コンコン。コンコンコンコン。
さっきから何度ノックしても、中にいるはずのエースはウンともスンとも言わない。
折角の宴だっていうのにエースの姿が見当たらない事に気付いたのはついさっきで、トイレを理由にルウ君達の元を立ち上がって甲板をうろちょろしてたアタシにロナン君が「エースは部屋だと思うぞ」って教えてくれた。
赤髪海賊団の皆が来てるのに、何故かエースは独りだけ部屋に戻ったなんて聞いたら気になって仕方がなくて。
こうして部屋に来てみた訳だけど……エースは返事をしてくれない。もしかして、一緒にご飯食べなかったから怒っちゃったのかなぁ。
「エースー? 入るよー?」
こうなったら強行突入だとノブに手をかければ、鍵のかからない扉はあっさり開いた。ベッドの上に見えるこんもりと盛り上がった毛布に、何となく小さい頃の自分を思い出して思わず笑っちゃった。
「エース? どうしたの?」
アタシもこんな風に布団に包まって不貞寝した事があった。あの時は何が嫌だったんだっけ。もう覚えてないけど、目の前で不貞寝してるであろうエースがあの時のアタシのように何かに拗ねているのだという事は容易に想像出来た。
「エースー?」
ベッドの端に腰を下ろして毛布をくいくいと引っ張れば、引き剥がされるのを拒むかのようにエースが身じろいだ。きっと内側から毛布の端をぎゅっと掴んでいるんだろうな、なんて思ったら何だか可愛くてまた笑いがこみ上げてくる。
「ふふ、」
「………」
「エースー? っく、ふふ」
「………」
「ほら、早く出ておいでよーって、あははっ! もうダメ! あはははっ!」
「、笑うなよ!」
堪え切れず笑い出したアタシに、こっちも限界だったのかエースが真っ赤な顔で姿を現す。バサリと押しやられた毛布から出て来たエースは真っ赤な顔を悔しげに歪めてアタシを睨んでいる。何か、小さな子どもみたいだなんて思ったらまた笑えた。
「だからっ! 笑うなって言ってんだろ!」
「あははっ、ごめんごめん、つい」
「ったく……」
唇を尖らせてテンガロンハットを被ったエースがベッドの上に座り直してアタシの方を見た――と思ったら、すぐにまた目を逸らされた。理由はよく分からないけど、やっぱり機嫌が悪いらしい。
「エース? 何で怒ってんの?」
「………別に」
「前もそう言って怒ってたじゃん、教えてよ」
帽子で隠れた顔を伺うように覗き込めば、エースはまたアタシから顔を背ける。けど、尖った唇はそのままだ。
「一緒にご飯食べなかったから?」
「そんなんじゃねェよ」
違うらしい。ちょっぴりホッとしたのは内緒だ。だって、さすがにそんなに束縛されるのは……うん、ちょっと困る。アタシだって色んな人達と一緒に騒ぎたい。
「じゃあ、どうして?」
「………」
尋ねても答えてくれないエースにアタシも唇を尖らせて眉を寄せた。何か不満があるなら言ってくれれば良いのに。アタシがエースに嫌な思いをさせちゃった事は間違いなさそうだし、それならちゃんと何がダメだったのか聞きたい。直せるトコなら直したいと思うし、アタシにとっても譲れない事だったらちゃんと話し合いたい。
好きって言ってくれたエースと向き合うって決めたんだから、中途半端にはしたくない。
そりゃ、アタシはまだこれが恋ってやつなのかよく分かってないけどさ。今のアタシにとってエースが特別で大切な存在である事は間違いないんだから。
「教えてよ、エース」
口からするりと零れた声は自分でも驚く程に切羽詰っていて、気になったのかチラリとこっちを見たエースと目が合った。
「………」
「………」
何かを言おうとして口を開いたけど、結局エースは苦い顔をするだけで何も言ってはくれない。エースが言ってくれないとアタシはいつまで経っても分からないままで、つまりはいつまで経ってもこの状態でいなきゃならないって事だ。「言えるようになったら教えてね」なんて言い残してここを去るなんてさすがに出来ない。
けど、甲板ではシャンクスやベンさん達がアタシを待っていてくれている訳で。正直、今すぐにでも戻りたい。次はいつ会えるか分からないんだから、もっと色んな事を話したい。シャンクス達と別れてからどんな事があったのか。話したいことは山のようにあるんだから。
そんなアタシの考えが伝わったのか、帽子を取ったエースが頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜてから溜息を零して口を開いた。
「俺はいいから、行って来いよ。シャンクス達が待ってんだろ」
こっちを見ないままに言われた言葉に思わず眉を顰めた。そんな事言われたって行けるわけない。「分かった、じゃあね」なんて言って部屋を出てったら間違いなくエースはもっと不機嫌になる・・気がする。
「エース?」
「………何だよ」
「嫌いなの? シャンクス達のこと」
仮にも敵なんだからそういう事もあるかもしれない。生理的に受け付けないとかね。人懐こいエースにだってそういう事があっておかしくない。そう思って尋ねたのに、エースは「別に」なんて首を振る。
「そういうんじゃねェって。良いから行って来いよ」
「………アタシが嫌いになった?」
シャンクス達が嫌いなんじゃなくて、アタシを追い出そうとしているようにも取れるエース。もしかして、なんて不安が過ぎって恐る恐る尋ねれば、目を丸くしたエースが慌てて首を振った。
「じゃあ何なのさ、言ってくれなきゃ分かんないよ」
鼻の奥がツンとするのを感じながら声を絞り出せば、アタシが泣きたい気分になってる事に気付いたらしいエースは慌てた様子で身を乗り出した。
「ちょっ、待っ、な、泣くなよ! 嫌いになんかなってねェから! お、おい! ERROR!? な? 泣くなって!」
手を大きく振りながらしどろもどろに叫ぶエース。そんなエースを睨むように見上げて「じゃあ教えてよ」って言えば、眉を下げて情けない顔をしたエースがバツが悪そうに頭を掻いてそっぽを向いた。
「だから、あー……その、」
早く言ってくれれば良いのに、エースは中々言ってくれない。煮え切らないエースに少しだけ苛々しながら名前を呼べば、観念したのかもう一度頭を掻き毟ったエースがこっちを見た。
「その………船、」
「船?」
「……降りない、よな?」
「はぁ?」
思わず声を上げたアタシにエースはバツが悪そうな顔で頭を掻いてそっぽを向いた。ほんの少しだけ赤くなってる頬に、漸くエースの不機嫌の理由を理解した。
「つまり、アタシとリサがシャンクス達の船に乗っちゃうんじゃないかって心配してたの?」
「………まぁ、」
「スゲェ楽しそうだったし」なんてぼそぼそと続けたエース。呆れてものも言えない。脱力したアタシにエースは慌てた様子で「だ、だってな!」なんて続ける始末だ。
「シャンクス達に抱き付いてるし、俺達といる時よりもスゲェ楽しそうに笑ってるし!」
「俺らが知らないERRORとリサを知ってるんだな、とか」
「もしかしたら……あっちの船にいたいって思っちまったんじゃねェかって……」
「そう思ったら気持ち悪くなって」
「悪ィ……折角の宴なのに」
ぽつり、ぽつりと言葉を重ねるごとに弱々しくなっていく声。完全に俯いたエースの顔は見えないけど、何となくどんな顔をしてるのか分かった。
「そりゃ、好きだよ。シャンクス達はアタシ達の家族みたいなもんだもん」
視界の隅にあるエースの拳に力が篭ったのが見えた。
「確かにシャンクス達はエース達が知らないアタシとリサを知ってるけどさ、けど、それを言うならこの船でのアタシ達の事、シャンクス達は知らないじゃん。さっきヤソップのおっちゃんに言われたんだけどさ、アタシ、変わったんだって」
『昔よりイイ顔で笑うようになったな』
そう言って力強く頭を撫でられたのはほんの十数分前の事だ。
「この船に乗ったからだと思うんだよね。今の方がずっとイイって言ってもらえて凄く嬉しかった。それに、えーと……その、」
言い淀めば、首を傾げたエースがアタシをじっと見つめる。正直すごく恥ずかしい……けど、頑張れアタシ……!!
「あっちの船に乗ったらさ、敵になっちゃうじゃん。アタシ、エースとは敵になりたくないよ」
「ERROR……」
「その……ずっと、さ……一緒にいるって、言ってくれたじゃん」
「……………」
「ア、アタシだって、その……い、いっ、いっしょ、に、その……っ、」
恥ずかしい……!何これすっごい恥ずかしい!!
「――っ、やっぱりムリ! これ以上はムリ!!」
「は!? 最後まで言えよ!」
「ムリ! ムリムリ!! 恥ずかしくてヤダ!!」
「ズリィよ! ちゃんと言えって!!」
「絶対ヤダ!! 察して!」
「そんなのズリィよ! ちゃんと最後まで言えって!」
「イ・ヤ!!」
エースを突き飛ばして扉に向かえば、アタシと同じくらい顔を赤くしたエースが不満を叫びながら追いかけてくる。
「最後まで言えって!! おい! ERROR!!」
「いーやーだー!!! アタシ甲板に戻る! ご飯食べてくる!!」
「ちょ、待てよ! 俺も戻るって! 何で先行くんだよ!?」
「知らないっ! エースのバカ!! ついて来ないでー!!」
「ちゃんと全部言えってば! なぁ!!」
甲板に向かうアタシの背中にはエースのそんな声がずっとかけられてたけど、そんな事出来る訳ない。恥ずかしすぎて嫌だ。逃げ切ってやると決意したアタシはゴールである甲板を目指して速度を上げた。
「シャンクス!!! 助けて!!」
甲板に出るなりそう叫んだアタシに皆の視線が集まる。キョトンと目を丸くしながら立ち上がったシャンクスの胸に飛び込めば、後ろから「あーーっ!!」なんてエースの叫び声が聞こえた。
「シャンクス! ERRORを放せよっ!!」
「いや、どっちかって言うとERRORが自分から抱き付いてるんだが……」
突然の事に驚いているんだろう、お酒でほんのりと顔を赤くしたシャンクスが呆然と返事をする。そんなシャンクスにしがみ付く腕に力を篭めれば、上から「うっぷ、ERROR、ちょっと待った……それ以上締められると辛い」なんて苦しげな声が降ってくる。
「離れろっての!! ERROR! こっち来いよ!!」
「いーやーだー!」
「まださっきの話終わってねェ!!」
「終わった!! 終わったもん! アタシの中では終わったもん!!」
「最後まで言えって! ズリィぞ!!」
「ズルくてイイもん! 絶ッ対言わない!!」
ギャーギャーと同じ事を延々と繰り返すアタシとエース。そんなアタシ達の言い合いは、エースが海に放り投げられた事によってあっさり幕を閉じた。
「やっと静かになったな」
「イゾウさん! えーと、あの……ありがと、う……?」
確かにエースは静かになったけど、あれはちょっとやりすぎじゃ……あ、サッチさんが海に飛び込んだ。ごめんなさい、サッチさん。折角のリーゼントがダメになっちゃって。
心の中でサッチさんに謝っていると、くつくつと喉を鳴らしたイゾウさんがアタシの頭をポンポンと叩いた。
色付いた唇が綺麗な弧を描くのを呆然と見ていたアタシに、イゾウさんは顔を寄せてこっそり囁いた。
「嫉妬深くて青臭ェガキだが、よろしく頼むよ」
微笑んだその顔は物凄く綺麗で、物凄く温かかった。
「何だERROR、お前エースと出来てたのか?」
呆然と頷いていたアタシは、上から降ってきたシャンクスの言葉に咄嗟に「違う!!」と否定した。
丁度上がってきたエースがそれを聞いて落ち込んでいたのは、見なかったことにしよう。