「怪我には気を付けるんだぞ!」
「誰かに酷い事されたらすぐに言うんだぞ! 俺らが全力でそいつを海の藻屑にしてやっから!」
「それから、露出はもう少し控えろ! ERROR! お前、脚出しすぎだ! 脚ィ!!」
「それからな!」
「それから――」
「あーっ! もう! 分かった! 分かったからー!!」
「もう、心配しすぎだってば」
もうかれこれ十分は続いているだろうか。
「そろそろ行くか!」とシャンクスが言った途端、赤髪海賊団のクルー達(主に幹部連中)は揃ってリサとERRORの元に群がって、延々と「怪我に気を付けろよ!」だの「病気にならねェように肉食えよ!」だの「悪い男に引っかかんなよ!」だのと言い連ねている。悪い男に引っかからせる訳ねェだろうが。
ERRORもリサもそんな幹部連中に呆れたような声を出しながらも、嬉しそうにしてる。それがちょっと気に食わねェ。でも、もうそれを口にする事はしない。ERRORもリサもこの船を下りたいなんて微塵も思ってねェって事が分かったから。
「皆も気を付けてよね! お酒飲みすぎないでよ!?」
「特にシャンクス。ダメだよ、ベンさんに迷惑かけちゃ」
「だっはっは! 心配いらねェよ、もう慣れてるはずだからな!」
「威張って言う事じゃないな」
溜息を零すベックマンに同情を覚えるが、まぁ仕方ねェな。分かっててシャンクスの下にいんだから、俺達に同情されたって嬉しくもないだろう。
「あーあ、タミちゃんともお別れかー……」
不貞腐れたような声が聞こえてそっちに視線を移せば、抱きしめたタミの頭に頬擦りしてる変態女がいた。タミの母親だって聞いて納得しちまったのはきっと俺だけじゃないと思う。どっちも変態。似過ぎだ。
「あのっ、えと……その………」
緊張してるのか、いつものお前は何処に行ったんだって思うくらいのタミが、ナギに頬擦りされたまま躊躇いがちに口を開く。助けを求めてるのか、視線はひたすらに泳いでるし、胸の前で奇妙な動きを繰り返す手は、きっとナギの腕に触れていいのか迷ってるんだろう。突然母親が現れて混乱してるのは目に見えて明らかだった。でも、嬉しそうなのも明らかで。
「ま、また、会えます、よね?」
「っ、勿論だよ!! タミちゃん好きっ!!!」
感極まった様子でナギがタミを強く抱きしめる。タミは苦しそうに呻いてるけど、聞こえてないみたいだ。
「母親、か……」
俺の母ちゃんは俺を産んですぐに死んじまったってクソジジイが言ってた。だから、俺は母親っていうのを知らない。父親の事も、本当は何も知らない。海賊王。世界中の嫌われ者。大悪党。本人がどんな人間だったのかなんて、俺は何も知らない。
俺にとっての父親はもうオヤジしかいなくて。それでも本当の父親の事を忘れる事なんて出来なくて。オヤジは笑い飛ばしてくれたけど、俺は本当にここにいて良いのか、とか。生きていて良いのか、とか。俺の父親は俺が生まれる事を喜んでくれたのだろうか、とか。母親はどんな想いで俺を産んだのか、とか。
常に頭の中にこびり付いてたそれは、いつの間にか少しずつ少しずつ剥がれ落ちてる事に気付いてた。きっとそれは、リサとERRORに出会ったからなんだと思う。
父親の顔を知らないで、リサと二人で協力し合って生きてきたERROR。好きでもない男に犯されて、それでも生まれたERRORを心から愛してるリサ。二人を見てると、たまにふと思う。もし母ちゃんが生きてたとしたら、俺と母ちゃんもこんな風になってたのかな、とか。俺の父親と母ちゃんがどんな出会いをしたのかは知らねェけど、どんな出会いだったとしても、俺の事を愛してくれたんじゃないかな、とか。
そんな事を考えてたら、俺の中での『母親』はいつの間にかリサになってた。いつもERRORの事を想ってて、温かくて、強くて、優しくて。時々、リサは俺のことも本当の息子のように見てくれてるんじゃないか、って思う。きっとそれは間違いじゃないんだろう。ERRORを見る時と同じ目で、俺やタミを見てくれてるってのが分かる。それはガキの頃から想像してたよりずっと温かくて、擽ったくて。つい甘えたくなって、夜中に腹減ったって言いに行けば、リサはしょうがないなって顔をしながら俺の為に飯を作ってくれる。甘やかされてんのが分かって、それがまた嬉しくて、擽ったくて。
タミを見るナギの目はリサが俺らを見る目と同じだ。とんでもない変態女でも、母親なんだなって思った。タミは母親に会えてスゲェ嬉しそうで、やっぱり何処か擽ったそうで、俺より歳上には見えなかった。
「あらやだ、そんなに見つめられたら照れちゃう」
ずっと見てた事に気づかれてたらしい。こっちを振り向いたナギの気持ち悪ィ言葉に顔を歪めて視線を逸らせば、背後からぬっと出てきた手が俺の腹やら胸やらを撫で始めた。
「うふ、うふふふふ。そんなに心配しなくてもたーくさん触ってあ・げ――うぉあちゃっ!」
「触んな気色悪ィ!!」
身体を炎に変えてナギの腕から抜け出せば、手のひらをフーフーと冷ましながらナギが涙目でこっちを睨んできた。
「炎になるの禁止ー! ずるい!」
「変態はタミ一人で十分だ!!」
「ひどいエース君! 私のこと変態だと思ってたの!?」
「おま、自分が変態じゃねェと思ってたのかよ!?」
そっちの方が吃驚だと叫べば、不細工に頬を膨らませたタミがマルコに突進してった。
「マルコさん! エース君が酷い事言うんだよ!」
「正論じゃねェか。その手は何だよい」
「私もマルコさんの腹筋撫でたい!」
ピンと伸ばしたマルコの腕がタミの額を押し返して近寄る事を拒む。リーチの長さで不利なタミはどんなに手を伸ばしてもマルコには届かない。まぁ、よくある光景だ――そう思ってたら、喚くタミを嘲るマルコの背後に忍び寄る変態の影。
「どっせーい!」
「甘ェ!!」
「ぐはぁっ!」
飛びかかったナギをマルコが蹴り飛ばす。放物線を描いて、ナギは海へと落ちていった。
「あぁ、お母さん……」
「ムカつくくらいお前そっくりだよい。中身だけ」
「ひ、ひどい! 言われなくたって分かってるもん! 何で私だけ普通な顔なの!?」
「世の中にゃ不思議な事はいくらだってあるもんだ」
「マルコさんの頭がパイナポーな事とか?」
「テメェも落ちて来いよい!」
タミの首根っこを掴んだマルコが力任せにぶん投げる。
「うぎょええええぇぇぇっ!!」
ぼっちゃーん!と大きな音を立ててタミも海に落ちた。
「漸く平和になったよい」
清々しい顔をするマルコに何か言う奴は誰もいなかった。
「じゃあ、俺達はもう行くよ。船に戻って出航準備だ!」
シャンクスの言葉で赤髪海賊団のクルー達はぞろぞろとレッド・フォース号へと戻って行く。海の中で挨拶を交わしたらしいナギは、タミをこっちの船の梯子まで連れてってから自分の船へと上がっていった。
「ん?」
一人だけモビーに残っていたベックマンに気付いて首を傾げれば、ベックマンは梯子を登ってきたタミの元へ歩いていった。あぁ、そういや父親なんだっけか。
どんな気持ちだろうか。自分が父親だって事を知らされてなかったらしいベックマン。タミにはもう別の父親がいる。父親面をして良いのかとか悩んだりしたのかもしれない。俺がベックマンの立場だったらきっと簡単に答えは出せねェ。
タミとベックマンの会話は遠すぎて聞こえなかったけど、最後にはタミが笑ってベックマンに抱き着いてたから、きっと上手いこと話を終えたんだろう。まぁ、お人好しなアイツの事だから、喧嘩別れなんて事は欠片も想像してなかったけど。
「白ひげ! 長生きしろよ!」
「グララララ、誰にもの言ってやがる、若造が」
シャンクスとオヤジが船越しに言葉を交わして、レッド・フォース号はゆっくりと離れていった。
「みんなー!! 元気でねー!!!」
「おーーっ!! お前らも元気でやれよーーー!!!」
「また会いに来るからなーー!!」
「風邪ひくなよーー!!」
ERRORの言葉にレッドフォース号から沢山の声が上がる。
「シャンクス!!」
身を乗り出したリサが大きな声を上げた。
「――っ、ありがとう!!!」
今にも泣きそうなリサの叫びに、シャンクスは柔らかく微笑んで手を挙げた。
「また会おう!!! ――行くぞ、野郎ども!!」
雄叫びと共にレッド・フォース号が遠ざかっていく。
その姿が見えなくなるまで、リサとERRORとタミはずっとその場で手を振り続けていた。