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「よォ、タミ。お前面白い事してんだって?」
「あ、イゾウ、さ、ん……」

紫煙を燻らせながら向こうからやって来たのはイゾウさん。起き抜けなのか、いつもはきっちり作ってある髷も今は無いし、着流しもいつもより適当に着ただけで胸元がガッツリ見えてます……!鼻血出るよイゾウさん!!

「イゾウさん……何て格好を……」
「あァん?」
「男のくせに私より色っぽいってどういう事なの……!」
「お前より色っぽい男なんざ山ほどいるだろうよ」

クックッと喉を鳴らしながら酷い事を口にするイゾウさん。悪かったな……!
この毒舌というか鬼畜というか、取り敢えずドSなイゾウさんは十六番隊の隊長さん。ロナン君が所属する隊の隊長さんです。いつも着流しと島田髷とかいう髪型で、化粧までしてるから下手すると女の人にしか見えない。銃を愛用してて、何か気に入らないことがあるとすぐにぶっ放すバイオレンスな人です。でも、ホントはすごく面倒見が良くて優しい人。

「まーたお前は適当な頭しやがって」
「ふーんだ、今日はイゾウさんだって適当だもーん」
「俺ァ良いんだよ」
「何この俺様……!!」

肩に流した黒髪をパサリと払うイゾウさんの手は、その顔には似つかわしくないゴツゴツとした男の人の手だった。格好の所為で女の人らしく見えるだけで、身体は他の人達と同じくらいガッシリした男の人の身体なんだろうな。胸板も厚い訳ではないけど適度に筋肉がついてるみたいだし。肌蹴た胸元を食い入るように見つめながらそんな事を考えていると、伸びてきたイゾウさんの手が私の髪を適当に纏めてるゴムを引っ張った。ゴムが取れた拍子に髪の毛が落ちて、毛先の擽ったさに思わずブルブル首を振った。

「こんな適当に結んでたら髪が傷むっていつも言ってんだろ?」
「だーって……面倒なんですもん。それに、」

それに、イゾウさんがこうやって「仕方ねぇなァ」って言いながら髪を弄ってくれるのが嬉しいんだもん。言わなくても分かったのか、イゾウさんは呆れたような顔をしてから私の頭をグリグリ撫でてくれた。

「甘ったれめ」

その声は優しくて私は自然と頬を緩めた。私が甘ったれなのは、こうやって甘やかしてくれる人がいるからだもーん。そう言えばこの間、マルコさんに「お前はERRORよりガキ臭ェな」って言われたんだけど、多分間違ってないと思う。私は島でお婆ちゃん達と暢気に暮らしてたけど、ERRORはタミと二人で屈強な海賊達相手にレストランを開いてたんだから。時には金を払わずに出て行こうとする海賊達を懲らしめてたって言うんだから、ERRORが私よりしっかりしてるのは当然の事なんだろうな。けど、いつだったかタミがエース君と笑ってるERRORを眺めながら嬉しそうに呟いてたんだよね。

ERRORはこの船に来て幼くなったかな』

タミは何処か嬉しそうだった。ERRORのお父さんについて聞いた事ないけど、私は一度もその話題を耳にした事がないから、もしかしたらタミもERRORも互いに遠慮してるのかな、なんて勝手に思ってる。私もお母さんがいなかったけど、お母さん代わりのお婆ちゃんがいたし……。二人がどんな想いで今まで生きてきたのかなんて分からないし、想像もつかない。何となく大変だったんだろうな、としか思えない私は誰から見ても子どもなんだろう。もうとっくに二十歳超えてるのに。

「ねぇイゾウさん」
「んー?」

いつの間にか廊下の真ん中で私の髪を弄っていたイゾウさんが私の頭の天辺に綺麗なお団子を作りながら生返事をする。

ERRORのお父さん、てさ……どんな人か知ってる?」
「さぁな。直接聞いてみたらどうだ?」

煙管を銜えたままのイゾウさんがちょっと突き放すように言った。分かってるけどさ。

「それはそうなんだけど………何となく聞き辛いって言うか……」

きっとタミもERRORも困るんだろうな、とか。ERRORも知らなかったらどうしよう、とか。小さな声でブチブチと言い訳を口にしていると、お団子を作り終えたイゾウさんが煙管を口から放して煙を吐き出してから、いつもよりほんの少しだけ怖い目で私を見据えた。

「受け止める度胸が無ェんなら止めときな」
「え……?」
「あの島で平和に暮らしてたお前が、あの二人の過去を知ったって良いことなんざ一つもありゃしねぇよ。同情なんざするんじゃねぇ」
「そんな事……」

どうなんだろう。私は同情したいの?分からない。そんなつもりじゃない。ただ……ただ……。
黙り込んだ私の肩に手を置いて、イゾウさんは去って行った。

「お前はお前らしく、アイツらの傍で笑ってりゃ良いじゃねぇか。タミもERRORもそれを望んでると思うぜ」

そう言い残して。




イゾウさんと別れた後、何となく誰にも会いたくなくて人気の少ない廊下を歩き続けた。
気が付いたらそこはオヤジ様の部屋の傍で、迷いに迷った私は結局オヤジ様の部屋を訪ねることにした。

「オヤジ様……」
「何だ? 随分と辛気臭ェツラしやがって」

珍しくお酒を飲んでいなかったオヤジ様は、扉からちょっと顔を出しただけの私に「とっとと入って来い」って言ってくれた。お言葉に甘えて部屋の中に入ると、真っ直ぐオヤジ様に走ってって脚にしがみ付いた。

「鼻ッタレが、一丁前に悩み事か?」
「鼻なんて垂れてないもん。ねぇ、オヤジ様……あのさ、私って、その………子ども、かな?」

私を見下ろしていたオヤジ様の顔が訝しげなものに変わる。片眉を上げたオヤジ様は、それでもあっさり頷いた。

「あぁ。世間知らずのガキだ」
「………そっか」
「けど、それは悪い事じゃねぇ。この時代、お前があの島で平和に生きてきた事は喜ぶべき事だ。違うか?」
「オヤジ様……」
「お前の親達がそうやってお前を護ってくれていたって事だろうが。それなのにお前は何しょぼくれてやがる。胸を張りやがれ」

そう言ってオヤジ様は人差し指でグリグリと私の頭を撫でてくれた。押し潰されるかと思ったけど。痛かったけど。でも、凄く温かくて何だか泣きたくなった。
私はタミとERRORがどんな風に生きてきたかなんて知らなくて。他の皆がどうやって生きてきたかなんて知らなくて。平和な島で平和に暮らしてきた世間知らずの子どもでしかなくて。
けど、それは私を育ててくれたお婆ちゃん達のおかげなんだ。私が平和な世界しか知らないのは、大切に護ってくれる人がいたからなんだ。

「うん……うん、オヤジ様の言う通りだ。私、ちょっと寂しかった。タミとERRORがどれだけ苦労してきたかとか、他の皆がどんな風に生きてきたかなんて全然分からなくて……何か、独りだけ仲間外れみたいで寂しかったんだと思う」

だから知りたかった。共有したかった。『一緒』が良かった。
けど、そんなのは駄目だ。私は今までの私を後悔しちゃいけない。何も知らない事を恥ずかしいと思っちゃいけない。
きっと、イゾウさんも私が何を考えてるか気付いてたんだよね。

『受け止める度胸が無ェんなら止めときな』

私、自分の為に二人の過去を知りたかったんだ。自分が独りになるのが怖くて聞き出そうとしてた。そんなのダメに決まってる。もっともっと沢山のものを見て、知って、私自身が強くならなきゃ。
全部受け止められるくらい強くなったら、そしたら聞こう。きっと、その時には今よりもっともっと近付けるはずだから。
何も知らない子どもな私を受け入れてくれたように、私も強くなるんだ。

「オヤジ様、私、頑張る!!」
「あぁ」

口端を上げながら頷いてくれたオヤジ様が「グラララ!」っていつものように声を上げて笑う。負けじと私も「グラララ!」って笑ったら「真似すんじゃねぇ」って指で頭を押された。痛かった。

「オヤジ様、大好き!!」
「そうか。そいつァ、ありがとよ」

そう言ってオヤジ様はまた声を上げて笑った。

お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さん。顔も知らないお母さん。
オヤジ様はとってもとっても大きな人です。私、この船に乗れてとても幸せです。まだまだ知らないことは沢山あるけれど、少しずつ少しずつ、私のペースで頑張っていこうと思います。個性豊かな家族に囲まれて、毎日がとても楽しいです。
大切に育ててくれてありがとうございました。護ってくれてありがとうございました。私、もっと強くなります。大切な人達を護れるくらい強くなります。お祖父ちゃん達の事も、今度は私が護るから!それくらいいーーっぱい強くなります!
いつかまた会いに行くから、それまで元気にしててください。お爺ちゃん、お父さん、お婆ちゃんに怒られ過ぎないようにね!
またお手紙書きます。みんな、大好き!!