「こっちよ」
お姉さんについてキッチンを通り抜けた先に見えた扉の前でお姉さんは立ち止まった。
私が入って来た玄関とは違う扉。首を傾げてお姉さんを見れば、お姉さんはこっちからの方が早く街に着けると教えてくれた。
「港から来たのなら、街の奥に綺麗な家が見えたでしょう?」
「あ、はい! すっごい豪華な家ですよね」
「ここから続く道を真っ直ぐ行けば、その家のすぐ傍に出るわ。そこからなら分かるでしょう」
「へぇ……あの大きなお屋敷に――って、え? つまり、お姉さんの好きだった人って……」
あのお屋敷に住んでる人ってこと?そんでもって、あのドロドロな……つまり、そういうこと?
私の疑問を肯定するかのように、お姉さんは静かに微笑んだ。その笑顔が、すごく悲しそうで……。
「………会えると良いですね」
「え?」
「娘さんと。仲直り、出来たら良いですね」
間違いだったと分かってるのなら、やり直せるかもしれないじゃないか。
お姉さんが沢山謝って、謝って、もし娘さんがお姉さんのことを赦してくれたら。
そしたら、きっとこんな悲しそうに笑うことも無くなると思うんだ。
「………貴方は、優しい子ね」
「いやあはは、そんなこと――」
「あの子も……優しい子になってくれたかしら」
こちらの都合を押し付けて、まるで人形のような子だったけれど。
私たちの柵から抜け出してから、ちゃんと成長してくれたかしら。
そんなこと、思う資格も無いかもしれないけれど。
伏し目がちにぽつぽつと語るお姉さんの手をそっと握れば、驚いた顔のお姉さんと目が合う。
私の言葉には何の説得力もないし、気休めにもならないかもしれないけど。それでも。
「大丈夫ですよ。きっと、すごく優しい人になってると思います。だって、こんなに優しいお姉さんの娘だもん」
「、」
「だから、きっと優しい人になってます」
私は、そう信じたい。
目を見開いていたお姉さんは徐々にその目を細めていって。
「ありがとう」
嬉しそうにはにかんだお姉さんは、やっぱりとんでもなく美人だった。
お姉さんの家を後にして、歩き始めて数分。既に心が挫けそうです。
「うぅ……暗い……何か怖いし……」
舗装されたトンネルは人目を忍ぶ隠し通路のようで、やっぱりお忍びで会うのに使ってたんだろうなぁ……としみじみ。ただ、ここ数年は誰も通っていないのか、人の通った痕跡は見当たらない。いや、痕跡があったとしても私には気付けないだろうけど。
あちこちに放置された家具はどれも豪華な造りで、さっき跨いだ椅子なんて凄いフカフカしてそうだった。怖くて触る勇気なかったけど。他にも箪笥とか机とか、とにかくお金がかかっていそうな高価な家具たちが無造作に放ってある。
「うわっ、何あれ……絵……?」
苔の生えた額縁の中に薄っすらと人の顔が見えて、思わず足が立ち竦む。大丈夫、怖くない。オバケなんて出てこないんだから。
怖いから見なかったことにして通り過ぎよう。そう思って足を踏み出すのに、好奇心って怖い。
ほんのちょっと。ほんのちょっとだけ。
自分に言い訳をしてチラッと額縁の中の絵へ視線をやって――。
「え……?」
折角動き出した足がまた止まる。
恐怖なんて何処かにいっちゃった。躊躇いがちにそれに歩み寄って、苔の生えた額縁の前へそっとしゃがみ込んだ。鋭利な刃物か何かで大きく裂かれたキャンバスに描かれているのは、十歳くらいの女の子だ。緩く巻かれた髪を左右に垂らして、額縁の中でにっこり微笑んでいる。
それなのに、その笑い方にどこか恐怖を覚えた。
それだけじゃない。だって――、
「、ERROR……?」
絵の中の女の子は、ERRORにそっくりだった。