「あ、ちょっと忘れ物しちゃった」
いつものメンバーで買い物をしていたらリサが突然立ち止まってそう呟いた。
比較的大きな街は沢山の店が並んでて、けど何度も立ち寄った事があるマルコさんやサッチさんは「あれが欲しい」って言えばすぐにお店へと案内してくれた。
一通りの買い物を終えて、そろそろ何処かで休憩しようかって話してた時に後ろを歩いていたリサから聞こえた言葉に、アタシ達は足を止めてリサを振り返った。
「どうしたの?」
「買い忘れちゃったものがあって……」
タミの質問にリサが苦笑を浮かべながら答えた。じゃあもう一回お店に戻ろうか、なんて言えば、サッチさん達も賛同してくれて「何処のお店?」なんてリサに尋ねる。
「大丈夫。私、もう一回行ってきますから、先に何処かで休んでてください」
「分かったー」
微笑んで踵を返したリサがどんどん遠ざかっていく。
「じゃあ、何処か入ってるか――って、わっ! 何だよ!?」
サッチさんの手に、マルコさんが自分の持っていた紙袋を押し付けた。それからヒラヒラ手を振りながらリサの方へ向かって歩き出す。
「汚すんじゃねェぞい」
「ヘイヘイ。ったく……」
「おっほー、マルコさん早いなぁ……」
「たまには二人にしてあげよっか」
タミと二人で顔を見合わせてニヤリと笑うと、荷物を抱えたサッチさんが近くの噴水を指した。
「おい、二人とも。あそこでアイスでも食ってるか?」
「「食べる!!」」
「サッチ! 俺も俺も!!」
「ヘイヘイ。んじゃ、俺が買ってきてやっから、お前らはあそこ座って荷物番しててくれや」
噴水に移動してベンチに座ると、サッチさんはアタシ達の前に荷物を下ろしてアイスを買いに行った。残されたアタシ、タミ、エースは他愛ない話をしながら皆が帰ってくるのを待っていた。
中央に噴水とベンチを置いたここは街の広場みたいになっていて、まだ明るいこの時間帯は家族で遊んでる姿が多く見えた。
たまにカップルもいたけど、一番多かったのはお父さんと遊ぶ子ども達の姿だった。
少しずつ会話が少なくなっていって、アタシの目は自然とお父さんと遊ぶ子ども達を追っていた。
「そろそろ帰ろうか」
「やだ! もっと遊ぶー!!」
「もうすぐ夕飯の時間だろう? ママがご飯作って待ってるよ」
「やーだー! もっと遊ぶの!!」
家に帰ろうと言うお父さんに、小さな女の子が嫌だと駄々をこねているのをぼんやりと眺めながら、アタシは首を傾げた。
「あの子、私に似てる」
右隣に座っていたタミからそんな声が聞こえて、タミを振り返ればタミは何処か懐かしそうな顔であの父娘を見つめていた。左隣に座っているエースを見れば、目が合ったエースは軽く首を傾げてから父娘を見つめた。
「私もああやってさ、よく父さんに我侭言ってたんだ」
「へぇ……アタシはお父さんが居なかったから、ああいうのは分からないなぁ……」
我侭なんて言ったらいけないと思ってた。リサは一人でアタシを育ててくれてて、いつも大変な思いをさせてて……だから、我侭なんて言って困らせたくないって思ってた。ううん、もしかしたら嫌われたくないって思ってたのかも。
「何かさ、試すんだよね」
「え?」
「この人がどれだけ自分の事を好きでいてくれてるのか。何処まで許してくれるのか、って」
突然そんな事を言い出したタミを、アタシは目を丸くして見つめる事しか出来なかった。多分エースも同じような顔をしてるんだと思う。
「私はさ、ERRORとは反対。お母さんがいないの」
「そうなの?」
「うん、顔も知らない。名前も知らないし、声も知らない」
「ERRORと一緒だね」なんて笑うタミにアタシはどんな顔をしたら良いのか分からなかった。そう言えば、お爺ちゃんとお婆ちゃん、お父さんの話はたくさん聞いてたけどお母さんの話は聞いた事がなかったなぁ……。
「私さ、自分の家族が大好きなんだよ」
タミの言葉に私は大きく頷いた。タミがたまに話してくれたお爺ちゃんやお婆ちゃんの話を聞いてればそれはすぐに分かる。海賊が大好きなお爺ちゃんと、そんなお爺ちゃんの血をしっかり受け継いだお父さん。特に、白ひげ海賊団の話になると物凄く興奮して他の事に手を付けられなくなってお婆ちゃんによく怒られてたって言ってた。
「でもね、小さい頃は結構いろんな事思ったりしてた。近所の子とかと遊んでるとね、空が暗くなってくると皆はお母さんが迎えに来てくれるの。私はいっつも婆ちゃんや爺ちゃんや父さんでさ。『どうしてタミちゃんはお母さんが来ないの?』って言われるたびに、何でか何も言えなかった。私の家はお母さんがいないんだよって一言言えば済む話なのにさ……言えなかった。何で私を迎えに来るのはお母さんじゃないんだろうって思ってたんだよね。でも、そう思うたびに何処かで爺ちゃん達に酷い事してるって気持ちがあって」
ぽつり、ぽつりと小さな声で小さい頃の事を話してくれるタミに、アタシもエースも何も言わなかった。何も言ったらいけないような気がしたし、そもそも何か言いたくても言葉が見つからなかった。
「そんな酷い私でも愛してくれるのかな、って。小さい頃はよく我侭言って困らせてたんだよね」
「酷いでしょ」なんて苦笑するタミは、たまに見る思いつめたような顔をしていた。
「お母さんはさ、私を産んだんだから私の事を知らないはずはないのに……会いにも来てくれないなんて、よっぽど嫌いなんだなって思ってた」
「そんな事ないよ」なんて言えなかった。だって、分からないもん。アタシには勝手な事言えない。
アタシのお父さんはアタシの事を知らなくて、そもそもリサの事も何とも思ってないってリサが言ってたから。そういう親子がいるのに、タミのお母さんがタミをどう思ってるかなんて、アタシには分からない。けどさ……リサはアタシを愛してくれてる。いつだってアタシを一番に考えてくれてて、だから母親ってそういうものなんだって思ってた。でも、それはリサだからそうなんだって気付いた。アタシにとってのリサは、タミにとってのお爺ちゃんやお婆ちゃんやお父さんで……三人もいるんだから良いじゃん、なんて思わない。だって、アタシだってタミの立場だったらきっとお母さんに会いたくて仕方ないって思ってたかもしれないから。アタシが、本当のお父さんに一目で良いから会いたいって思ってるように。
「タミのお母さんはさ……生きてるの?」
「分かんない。ずーーっと遠くにいるって父さんが言ってた。それきりお母さんの事は聞いてないんだ」
自分の膝をポンポンと叩いてタミは照れ臭そうに頭を掻いた。
「私さ、ずっと自分が恵まれてるって知らなかったんだ。島の子達は皆お父さんもお母さんもいて、それが当たり前だと思ってたから……私は他の子達より不幸な子なんだ、って思ってた。何も知らなかったんだ。海に出て、沢山の島に行って……私は全然不幸なんかじゃなかったって気付いた。お母さんがいなくたって、爺ちゃんも婆ちゃんも父さんもいて、船にはたーくさんの家族がいるんだもん。私、物凄く幸せだったんだ」
「タミ……」
「こんなに沢山の家族がいて、私を愛してくれる人達がいて、私すっごい幸せ者じゃん?」
目を細めて「ニシシ」なんて笑うタミに思わず抱き付くと、タミはアタシの肩に頭をぐりぐりしながら笑った。
「もっとね、色々親孝行しとけば良かったなぁ、って思うんだよね。だから、ERRORはいつもリサと一緒だから良いなぁ、って思ったりもするの」
「リサはアタシのママだけど、タミのママでもあるでしょ?」
「ねー、歳でいったら姉妹なのにねー。リサは私のママだね」
「いるじゃん、お母さん」
アタシも同じようにタミの肩にぐりぐりと頭を押し付けて言えば、タミは擽ったそうに笑いながら「うん」って頷いた。
「この間、島の婆ちゃん達に手紙書いたんだけどさ、今朝返事が来たの。私がいないと静かだってさ」
「そりゃそうだろ」
突然、エースがアタシとタミの間に割り込んできた。アタシからタミを引き剥がしたエースは、リサが結ったタミの髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜていつもの顔で笑っていた。
「タミがいると煩ェもんよ」
「何をう!?」
「煩くないタミなんてタミじゃないもんね」
「ERRORまで酷い!」
勢いよく振り返ったタミがアタシに叫ぶ。エースとアタシが声を上げて笑うと、タミは「ムキー!」なんて眉を釣り上げて叫びながらエースにセクハラしだした。
「この腹筋め! 乳首め! バカ! 筋肉最高!!」
お腹とか脇とか背中とかベタベタ触りまくるタミに、エースは擽ったそうに笑いながらタミの頭をぐっちゃぐちゃにし続けてる。
「お、サッチ来たぞ」
エースの声に視線をずらすと、遠くにサッチさんらしき人が見えた。リーゼントだからサッチさんだね。
「俺、行ってくる!」
タミを引き剥がしてエースがサッチさんの方に向かって駆け出す。その背中を眺めながら、タミがまた静かに口を開いた。
「試す行為ってのはさ、自分が相手に好きだよって伝える行為で、だから私の事も好きでいてよって確認する行為だと思うんだよね」
エースの背中を見つめながら「そうだね」って相槌を打つと、タミが小さな声で呟いた。
「エース君はきっと、今がそうなんだろうなぁ……」
「え?」
小さ過ぎて何を言っているのか分からなかったから聞き返したけど、タミは笑うだけで教えてくれなかった。
エースを見つめるその顔はいつもの笑顔とは何処か違っていて、何でか分からないけど、その時になって漸くアタシはタミが歳上なんだって事を実感した。
「なぁんで一段なんだよ! 俺、三段が良かった!!」
向こうからエースの不満気な声が聞こえてくる。サッチさんに駄々をこねるエースは、ついさっき見た小さい女の子とそっくりだった。
「よし!」
気合を入れたタミが立ち上がりサッチさんとエースの所に走って行く。
「私もチョコミントとブルーハワイが良かった!!」
「またそんな人工着色料使いまくってるヤツばっかり!!!」
「アイス三段!!」
「ダメ!! 晩飯入らなくなるでしょ!!」
「サッチさんのケチ!!」
「面白リーゼント!!」
「何なのこの子達はもう……!! つーか、誰が面白リーゼントだ! ぶん殴るぞテメェ!!」
危なげにアイスを持っているサッチさんにタミとエースがギャーギャーと喚き立てているのを見ながら、アタシは何となくタミがさっき何て言ったのかを理解して口元を緩めた。
サッチさんは我侭を言う二人に「ダメ!」「何なのこの子達……!」なんて言いながらも口元は緩んでいて、タミもエースも嬉しそうに笑っている。
あぁ、こういう事か。愛して、愛されて。それを試して許されて。普段エースがオヤジさんやマルコさん達に引っ付いてるのも、マルコさん達が楽しげに笑いながら「重いっての」って返してるのも、タミがイゾウさんやロナン君達に我侭を言っているのも、文句を言いながらも最後まで話を聞いているイゾウさん達も、全部。
温かい気持ちになりながら、アタシも立ち上がった。辺りを見回せば、サッチさん達とは別の方向からリサとマルコさんが歩いてくるのが見えた。
「サッチさん! アタシもストロベリーチーズケーキが良かった!」
タミとエースを左右の腕にぶら下げながら戻って来たサッチさんに悪戯に笑いながらそう言えば、サッチさんは一瞬丸くした目を優しく目を細めてから一気に眉を寄せた。
「何なのこの我侭っ子達!!!」
「サッチー! 三段!」
「サッチさーん、ブルーハワイー!」
「ストロベリーチーズケーキ!」
戻って来たリサとマルコさんはそんなアタシ達を見て笑ってて、リサと目が合うとリサはとても嬉しそうに目を細めた。
結局また皆でアイスを買いに行くことになって、荷物を持ってぞろぞろとアイス屋さんへと向かった。因みに、サッチさんが買ってきたアイスはアタシとタミとエースで一個ずつ美味しく食べた。
「リサ! リサは何が良い!?」
「んー、じゃあ……パイナップルにしようかな」
「よし! すいませーん、マルコさん一つ!!」
調子に乗って店員さんに注文したタミの頭に、マルコさんから特大の拳骨をお見舞いされた事は言うまでもない。