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「みんなー!!」

階上から聞こえた声に、俺たちは一斉にそちらへ視線を向けた。
ドレスを着せられて化粧まで施されたERRORちゃんがエースに抱えられながら俺たちに手を振っている。

ERROR!!」
「ぬあっ! 何それERRORちゃん超可愛い!!」
「んなこと言ってる場合じゃねぇよい!」

こんな時でもブレねぇタミにマルコの手刀が落ちる。
痛みに悶絶するタミを呆れたように見遣り、ERRORちゃんを仰いだマルコもホッと安堵の息を漏らした。

「無事だったみてぇだな」
「あぁ……けど、エース! お前何してんだそこで!」
「何って、見りゃ分かんだろ? ERRORを助けに来たんだ!」

アイツ、今まで何してたんだ?まぁ、大方飯屋で寝てたんだろうけど。

「次から次へと、邪魔が入るものだ」

溜息を零した領主を振り返れば、衛兵に護られるようにして立つ領主は前に進み出てきて俺たちと対峙した。

「久しいな、フィレイ」

俺らに向けて話しかける領主。
けど、その名前を持つ人間なんてここにはいない。

そう、本当ならいないはずだ。

「あの子を返して頂きます」

静かに答えたのは、リサちゃんだ。
屋敷に来るまでの道中、ずっと思いつめた顔で黙り込んでいたリサちゃん。
だからこそ誰も事情を聞くことなんて出来なくて、けど、俺だけは街で聞いちまってたから何となくは知っていた。

フィレイは、リサちゃんの名前だ。
この島は――この家は、リサちゃんの生まれた家なんだ。

「そうはいかない。あれはお前の娘なのだろう?」

ERRORちゃんを顎で指して薄く笑う領主に吐き気がした。

「ちょっとアンタ! ERRORを『あれ』呼ばわりしないで!!」

即座に噛み付くタミの口を塞げば、嘲るように鼻を鳴らした領主の目がリサちゃんを捉える。

「突然行方をくらましたかと思えば、まさか海賊などという落ちぶれたものになっているとは……つくづく、お前には愛想が尽きた」
「まるで、最初は持っていたような仰り方ですね」

静かに答えるリサちゃんの声には一切の感情が見当たらない。
自分たちを認めさせる為に徹底的に教育されたらしいリサちゃん。それがどんだけ辛かったかなんて俺には想像もつかねぇけど、でも、この声を聞けば何となくその片鱗が見えたような気がした。

数週間前に上陸した、吐き気がするほどに男尊女卑が染み付いた島を思い出した。
男は我が物顔で町を練り歩いて、女への暴力や暴言は当たり前。ERRORちゃんとタミが酷くショックを受けていたようだけど、そういやリサちゃんはどんな顔をしていただろうか。顰め面をしていただろうことは間違いないけど、ERRORちゃんとタミが泣き出しちまったモンだから、皆そっちにかかりきりになっちまってた気がする。

昔のことを思い出したのだろうか。
この島にやって来て、仮病を使わなきゃならないくらい追い詰められてたのは間違いない。
今ここに立っていること自体、リサちゃんにとっては耐え難い苦痛なんだろう。

早くケリつけて、船に戻って。
そんで、今日は仕事を休んでもらって俺が腕によりをかけて美味い飯を作ってやろう。
リサちゃんと、散々な目に遭ったERRORちゃんと、しょうがねぇからタミにも。とびっきりのデザートを用意してやろう、なんて思ったりして。

「貴方があの人を棄て、あの人は私を棄てました。それから私がどう生きようと私の勝手です。そもそも、何故ERRORを攫うような真似を? 貴方にはご子息がいらっしゃったはずでは?」
「死んだんだよ。四年前に病気で」

領主の代わりに俺が答えれば、何で知ってんだよいとマルコが俺を見る。
そりゃ、俺はお前と違って顔怖くないし?誰とでもすぐに仲良くなれるし?

「貴族の令嬢との結婚を目前に控えて死んじまったもんだから、相手の貴族様が怒ってんだろ? だから、アンタは自分が棄てたはずの愛人の娘を探してた。別の貴族の息子と結婚させて、自分の家を護る為に」

反吐が出るぜ。
吐き捨てた俺に領主はまた鼻を鳴らす。

「それの何が悪い? 私の娘をどうしようが、私の勝手だ」
「あの子は私の子です。貴方の子じゃない」
「同じことだ。私の娘であるお前も、その娘も、私の為に生きれば良い」
「勝手なこと言うな!」

俺の手を振り払ってまたタミが噛み付く。

「リサはねぇ! アンタなんかの娘とは思えないほど、すっっごく優しくて! あったかくて! 最高のお母さんなんだ!! ERRORだって!!」
「タミちゃん……」
「アンタなんかの為に犠牲になるなんて絶対許さない!! 二人は私たちの家族だ!! 絶対渡さないんだから!!!」
「躾のなってない娘だ。これだから貧乏人は好かん」
「んだとこの野郎!!」
「どうどう、落ち着きなさいって」

喚き散らすタミの肩を叩いて落ち着けさせれば、エースに抱えられて下りてきたERRORちゃんがリサちゃんの隣に立って領主を見据えた。その顔にはありありと嫌悪の色が浮かんでいる。

「アタシは、結婚する人は自分で選ぶ」
「君の意見など聞くつもりはない。ERRORと言ったね? そんな低俗な名前では我が家名に傷が付く。君の新たな名前はこちらで用意する」
「な……っ、」
「フィレイ。お前は三日後に控えた見合いに出席してもらう。先方には既に連絡済みだ」
「………貴方は、いつまで経っても変わらないのですね」

静かなリサちゃんの声にも嫌悪感が篭められている。
こんな奴が父親だなんて。リサちゃんのそんな思いが痛いほど伝わってきた。
見合い?冗談じゃねぇ、そんなの俺らが許すかってんだ。

「貴方の娘だったフィレイは死にました。私はもうフィレイじゃないし、この子だってERROR以外の何者でもありません。――私たちは、貴方の思い通りにはならない」

リサちゃんがそう言った瞬間だ。
薄笑いを浮かべていた領主の顔が歪んだのは。

「ふざけた事をぬかしおって……ならば私の家はどうなる!」
「そんなもの、貴方の代で終わらせればいい」
「何だと!?」
「私たちはこの家に縛られたくありません。それに、私たちの家はここじゃない」
「誰のおかげで生まれてこれたと思ってる!!」

激昂していく領主に、リサちゃんは淡々と言葉を紡ぐ。まるで人形のようなその横顔に一抹の不安を覚えたが、きっと大丈夫だ。だって、今のリサちゃんの隣にはERRORちゃんがいる。マルコも、タミも、エースも、俺も。
家の外では俺らの家族が呼び寄せられた海軍と戦っている。
何も恐れることなんてない。

「貴様……そんな恩知らずに育つとは、あの女はお前にどんな教育をしてきたんだ!!」

「見た目ばかりで使えない馬鹿女め!」

「貴様らは黙って私の言うことを聞いていればいい!!」

「道具は道具らしく黙ってそこにいろ!!」

苛立ちを露に吐き捨てる領主は、あの島の男たちと同じだ。
女を下に見て、自分が偉いと思い込んでやがる。胸糞悪ィ。

家族を誘拐された。
家族を侮辱された。
家族を道具扱いされた。

到底許せるものではない。

「なに、この人……」

ERRORちゃんがポツリと呟いたのが聞こえた。
そちらへチラリと視線を向ければ、今にも泣きそうな顔でリサちゃんの手を強く握るERRORちゃんの横顔が見えた。

「最ッ低……!!」

俺の隣でタミも同じように領主を睨み付けている。
許せるはずがない。どうしたって、許せるわけがない。

「貴方は、この家と共に滅べばいい」

私は、この子たちと自由に生きる。
誰に縛られることもない。
誰の命令も聞かない。

凛とした態度で言い切ったリサちゃんに自然と笑みが浮かぶ。
マルコも、エースも、タミ、ERRORちゃんも同じように微笑んだその時だ。



――ドォ……ンッ!!



一発の銃声が、静寂を突き破って玄関ホールに響き渡った。