01


いつものように、お仕事が一段落してERRORとタミちゃんと私の部屋でお話をしていた。ベッドの上で私がタミちゃんの髪を弄っている後ろで、ERRORは私の髪を弄っている。

「ねー、たまにはアップにしても良い?」

ERRORの問いに、まぁたまには良いかなと頷きながら、櫛でタミちゃんの髪を梳いていく。タミちゃんが気持ちよさそうに「ふにゃー……」なんて声を出すのが可愛くて小さく笑うと、「動いちゃダメ!」とERRORに怒られた。

「はい、出来た」
「わーい! 今日は半分ちょんまげだ!」

ハーフアップにして、出来る限り頭の上の方で結ってあるのを見てタミちゃんが嬉しそうに笑う。

「たまにはこういうのも良いかなと思って」
「うん! ありがとー!!」

いつもイゾウさんに綺麗なお団子を作ってもらってるタミちゃんが髪を下ろしているのは新鮮。タミちゃん自身もそう感じてるみたいで、さっきから色々な方向から鏡を覗いては「うおー!」とか「にひひー!」って笑ってる。

「よし、出来たー!」
「ありがと」

満足気に笑っているERRORにお礼を言い、タミちゃんから鏡を受け取って覗き込む。いつもは下ろしてるか適当に縛っているだけの髪は、今は綺麗に頭の上の方で結ってある。

「何か……ちょっと若作り過ぎない?」
「見た目に合わせてみました!」

自信満々に答えるERRORに苦笑を零して結ってある髪を一房掴む。パーマが落ちてきてるなぁ。最後にかけたのは何年前だったっけ……?

「うーん、またパーマかけようかなぁ」
「リサの髪ゆるふわで好きー!」
「ありがと、タミちゃん」

幼い頃からずっとこの髪型だったから続けてたけど、そろそろ変えてみるのも良いかもしれない。けど、きっと今更ストレートにしても違和感だらけなんだろうなぁ。どうしようかな。そんな事を考えてたら、ERRORも自分の短い髪を弄りながら「アタシも伸ばそうかなぁ……」なんて呟いたのが聞こえた。

ERROR、伸ばすの?」
「うーん……もうすぐ肩につきそうでしょ? 切ろうかこのまま伸ばそうか迷ってる」
ERRORもずっと短かったの?」
「ううん、お店始めるまでは割と長かったよ。リサが髪弄るの好きだから。けど、お店が結構忙しくてさ。面倒だから短くして櫛で整えてたの。それでもたまにリサにピン付けられたりしてたけど」

タミちゃんの問いにERRORが肩を竦めて答える。確かに、お店を始めてすぐの頃は忙しくて髪を弄る余裕も無かったから。ERRORが短くしたいって言うから好きなようにして良いよって言ったけど、ちょっぴり残念に思ったのも本当。短いのも凄く可愛いんだけど……。

「だって……折角可愛いのに勿体ないでしょ? それに、短いといつも同じ髪型になっちゃうし」

可愛いんだから色々試してみたくなっちゃうのは仕方ない事だと思う。ERRORは呆れたような顔をしてから、ほんの少しだけ照れ臭そうに笑った。うん、可愛い。すごく可愛い。

「短いのも楽なんだよなぁ……」
「でもさ、でもさ、ERRORが髪伸ばすんなら三人でお揃いの髪型とか出来るよね!」

顔を輝かせたタミちゃんの言葉に、ERRORはちょっとだけ心が揺らいだみたい。

「お揃い……うあー、それ楽しそう……!」
「でしょ!? 三人でお団子とか! 三人で三つ編みとか! 三人でちょんまげとか!」
「楽しそう!! うー、でもなぁ……。うーん、迷う……!」
ERRORは短い方が良いの?」

ショートカットにこだわるERRORにそう尋ねれば、ERRORは突然慌てた様子で手を振りながら「そ、そんなんじゃないよ!」って言ってから、目を泳がせて俯いた。耳が真っ赤になってるのが見えて私とタミちゃんが首を傾げると、ERRORは俯いたまま小さな声で理由を教えてくれた。

「あ、あのね……? その………エースが、えと……その……」
「ほほう?」

目を輝かせてニヤリと笑ったタミちゃんが、親指と人差し指で顎の輪郭をなぞりながらもう片方の腕をERRORの肩に回した。

「エース君に『ERRORは短い方が似合う』とでも言われたのかな? んん?」
「そ、そんな風には言われてないもん! た、ただ……あの………この髪型が、す、すき、って……」
「あの半裸野郎!私のERRORに色目使いやがって……!! ちょっと筋肉が素敵だからって……!!」

タミちゃんが声を荒らげて私の枕を叩いた。タミちゃんは見てて楽しい。血は繋がってないけど、私にとってはもうERRORと同じ大切な娘みたいなものだ。二人が仲良くしてるのを見ると嬉しいし、リサって呼びながら駆け寄って来てくれるのも凄く嬉しい。

「じゃあ、短いままでいなきゃね」
「うー……でも、でも、お揃いの髪型もしたい!」
「あ、じゃあ付け毛買えば良いんじゃない? 確か、イゾウさんが大きな街には売ってる店があるって言ってたよ!」

パチンと両手を合わせながらタミちゃんが言うと、ERRORは顔を輝かせて立ち上がった。

「マルコさんに頼んでくる!!」
「でも、もう次の島は決まってるんじゃないの?」
「じゃあオヤジさんにお願いしてくる!」
「私も行くー! リサも行こう!」

勢いよく立ち上がったタミちゃんが私の腕を掴んで引っ張る。苦笑しながら立ち上がると、私達は部屋を後にした。

「まずはマルコさんに確認だよね! 次の島に大きな街があるかもしれないし!」

先頭を切って進むタミちゃんとERRORを微笑ましく思いながら見つめた。このまま、ずっと楽しく過ごせたら良いなと思う。こうして笑っていたい。ずっとずっと。

マルコさんは食堂にいた。サッチさんとイゾウさんと何かを話していて、その傍ではエース君が机に突っ伏して眠っている。
最初に私達に気付いたのはイゾウさんで、一瞬目を丸くしてからニヤリと笑うと私達に背を向けたままのマルコさんとサッチさんに何かを囁いた。マルコさんとサッチさんが振り向く。

「へぇ、珍しいなァ。リサちゃんが髪結んでるなんて」
ERRORに遊ばれちゃったんです」
「タミも随分と可愛らしい頭になってるじゃねェか」
「へへー! リサにやってもらったの! ちょんまげ!」

サッチさんの言葉に少しだけ照れ臭さを覚えながら答えた私は、独り黙り込んだままのマルコさんを見た。マルコさんと目が合うと、何故かマルコさんは照れ臭そうな顔で首を擦って私から目を逸らした。

「あー……その、よく似合ってるよい」
「ありがとうございます」

何だか私まで恥ずかしくなってきた。もしかしたらちょっとだけ顔が赤くなってるかもしれない。この間、キスされそうになってからというもの、マルコさんといるとちょっとだけ落ち着かない。

「マルコさん! あのね、聞きたい事があるんだけど」
「聞きたい事?」
「次の島ってどんな島ですかー!」

ERRORとタミちゃんがマルコさんに詰め寄る。その目はキラキラ輝いていて、怯んだマルコさんが一歩後ろに下がると二人は更に一歩踏み出してマルコさんに詰め寄った。

「何だよ、何かあんのか?」

サッチさんが二人に尋ねると、タミちゃんが「私達の夢がかかってるんです!!」なんて大袈裟に叫ぶ。目を丸くしたマルコさん達が私達を順番に見た。

「えーと、どういう事?」
「何かあったのか?」

サッチさんとイゾウさんがERRORとタミちゃんに尋ねると、二人は笑顔で声を揃えた。

「「髪の毛買うの!」」
「「はァ?」」

マルコさんとイゾウさんの声まで重なる。

「マルコにプレゼントか?」

言い終わらない内にサッチさんの姿が私達の視界から消えた。向こうの壁の方で大きな音と、サッチさんらしき人の悲鳴が聞こえた気がした。心配になってそっちを見ようとすると、スっと私の隣に移動したマルコさんが優しく笑う。マルコさんの姿で向こうのサッチさんは見えない。

「あの……サッチさん、」
「大丈夫だよい、死んじゃいねェから」
「それはそうでしょうけど……」
「そんな事より、教えてくれるかい?」
「え? あ、あぁ……えぇと、そんなに大袈裟な事じゃないんです。ERRORが髪を伸ばそうか迷ってるって言うので……タミちゃんが、イゾウさんから大きな街なら付け毛が売ってるって聞いたって言ってて……」
「あぁ、そういう事かい」
「それなら心配ないさ。次の島は割と大きな島だからな」

私が結ったタミちゃんの髪を楽しそうに触りながらイゾウさんが教えてくれた。

「本当!?」
「あぁ、次の島は貴族やら海軍のお偉いさんやらと親交がある領主が治める街だって話だ。たまに貴族が立ち寄るみてェだから売ってんじゃないか? 付け毛やらドレスやらは貴族の女には必要不可欠だろうからな」
「わーい! やったぁ!!」
「お揃い出来るねー!」

ERRORとタミちゃんが手を取り合ってはしゃいでいるのを眺めながら、私はイゾウさんの言葉を反芻していた。

『貴族と親交がある領主』

嫌な予感がする。けれど、まさか。

「リサ?」

呼ばれてマルコさんを見上げると、マルコさんは訝しげに私を見つめていた。

「大丈夫かい?」

どうしてこの人はこんなにも鋭いんだろう。微笑んで首を振ると、この間みたいに一瞬だけ眉を寄せたマルコさんだったけど、すぐに困ったように笑って私の頭を軽く撫でてくれた。

「そうかい」

いつか話すと言ったから、何も言わずに待っていてくれるんだろう。この人は優しいから、自分から強引に聞き出そうとはしない。私の言葉を信じて待ち続けてくれるんだろう。
私は「ERRORの父親は貴方です」と言う事をこんなにも恐れているのに。だって、ERRORの父親をマルコさんだと告げるという事は、マルコさんにあの時の女が私だと言わなければならないから。きっと覚えてはいないと思うけど、もし覚えていたら……。
それが怖くて堪らない。あんなに弱くてどうしようもない、人間ですらなかった女が私だなんて。

「その髪型、ホントによく似合ってるよい」

そうやって私が考えすぎないようにしてくれる優しさも、温かい笑顔も、大きな手も。全部全部、失いたくない。幻滅されたくない。嫌われたくない。

「ありがとうございます」

微笑んだ私は、もしかしたら泣きそうな顔をしていたかもしれない。