「心地良い風が頬を撫で、私はそっと目を閉じた。仲間達の楽しげな笑い声と、微かに聞こえる波の音は私をこんなにも安心させてくれる。あぁ、今日もイイ天気――痛ッ!!」
何なの!?幸せに浸ってたってのに……!そう思って目を開けると、目の前には呆れたように私を見下ろす幼馴染みがいた。
「何すんの!」
「姿が見えないから探しに来てみれば、とうとう狂ったみたいだったから。つい」
「折角幸せに浸ってたってのに!!」
「お前は飲まないのか?」
「スルーかよ!」
私の話を一切聞かずに、幼馴染みが酒瓶を差し出してくる。思う存分睨み付けてから酒瓶をひったくると、こうなりゃ自棄だと栓を抜いて一気に呷った。
「あっちに行かないのか? いつもならルウ達と馬鹿騒ぎしてるだろう。腹でも下したか?」
「アンタは私を何だと思ってるんだ」
騒いでないと病人か私は。そう訴えれば幼馴染みはほんの少し目を見開いて「違うのか?」なんて聞いてくる。バカヤロー!
「手紙書いてんの! 邪魔しないでー!」
「手紙? ――あぁ、旦那にか」
「そう! 愛する旦那様!!」
今頃お仕事してるんだろうなぁ。顔見たいなぁ。あ、今度写真送ってもらおうっと。
「顔がいつも以上に酷いぞ」
「いつも以上って何!! 失礼な!」
「顔『だけ』はまともなんだから大事にしろ」
「だけって強調しないでくれる!?」
「中身はお世辞にもまともとは言えないからな」
「悪いな、正直者なんだ」なんて飄々と言ってのける幼馴染みに蹴りをかましてやったけど、あっさり避けられた。
悔し紛れに鼻を鳴らしてペンを持ち直すと、まだ何も書いてない羊皮紙にサラサラとペンを走らせていった。
『久しぶり。元気にしてる?こっちはすっごい元気。毎日のように酒盛りしてるから、ほぼ毎日二日酔いだけど』
「それは元気とは言わないぞ」
「勝手に読むな!!」
覗き込んでくる幼馴染みを追い払って深呼吸を一つ。
さて、続きを書こうとペン先にインクをつけたけど、続きが浮かばない。頭を掻いてポケットから取り出したのは、一週間前に愛しの旦那様から届いた手紙。
『僕もあの子も元気だよ。あの子は最近、漸く夢中になれるものが見つかったみたいだ。子供の成長は早いね』
『君が海賊だって事は重々承知しているけれど、やっぱり怪我には気を付けて欲しいかな。海賊だけど、女なんだから。それに、僕の大切な奥さん、あの子の大切な母親でもあるんだからね』
『こっちは大丈夫だよ。君に会えないのは寂しいけれど、元気にやってる。この島は何も無いから君の船が来る事は無いかもしれないけど、もしこの島に来る事があったら顔を見せて欲しい。僕も親父もお袋も君に会える日が来るのを楽しみに待ってるよ』
『愛してるよ』
何回読んでも泣きそうになっちゃうのは仕方ないと思う。鼻がツンとして痛い。
「会いたい、なぁ……」
彼にも、あの子にも。手紙を封筒に戻してペンを持ち直すと、深呼吸を一つしてからまたペンを走らせた。
『夢中になれるものが見つかったんだね、良かった。もう二十歳を超えてるのに、何もやりたい事が見つからないんじゃつまらないもの。無茶はしすぎないように、楽しく頑張って欲しいです。
私の方は大丈夫。この船に喧嘩を売ってくる海賊なんて殆どいないもの。身体が鈍らないか逆に心配です。貴方も身体には気を付けてね。嫌よ、次に会った時にベッドに寝込んでるなんて状況。
そっちに行く日が来るかどうかは分からないけど、もしそっちに立ち寄る事があったら、絶対に会いに行くわ。勿論、あの子には内緒でね。あの子には母親が海賊だなんて言えないもの。母親は死んだと思ってる方が幸せだわ。
貴方にも義父さんにも義母さんにも、沢山迷惑をかけてしまってる事、悪いと思ってる。ごめんなさい。あの日、私を送り出してくれた事、とても感謝してる。
辛気臭くなっちゃったわね。次は楽しい冒険の話を書くわ!義父さんが楽しめるお話をね』
いつものように終わりに『愛してる』と書いてペンを置いた。うーん、何か……。まぁ、いいか。
封筒に手紙を入れて、大切にポケットにしまい込んだ私は伸びをして立ち上がった。
「さ、飲むぞー!」
手にある飲みかけの酒を飲み干して仲間達の元へ向かう。既に出来上がった仲間達が肩を組んで歌って踊っていた。
「書き終わったのか?」
幼馴染みが新しい酒瓶を私に差し出しながら聞いてくる。それに大きく頷いて酒を受け取った私はそいつの隣に腰を下ろして一気に呷った。
「うぇっぷ……気持ち悪ィ……飲みすぎた……」
私と幼馴染みの向かいに座るのは我らが船の船長。ったく、コイツは折角の酒の席だってのに何を言ってんだか。
「何日もぶっ続けで宴会なんてするからでしょーが」
「美味い酒はいくらでも飲みてェじゃねぇか」
「二日酔いで真っ青になってる奴の台詞じゃねぇよ」
そう言えばお頭は「だっはっは!」って声を上げて笑って――更に青くなった。馬鹿だ。
「お、そうだ! 久しぶりに白ひげの所にでも行くか!」
「はァ!?」
「またこの人は……」
突然何を言い出すんだと大声を出した私の横で幼馴染みが額に手を当てて項垂れている。こいつも苦労人だよなぁ。前にそう言ったら「原因はお頭とお前だ」って言われたけど。
「折角、美味い酒があるんだ! 大勢で飲んだ方が楽しいに決まってるじゃないか!」
「そりゃそうだけど……」
「次こそマルコを勧誘するぞ!」
「行こう! さっさと行こう!!」
そうだ!あの船にはマルコがいるじゃないか!!一瞬で顔を輝かせた私に満足気に笑うと、お頭は私の隣に座る男の肩に手を置いて満面の笑みで言った。
「て訳だ。ベン、連絡しといてくれ!」
「………分かった」
渋々と頷いた幼馴染み――ベンに私とお頭は顔を見合わせてから同時に叫んだ。
「「白ひげに殴り込みだあああぁぁぁぁ!!!」」
「違うだろ」
「「「「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」
ベンのツッコミは、クルー達の歓声によって掻き消された。
よっしゃあ!! 待ってろ、美脚マルコ!!!