05


「行って来まーす!」
「行ってらっしゃい」

エース君と街に行く約束をしたERRORを見送って、私は部屋へと戻って行った。
今日やって来た島は夏島で、記録が溜まるのに三日はかかるらしいから、もう殆どの人達が街へと降りていった。この島の街は大きくて宿も沢山あるらしいから、今日は帰って来る人達は少ないかもなんてサッチさんが言ってた気がする。そんなサッチさんは四番隊に仮入隊してるタミちゃんを連れて買い出しに向かった。私も四番隊だけど、今日はお留守番。前の島で補充したものが残っているから、今日は人手が少なくて良いのだとサッチさんが言っていた。たまには羽を伸ばして良いんだと言われたけど、いざ休みをもらうと何をしたら良いのか分からない。

「散歩でもして来ようかな」

そう考えた時、ふと目についた『それ』。悩んだのは一瞬で、たまには良いかと言い聞かせて手に取った。

「………マルコさん、暇かなぁ」

たまには誘ってみようと、手の中の『それ』を見て小さく微笑んだ。

部屋にいなかったマルコさんを探して甲板に行くと、今日は体調が良いらしいオヤジさんが椅子に座っていた。マルコさんの姿もそこに見つけたからそこに向かうと、気付いたマルコさんが目を丸くしていた。

「こんにちは」
「グラララ、似合ってるじゃねぇか」
「ありがとうございます。お加減は如何ですか?」
「あぁ、悪くねぇ」
「良かった。マルコさん、あの……今お時間ありますか?」

まだ目を丸くして固まってるマルコさんに尋ねると、マルコさんはハッとしてから軽く首を傾げた。

「あぁ、構わねぇが……何かあったのかい?」
「デートのお誘いです」
「は?」
「って言っても、ちょっとそこまでお散歩行くだけなんですけど」

悪戯っぽく笑うと、目を丸くしたマルコさんが困ったような顔で笑いながら首を摩る。

「あぁ、それじゃオヤジ、ちょっと行ってくるよい」
「グラララ、あぁ、行って来い」
「行って来ます」

オヤジさんに手を振ってマルコさんと船を降りる。

「何処まで行くんだい?」
「砂浜に行きたいな、と思いまして」
「そうかい。ホラ」

差し出された掌の意味が分からなくて首を傾げながら見上げると、ニヤリと笑うマルコさん。

「デート、だろい?」

今度は私が目を丸くする番で、でもすぐに笑ってマルコさんの手に自分の手を重ねた。

「実は、デートするの初めてなんです」
「良いのかい? 初デートの相手が俺で」
「はい。それに、この服をプレゼントしてくれたのもマルコさんですから」

部屋で着替えてきた私が着てるのは、前にマルコさんが買ってくれた白のワンピース。フリルもレースもないシンプルなそれは、何だか着るのが勿体なくて今まで一度も袖を通せなかった。汚れてしまうのも嫌だったし、スカートを穿いて敵襲や嵐に遭ったらどうしようもないから。

「だから、この服を着る時はマルコさんと一緒に出かける時にしようって決めてたんです」

誰かに何かをプレゼントしてもらったのは初めてで、何だかくすぐったくて、でもすごく嬉しかった。

「ありがとう、マルコさん」

柔らかく笑ってくれるマルコさんの顔はほんの少しだけ赤い。

「それで、あの……」
「何だい?」
「あの……変じゃないですか?」

ワンピースなんて着たのは何年ぶりだろうか。いい年してワンピース。しかも白の。袖がないから二の腕が丸出し。いつもは半袖とか七分袖のTシャツだからちょっと(かなり)恥ずかしい。

「変じゃねぇよい。よく似合ってる」
「……ホントですか?」
「あぁ」
「……良かった」

この服を選んでしまった事を後悔させていたらどうしようかと思ったけど、杞憂だったみたいだ。優しいから口に出さないだけかもしれないけど、優しく笑ってくれるマルコさんを見てるとそれは無さそうだから安心した。
砂浜を歩きながら、他愛のない話を沢山した。新メニューの話、今までマルコさんが行った島の話、エース君とERRORの話、オヤジさんの話、サッチさんの話、タミちゃんの話。

気が付いたらあっという間に時間が経ってて、海の向こうに太陽が沈み始めてた。オレンジ色の光に照らされて、マルコさんの髪がオレンジ色に見えた。

「遅くなっちゃいましたね」
「たまにゃ良いだろい、リサは働き過ぎだからよい」
「そう、ですか?」
「飯作んのはコックとしているから仕方ねぇにしても、夜中までエースの為に飯作ったり、アイツらの服直したり、洗濯だってしてんだろい?」
「洗濯とかはたまにですよ? 手が空いてる時に手伝う程度で……」
「そんな根詰めて働かなくたって良いんだ。もっと楽にしろよい」

そんなに頑張ってるつもりは無かったんだけど、マルコさんが言うくらいだから、よっぽどだったのかもしれない。

「すみません、心配かけちゃって……」
「これくらい心配の内に入らねぇよい」

そう言って繋いでない方の手が私の頭を軽く叩く。温かい手の温もりが私の右手と頭にあって、何だかくすぐったかった。

「マルコさんは優しいですね」
「そんな事言うのはリサくらいだよい」
「口にしないだけで、皆知ってます。マルコさんが優しいって事」

家族思いの、優しい人。オヤジさんの代わりに家族を纏める、大きな人。
陽が落ちてきたからか、少しだけ冷たい風が吹いてきて思わずクシャミが出た。ちょっと恥ずかしいなんて思いながら軽く腕を摩ると、マルコさんと繋いだままの手が引っ張られて、気が付いたらマルコさんの腕の中にいた。

「あ、あの、」
「寒ィんだろい?」
「で、でも、ちょっとですから……」

片方の手は繋がれたままで、マルコさんのもう片方の手が私をしっかり抱きしめてて身動きすら取れない。ちょっと、これは、本当に恥ずかしい。

「あの……っ、」
「まだデート中なんだから、黙って温められてろよい」
「で、でも……」
「それ以上言ってると、その口塞いじまうぞい」

ピタリと動きを止めて黙り込むと、頭の上でマルコさんが喉を鳴らしてるのが聞こえた。

「………イジワルですよ」
「さっきの言葉、訂正するかい?」
「しません。マルコさんは優しいですから………でも、ちょっとイジワルなのも知ってます」
「そうかい」

クックッとマルコさんがまた喉を鳴らす。右手はまだマルコさんと繋いだままだけど、左手が何だか心許ない。まだ放してはくれなさそうだから、おそるおそるマルコさんのシャツを少しだけ掴んでみたらマルコさんがほんの少しだけ身じろいだ。

「恥ずかしい、ですよ」
「そうだねい」
「放してくれないんですか?」
「もう少し」

そう言って私の頭に頬をくっ付けるマルコさん。温かいけど、上のボタンを閉めてないから押し付けられた私の頬はマルコさんの肌に直に触れてる訳で。恥ずかしい。でも、心臓の音がちょっと心地良かった。

「あの、」
「もう少し」
「そろそろ眠くなりそうです」
「ん?」
「心臓の音、聞いてると眠くなりませんか?」
「そういうもんかい?」
「聞いた事無いんですか?」

驚いて尋ねれば、「そういう状況にならねぇからなぁ」なんて声が降ってきた。

「胸に耳当てたりしないんですか?」
「……誰の胸に当てんだい?」
「彼女とか」
「そんなモンいねぇよい」
「今はいなくても、昔はいたでしょう?」
「覚えてねぇなぁ」

惚けるマルコさんに「そうですか」と答えて話を切った。聞かれたくない事なら聞くべきじゃない。本人が望んでないのに踏み込んじゃダメだ。

「じゃあ……サッチさんに頼むとか?」
「吐き気がするよい」
「そうですね、ちょっと見たくないかも……あ、オヤジさんに頼むとか?」
「それも見たくねぇだろい」
「………そう、ですね……微笑ましいとは思いますけど……ごめんなさい」

オヤジさんの胸に耳をくっつけてるマルコさんを想像したらちょっとだけ笑ってしまった。

「笑うな」
「すみません、想像したら面白くて」
「想像すんなよい」
「エース君がしてるなら微笑ましいだけで終わるんですけど、マルコさんがするとちょっと面白いです」
「オッサンで悪かったねい」

何処か拗ねたような声に、ちょっと失礼過ぎたかと反省。

「ごめんなさい、嫌な気持ちにさせちゃいましたね」
「別にそういう訳じゃねぇが……何なら、リサが聞かせてくれるかい?」

顔を上げると、ニヤリと笑うマルコさんの顔があった。

「からかい過ぎですよ」
「本気だって言ったら?」
「今日はイジワルですね」
「折角のデートだから、いつもは言わねぇ事を言ってみようかと思ってねい」
「心臓に悪いです」
「そりゃ、嬉しい限りだ」

そう言って笑いながら、近づいてきたマルコさんの唇が私の額に触れる。あぁ、もう。本当に。

「訂正します、ちょっとじゃなくてすっごくイジワルです」
「褒め言葉として受け取っとくよい」
「暑くなってきました」
「そうかい、そりゃ残念だ」

ゆっくりと離れたマルコさんが、私の顔を見て楽しそうに笑った。

「赤くなってるよい」
「夕陽の所為ですよ」
「そうかい」

そりゃ残念だ、ってさっきと同じ言葉を繰り返したマルコさんは、もう一回だけ私の額にキスを落とした。

「………ホントにイジワルですね」
「まぁ、たまにはねい。――嫌かい?」

そんな優しい目をして何て事を聞くんだこの人は。

「嫌ですね」

にっこり笑って返せば、そのまま固まるマルコさん。その肩に手を添えて背伸びをしながら、マルコさんの頬に軽くキスをしてみた。一瞬で真っ赤になったマルコさんが慌てて私から距離を取る。顔の下半分を腕で隠しながら、いつもより見開かれた目が私を凝視してる。こんなに慌ててるのに、手は繋いだままだった。

「ね、心臓に悪いでしょう?」

繋いだままの手を引いて歩き出すと、マルコさんは何も言わずについてきてくれた。

「………確かに、心臓に悪いねい……」
「理解してもらえて何よりです」

手を繋いだまま船に向かって歩く。殆ど無言だったけど、不思議と心地良かった。船が見えてきて、甲板にいるERRORが私達に気付いて手を振ってる。それから何かに驚いたような動作で誰かを手招きしてる。すぐにエース君とサッチさんとタミちゃんがやって来てERRORの横に並んだ。

「何ですかね?」
「手、繋いでるからだろい」
「あぁ……その所為か」

船に戻ると、ERROR達が物凄く驚いた顔で私達に駆け寄ってきた。

「ちょ、マジで!?」
「マルコさんとくっついたの!!?」
「スゲェ! おめでとうマルコ!」
「マルコさんのくせに生意気!」

サッチさん、ERROR、エース君、タミちゃんの四人がほぼ同時に叫ぶ。タミちゃんだけマルコさんにデコピンされた。あ、タンコブ出来た……。

「散歩してただけだよ」
「でも手ェ繋いでんじゃんか」

エース君が繋いだままの私とマルコさんの手を指す。

「デートだったから」
「え、じゃあくっついてないの?」
「残念ながら」
「何だぁ……」

あからさまに脱力する四人に、私とマルコさんは顔を見合わせて小さく笑った。

「マルコさん、ありがとう。楽しかったです」
「俺もだよい」

どちらともなく手を放すと、何時間もずっと手を繋ぎ続けてたからか、空いた手が寂しく思えた。掌を見つめてると、ふと影が差したから無意識に顔を上げた。マルコさんの顔がそこにあって、額にはこの短時間で少しだけ当たり前になった温もり。誰か分からないけど、息を呑んだのが聞こえた気がする。ちゅ、って小さな音がしてマルコさんが離れてく。

「ありがとさん」
「………」

ヒラヒラ手を振って船室に戻ってくマルコさんを呆然と見つめる私の背後ではERROR達が「何この展開!?」とか「何があったの!?」とか「あ、これ夢か……」とか色々言ってるのがぼんやりと聞こえた。

「………今日はイジワルばっかりだなぁ、」

口の中だけで呟いてからERROR達を振り返る。

「着替えてくるね」
「そんな事より、さっきの何――って、リサ!?」

後から絶対色々言われるだろうけど、取り敢えず着替えようと部屋に戻ってく。ワンピースを脱いでいつものTシャツと七部丈のパンツに着替えると、ベッドの上に広げたままのワンピースを見つめた。

「………ふぅ、」

顔が熱い。ERRORやタミちゃんが入って来たら見られちゃうから早く冷めて欲しいな、なんて思いながら、額にそっと手を触れた。