09


『領主様』に連れられてやって来たお屋敷は、とんでもなく大きかった。
町の外れにあるこのお屋敷は、町からもよく見えていたこの町で一番大きなお屋敷だ。

「さ、中へ」
「あ、あの……すみません」
「ん?」
「その……やっぱり、自分で探したいんです。大切な家族だから……」
「大丈夫、私の部下が必ず見つけ出すと約束するよ」

アタシの手を引いて歩き出そうとする『領主様』に、それでもアタシは引かなかった。
この人を信用していないわけじゃない。
けど、違うんだ。そうじゃなくて。

だって、もしタミが本当に迷子だったら?
探しに来たのがこのお屋敷の門の所に立っている人のように武器を持っている人だったら?
絶対怖いはずだ。アタシだって怖い。アタシが屋敷にいる、なんて聞いたって信用出来ない。警戒する。
だから、アタシが探しに行きたい。探し出して、それで一緒にここにお茶しに来ればいい。

「君はとても優しい子だね」

優しく微笑んだ『領主様』に、ホッと安堵の息を漏らした。
分かってもらえた。そう思ったから。

「大丈夫だよ、君の大切な人たちを傷つけたりはしないと約束する」

こう見えて、私の部下は優秀でね。
そんなことを言った『領主様』は、アタシの手を引いて強引に歩きだした。

「え? ちょっ……待ってください、アタシ、街に……!」

腕を振り払おうとするけど、グッと強く握られて放してくれない。
何処にそんな力があるのかって思うくらい、アタシの腕を掴む手は力強かった。

恐怖が全身を駆け巡った。

怖い。
嫌だ。
何、この人。

抵抗すら殆どさせてもらえないまま、屋敷の中へと押し込まれた。
煌びやかな装飾が施された玄関ホールに放り出されて、すぐさま外に出ようとしたけど扉の前には武器を持った護衛兵が立っている。

「なん……どうして……!」

『領主様』を振り返れば、俯いたままの『領主様』が肩を震わせている事に気付いた。
泣いているのかと思ったのは一瞬で、耳に届いた笑い声にぞくりと背筋が寒くなる。

「漸く戻ったな、フィレイ!!」

狂ったように嗤う『領主様』は、さっきまでの人の好さそうな雰囲気なんて欠片も見当たらない。
騙されたのだと理解して、そんな自分に歯噛みして、これからどうなるのかと恐怖に襲われる。

「ア、タシは、フィレイさんじゃない……!」

震える声で言い返せば、『領主様』はニタリと口元を歪めてせせら笑った。
パチン。『領主様』が指を鳴らすと、屈強な衛兵たちが一斉にアタシを取り囲む。

「私の血が入っていれば構うものか!」
「だから……っ!」

違うって言ってるでしょう!?
叫ぶアタシの前に、メイド服を来た女の人が進み出てきた。
警戒を露に睨み付ければ、メイドさんはビクリと身体を揺らして、それからチラリと『領主様』を窺うように見てからまたアタシの方へ足を進めてきた。

この人、怯えてる。
アタシにじゃない――『領主様』に、だ。

「う、動かないで、ください……」

震える声でそう囁いたメイドさんは、おそるおそるアタシに手を伸ばしてギュッと腕を掴んだ。
メイドさんの恐怖が伝わってくる。どうして。そんなに『領主様』が怖いの?

「貴方――」
「彼女に部屋へ案内させよう」

私の声を遮るように『領主様』が穏やかな声で言った。

「何、大人しくしていてくれば危害は加えんよ」
「誰が!」

ここにいる奴らなら、アタシ一人で何とかなる。
伊達に鍛えてきたわけじゃない。
グッと拳を握り込んで、腰を落としたその時だ。

「ならば、こういうのは――いかがかな?」

衛兵たちが一斉に銃を構える。
その先にいるのは、アタシじゃない。

「あ、ぁ……」
「え……」

銃口はアタシの方を向いている。
けど、アタシじゃない。
アタシの隣に立つメイドさんに向けられている。

「どうして……」
「彼女には君を捕らえるようにと命令したのだよ。命令を遂行出来ないメイドなど、邪魔なだけだ」

なに、言ってるの、この人……。

「邪魔者は要らない。分かるだろう?」
「あ、ぁ……いや……あああぁぁぁ……!」

アタシの腕に縋るようにして、メイドさんが泣き崩れた。

「お、おねがい……たす、たすけて……!」
「っ、」
「おねが……っ、やだ、いや……死にたく、ない……死にたくない……!」

涙を溢れさせて必死に訴えてくるメイドさんを振り払うなんて、アタシには出来ない。
けど、タミが。エースが。
でも、でも、でも――。

「――殺せ」
「、待って!!」

銃口からメイドさんを庇うようにして立てば、衛兵の背後で『領主様』がニヤリと口端を吊り上げた。
甘っちょろい奴だ。アタシを見る目がそう言っている。

「………分かった、から……この人を殺さないで」
「話が分かる子で助かるよ」
「それから、アタシの家族にも手を出さないで!!」
「勿論、約束しよう。私が用があるのは君だからね」

にっこりと人の好さそうな笑みを浮かべる『領主様』を睨み付け、歯を食縛る。

「っ、ごめ、なさ……ごめん、なさい……!」

衛兵に連れられてきた部屋で、さっきのメイドさんが泣きじゃくりながらアタシにドレスを差し出してくる。

「気にしないで。貴方の所為じゃない」

差し出されたドレスは、当然だけどアタシが今まで着たことのないものだ。メイドさんに手伝ってもらいながら着替えを終えると、今度は化粧をされて髪の毛まで丁寧に梳かされた。
鏡に映る姿は、いつものアタシとは全然違う。まるで別人だ。

「こわく、ないんですか……?」

おずおずと声をかけてきたメイドさんを振り向けば、ビクリと身体を震わせたメイドさんは謝罪の言葉を口にして俯いた。

「………信じてるから」
「え……?」

顔を上げたメイドさんが驚愕に目を見開く。

「アタシの家族、心配性だからね」

すぐに助けに来てくれるよ。
だから平気。

「貴方のことも、きっと助けてくれるよ」

微笑んだアタシに、メイドさんは泣きそうに顔を歪めた後、ほんの少しだけ微笑んだ。