、ざけんじゃねぇ……っ!!!」

青い炎が作りだす軌跡が網膜に焼き付く。

「テメェが……っ、テメェみてぇのがっ、一番嫌いなんだよい!!!」

耳に届くのは容赦ない暴力の音ばかりだ。領主の呻き声すら聞こえない。視界に広がる青い炎の中にマルコの憤怒に支配された顔が見えた。時折飛び散る赤は間違いなく領主のものなのだろう。おそらく既に事切れているだろうに、マルコの圧倒的な暴力は止まらない。ERRORちゃんが撃たれた所為か、領主がマルコの大嫌いな部類の人間だからか――今のマルコが普通じゃないのは一目瞭然だ。
まるで親の仇のように何度も何度も領主を殺すマルコを呆然と見ていた俺は、ハッと我に返ってマルコを止めた。

「マルコ! 止めろ!!」
「止めんじゃねぇ!!!」
「止めろって!! もう死んでんだろうが!!」
「、」

ピタリと動きを止めたマルコが肩で息をするのをじっと見つめる。落ち着きを取り戻したのを確認して視線を下へと向ければ、足元には領主だったものが横たわっていた。リサちゃんの父親であることすら失念していたのだろう――いや、理性が残っていたとしてもきっとこうしていたに違いない。

「………悪ィ」

深呼吸をして完全に落ち着きを取り戻したマルコがぽつりと零した言葉に表情を和らげて、その肩をポンポンと叩いてやった。安堵の息を吐き出した俺は、そこで漸くERRORちゃんとエースの姿がないことに気が付く。エースがERRORちゃんを抱えて船に戻ったんだろう。どうにか助かって欲しい。地面に残る夥しい血と、先程の血の気の失せたERRORちゃんの姿を思い出して唇を噛み締めた俺の耳にタミの声が飛び込んできた。

「リサ、しっかりして! リサ……!」

振り返れば、未だ放心状態のリサちゃんの身体を揺らしながら、タミがぐちゃぐちゃの顔で呼びかけている。

「ひっぐ、リサ……」

目の前で泣くタミが見えているのかいないのか、リサちゃんの視線は相変わらずERRORちゃんが横たわっていた地面に向いている。微かに震えた唇が「ERROR」と動いたのが見えた。
ふと影が差し込む。反射的に視線を動かせば、脇を通り過ぎていったマルコがリサちゃんの元へと向かっていた。リサちゃんの目の前に立ったマルコは泣きじゃくるタミの頭を軽く撫でて微笑んでやると、リサちゃんへと視線を向けて手を振り上げて――

「っ、」

息を呑んだタミに構うことなくリサちゃんの頬へ振り下ろした。乾いた音が辺りに広がる。

「船、戻るぞい」

呆然とマルコを見上げたリサちゃんにそう告げると、リサちゃんは少しばかり赤くなった頬を押さえながら小さくマルコの名を紡ぐ。

ERRORは死なねぇ。絶対助かる。だから、」

まるで自分に言い聞かせるかのように力強く発したマルコの言葉は途中で途切れた。呆然とマルコを見上げていたリサちゃんの目からぽろぽろと涙が溢れて頬を濡らしていたからだ。

「マル、コ、さん……ERRORERRORが、」
「あぁ……」
ERROR、どう、しよう……ERROR……っ、」

マルコに叩かれたことで箍が外れたかのように、リサちゃんはERRORちゃんの名前を呼びながら泣いている。そんなリサちゃんを沈痛な面持ちで見つめたマルコは、もらい泣きして更に涙を溢れさせるタミに苦笑を零してこっちを振り返った。

「頼んだ」

背中に添えられたマルコの手に促されて、タミが泣きじゃくりながら俺の方へとやって来る。両手を広げて「ザッヂざぁぁん……!」と縋ってくるタミはまるで小さな子どものようだ。そんなタミを腕を広げて迎え入れた俺は、わんわんと泣き出したタミの背中をあやすようにトントンと叩きながらマルコたちへと視線を戻した。
リサちゃんを背中に乗せた真っ青な不死鳥が空に舞い上がるのを見届けて、俺は腕の中の泣き虫へと再び視線を戻す。

「ど、どーじ、よう゛……ERRORERROR、が……」
「大丈夫だ。きっと助かるから」
「ほんど……?」

えっぐえっぐ。ひっぐ。ぐしゅぐしゅ。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で見上げるタミに思わず苦笑が漏らしながら、首元から抜き取ったスカーフでぐしぐしと顔を拭いてやる。上がった悲鳴なんてお構いなしに綺麗にしてやれば、擦れてあちこち真っ赤になったタミが鼻を啜りながら俺を睨んでいた。

「いたいです」
「大分マシになったな。ほら、帰るぞ」
「うん……」

差し出した手にタミの手が重なって、二人揃って歩き出す。周りはまだ海軍たちとの小競り合いの最中だけど、まぁ俺らが抜けても問題ねぇだろ。近くにいたロナンとマルコんとこの副隊長に「あと頼んだ」と手を挙げれば、二人は呆れた顔でタミを見て肩を竦めた。

「へいへい、後は俺らがやっときますよ、と」
「サッチ隊長、そいつ頼みます」
「ロナン君、ジウ君、気を付けてね!!」

怪我しちゃやだよ!泣き喚き過ぎて嗄れた声で叫ぶタミにひらひらと手を振り、ロナンとジウが海兵たちへと突っ込んでいく。同じ時期に乗船したアイツらは、ごく自然に背中合わせになって互いを庇い合いながらみるみる敵を倒していく。おーおー、強くなって。もう十年ほどになるだろうか、逞しくなった弟たちの成長を喜ぶと同時に、それだけ年を食っちまった自分がちょっぴり切なく感じた。

「サッチさん! 早く戻ろう!」
「ん? おぉ、そうだな。目が覚めた時に傍にいてやらねぇと、ERRORちゃん寂しいもんな」
「うん!!」

不安の色を残しつつもいくらか元気を取り戻したタミが大きく頷いたのに笑みを零し、俺らはモビーへと急いだ。