「何で反対しなかったの?」
お仕事中だって知りながらやって来たマルコさんの部屋。ノックしたら「開いてるよい」って返ってきたからドアを開けると書類にペンを走らせながら「ちょっと待ってろい」ってマルコさんの言葉。二、三分くらいしてマルコさんが「ふぅ」と息を吐きながらペンを置いてドアの所に立ち尽くす私を見た。
「悪ィな。どうした?」
いつもと変わらない眠そうな顔で尋ねたマルコさんへの私の開口一番がさっきの言葉。マルコさんの眉間の皺がヤバイ事になってます。
「あ?」
「チンピラみたいな返事怖いですマルコさん」
正直に感想を述べると「煩ェ」って一蹴された。
「マルコさん、私がこの船に乗る事反対してたでしょ?」
「あぁ」
「じゃあ何で昨日反対しなかったの?」
昨日、私は初めて人を殺した。そんでもって、オヤジ様の娘になった。約束の三ヶ月まであと少しあったけど、皆は私を家族として受け入れてくれた。その時は素直に嬉しかったけど、一晩経って気になったのはマルコさんの事だった。
あれだけ私が家族になる事を反対していたのに、昨日は何も言わなかった。どうして?私、まだ全然強くなってない。そりゃ、前に比べれば格段に強くなったよ?でも、まだ皆の足元にも及ばない。敵襲があれば役立たずだし、邪魔にしかならない。それが分かってたからマルコさんも反対してたはずなのに、どうして?
睨むようにマルコさんを見つめていると、マルコさんは何処か呆れたような顔で私を見ていた。
「お前は……」
「へ?」
「いつもは腹立つくらいヘラヘラしてるくせに、妙なトコでそうやって自分追い詰めてんじゃねぇよい」
失礼なことを言いながら私に近付いたマルコさんが結構強い力で私の額を弾く。いや、ホント痛いっす。涙滲んできました。
「泣いてんな」
「ちょ、理不尽……! 痛いんだからね!?」
「覚悟は出来たんだろうが」
額を押さえながら滲む視界でもってマルコさんを睨むと、返ってきたのは至極真面目なマルコさんの声。
「………うん、多分」
「多分って何だよい」
「出来た……と思う」
というか、あれで出来てなかったら結構問題だと思う。私、人殺しだしね。
「なら、別に俺が反対する理由もねぇよい」
「…………リサに抱き付いて来ようっと」
「張っ倒すぞ」
小さな声で冗談を口にした途端、大きな手が私の頭を鷲掴んだ。ちょ、ギリギリ言ってる……!!ミシミシ言ってる……!!
「ギブギブーーッ!!」
「ったく、」
「冗談なのに……っ、」
「俺ァ冗談が嫌いなんだよい。海に沈められたくなかったら相手を選ぶこった」
目がマジだ……!何とかして逃げようと画策し始めた私の耳にノックの音が飛び込んだ。助かった……!慌てて振り向いて扉を開けると、そこに立っていたのは私の女神様!!
「あれ、タミちゃん?」
「リサー!! ナイスタイミング!!」
「え?」
「聞いてよ! マルコさんが――ぶふっ!」
後ろから私の口を塞いで押し退けたマルコさんがリサの前に立つ。このパイン……!ふっ飛ばされた私は壁に激突して肩痛くなってんだぞコノヤロー!
「何か用かい?」
このオッサンパイン!私ン時と態度が違い過ぎだろ!顔が緩んでんぞ!!差別反対!!
「昨日買出しに行った時に買えなかったものがあるんですけど、今日お店に入ったみたいなので買いに行こうと思ったんですが……サッチさんにマルコさんに一緒に行ってもらえないか声をかけてみろって言われて……サッチさんは用事があるみたいなので……えと、お取り込み中でした?」
「いいや、丁度暇してたトコだよい」
「でも、」
リサが気遣わし気に私を見る。
「タミ、お前はとっととイゾウのトコ行って訓練してもらって来いよい」
「イゾウさんはさっき甲板でお酒飲んでたもんねー! 訓練どころじゃないもん!」
「何言ってんだ、だから鍛えてもらえって言ってんだろい」
「へ?」
「とっとと行って来い。さ、リサ。俺らも街に行くよい」
「あ、はい。じゃあ、タミちゃん行って来るね」
「気を付けてね! 超気を付けてね! 変なオッサンに路地裏に連れ込まれないようにね!!」
「大丈夫だよ、マルコさんが一緒なんだから」
そのオッサンパインが一番危ないでしょうが!!思わず声に出そうとして慌てて手で押さえた。危ない危ない。マルコさんの顔が怖い。リサの背後にいるのを良い事に「とっとと出てけって」親指で扉指してるよ!何だこの二重人格パインは!!
畜生、と心の中で呟いて部屋を出る。リサもマルコさんも一緒に出てきたから一緒に甲板に向かった。
「本当に気を付けるんだよ! マルコさんてばね、さっき私を海に沈めるなんて言ったんだから! リサの前でだけイイ顔してるんだよ!!」
ふんだ!そんな怖い顔したって怖くないもん!何てったってこっちにはリサがいるんだから!!
「そんな事言ったんですか?」
「ただの冗談だよい」
苦笑するリサにマルコさんが爽やかに笑って答える。この野郎!さっき「冗談は嫌いだ」って言ったのは何処のパインだ!!
「ふふっ、そうですよね。大丈夫だよタミちゃん、マルコさんはそんな酷い事しないから」
「騙されてるよ……! リサ騙されてるよ……!!」
「タミちゃんが可愛いからちょっとイジワルしちゃうだけだよ。ねぇマルコさん?」
「ソウダヨイ」
カタコトで答えやがった……っ!!心篭ってなさすぎだろ!!リサ!違うから!これ本心じゃないから!!可愛いなんてこれっぽっちも思ってないよこのパインは!!
全く気付かないリサと白を通しきるオッサンパイン。あっという間に甲板に着いて、二人は仲良く船を降りていった。あぁ……私のリサが……!
「なーにショボくれてんだ?」
振り向けばそこにいたのは酒瓶を片手にしたイゾウさん。
「イゾウさあぁぁん! 私の女神様が腐れパインにいいぃぃっっ!!」
「あーハイハイ。うっせーから黙れ撃ち殺すぞ」
「酷い! リサやERRORには優しいくせに! マルコさんもイゾウさんも私に優しくない!」
あ、ちょっと泣きそうになってきた。ちょっとだけ鼻を啜った私にイゾウさんは何故か楽しそうに笑って(私泣きそうなのに!)来い来いって手招きをする。大人しくイゾウさんのトコに行くと、「そこに座れ」って樽を指されたからそこに座る。
「ったく、なーにいじけてんだか」
「だって……だって……!」
「愛情表現だろうが」
「分かりやすい表現方法でお願いします!」
「いつも分かりやすくしてんだろうが。またこんな適当に結びやがって」
下の方で適当に団子を作ってる私の髪を解いて勝手に弄り始めるイゾウさんに私はほんのちょっとだけ嬉しくなる。誰かに髪の毛弄られるのって嬉しいよね。うん。たまにリサも私の髪を結ってくれるんだよ。私が自分でやると今みたいに適当に一つに結ぶか、最後にくるって丸めたまま結んで適当な団子作るだけなんだけど。
袂から取り出した櫛で私の髪を梳きながらイゾウさんがブツブツと文句を連ねる。「女なんだからもっと気を遣え」とか「たまにはトリートメントしろ」とか。「ここ絡まってるぞ」とか。でも、それも嬉しい。
「イゾウさんに髪弄ってもらうのすきー!」
「はいはい」
「リサにやってもらうのもすき!」
「はいはい。お前も自分で頑張れよ」
「私がやらなくてもイゾウさんとかリサがやってくれるもーん」
「バーカ」
その声と共に櫛がぶすりと私の頭に突き刺さる。ちょ、痛いよ!
「お前そんなんだからサッチは街に降りちまうんだぞ」
「あー、ナイスバディなお姉さんトコ?」
「悔しかったらちったァ気を遣えっつーの」
「んー……でもなぁ、別にそういう好きじゃないような気もするしなぁ……」
嫌かと聞かれたらちょっとは嫌だけど、私がどうこう言う権利は無いし、サッチさんがそれで楽しいんなら良いかなとか思うし。
「つまり、私はサッチさんに対してそういう感情を抱いてる訳じゃないって事だよね?」
「俺に聞いてどうすんだよ」
「今はいいのー、今のままで十分楽しいもん! それに、サッチさんはいつも皆に気を配ってるでしょ? たまには思いっ切り破目を外して楽しんでも良いと思うんだよね」
そう言えば、イゾウさんは小さく喉を鳴らして軽く私の頭を撫でてくれた。
「お前さんは本当にサッチが好きだねぇ」
「だから違うって」
そう言ってもイゾウさんはまた笑うだけ。
「ほら、出来たぞ」
手鏡を渡されて覗き込めば、頭の上で綺麗に纏められたお団子。器用だなぁ。
「ありがと!」
「んじゃ、飲むか」
「おー!!」
そう言えばマルコさんにはイゾウさんに鍛えてもらえって言われてるけど……まぁいっか。折角頭綺麗にしてもらったんだし、マルコさんだってリサとデートしてるんだから私もイゾウさんと楽しんだって構わないだろう。
「「「かんぱーい!」」」
甲板にいた他の船員達も混ざって皆でプチ宴会を始める。
船に戻ってきたマルコさんにこっぴどく叱られるのはその数時間後。