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「あ、また」
「え?」

この島にやって来たエース達は、毎日お店に来てくれた。初めて会った時は変な人だなって思ったけど、その後一緒に噴水の所で話をして、海賊でもイイ人達がいるんだって知った。定休日はエース達の船に行ってオヤジさんに会ったし、色んな人と仲良くなった。その次の日からエース達以外の隊長さん達が遊びに来てくれて、凄く楽しかった。

気が付いたら、エース達が島に来てから六日が経っていた。明日、エース達はこの島を出る。オヤジさんを海賊王にする為に。

自由に、生きる為に。

明日からは、また今まで通りの日が戻って来るだけ。エース達が出航して、やって来る海賊達は多分、エース達とは違う、アタシ達が知っている海賊達。適当に追い払って、リサと二人で、今まで通り生きていく。これから先も、ずっと。

そんな事を考えてたアタシは、リサの呟きで我に返った。

「何? ごめん、聞いてなかった」
「溜息」
「え?」
「何回も溜息ついてるから」
「嘘、ホントに?」

気付かなかった。そう言うと、リサは何故か楽しそうに表情を綻ばせた。娘のアタシが言うのもアレだけど、可愛いと思う。笑った顔が可愛いとか卑怯だ。おっちゃん達がリサにデレデレするのも分かる気がする。可愛いねってたまに言われるけど、そんなのお世辞としか思えないから信じない。リサの方が可愛いに決まってる。ホント、何でアタシの父親はリサと一緒にいないんだろう?手を放すなんて信じられない。

「可愛い」
「は?」
「――って思うのは、親バカですかねぇ」
「間違いなく親バカだな。でも、確かにERRORちゃんは可愛い」

突然背後から聞こえた声に驚いて振り向けば、サッチさんがジョッキを持つ手を軽く上げながら笑っていた。

リサは「でしょう?」なんて笑ってる。うん、親バカだ。

「俺が来てた事気付かなかった?」
「全く……今日はサッチさん一人?」
「おー、他の奴らは出航の準備やらでな。でも夜はまた大勢の奴らがここに来ると思うぜ。今日で最後だしな。あ、でもエースは無理だ。アイツ、今日一日下船禁止令出てっから」
「え、何で!?」

明日行っちゃうのに!?そう尋ねたアタシに返ってきたサッチさんの言葉は「アイツ、夜中に盗み食いしやがった」。そりゃ禁止令出されるに決まってるじゃん!て言うか、よりによって今日?何で?バカバカバカ!会えないままバイバイになっちゃうじゃん!もしかしたら、もう一生会えないかもしれないのに……。

ERRORちゃん?」
「………明日、いつ頃出航するんですか?」
「朝だよ。9時に出航する」
「そう、ですか……」

じゃあ、会えるのは明日の朝だけ、かぁ……。あの大きな鯨の船で海の向こうに行ってしまうエースやサッチさん、マルコさん達を見送って……今まで通り、リサとお店を開けて、おっちゃん達が飲みに来たりして、たまに金を払おうとしない海賊達を追い払って……それが、アタシ達のニチジョウ。

不満なんて持った事は無かった。楽しいと思ってる。リサのやりたい事を手伝って、おっちゃん達は皆優しくて、毎日充実してる。

それなのに、何でだろう?何でこんなに、モヤモヤするの?

サッチさんが店を出てって、お店を閉めた。今日で最後だから沢山来るって言ってたし、頑張って働かなきゃ。リサの方をチラッと見てみれば、いつもと変わらない様子でお酒の準備をしてる。うん、やっぱり……断る、んだよね。きっと、明日の出航を見送りに行って「サヨナラ」を言うんだ。サッチさんもきっとそれに気付いてる。だから、何も言わないんだと思う。リサが、私が、困らないように。

皆、良い人達。あんな優しい人達が海賊だなんて信じられない。でも、それも明日でサヨナラ。

ERROR?」

驚いたようなリサの声がする。振り向いたけど、何でかリサの顔がぼやけて見えた。

「え……?」
「………涙、」
「っ、え!? な、何で!?」

ほっぺを触ると水が指についた。ホントに泣いてるみたい。驚きながら目を擦ろうとしたらリサの手に止められて、ポケットから出したハンカチで優しく拭われる。あぁ、そう言えば……エースも顔、拭いてもらってたなぁ……。ご飯食べてる最中に寝るなんて、有り得ないよ。そんな人初めて見たし、これから先もそんな人を見る事なんて無い。きっと、エースの事は一生忘れない。

「………ERRORは、可愛いね」

何でか分からないけど、泣いてないリサの方が悲しんでるように見えた。




夜、サッチさんが言ったとおり沢山の人がお店に来てくれた。サッチさんもイゾウさんもハルタ君も、ジョズさんもビスタさんも、他にも沢山。皆と沢山笑って、騒いだ。でも、この一週間で店にいるのが当たり前に感じるようになっていたオレンジ色のテンガロンハットが見えない。オヤジさんのマークを背負った、広い背中が見えない。食べ途中のお皿に顔を突っ込んで、ぴくりとも動かない姿が見えない。
太陽みたいな、思わず笑顔になってしまう優しい笑顔が見えない。

エースが、いない。

「………バカ」

お腹が減ったなら、家に来れば良かったのに。お店は閉まってたけど、リサだって寝てたけど、勿論アタシだって寝てたけど、でも。

『腹減った!』

いつもみたいに笑いながらそう言ってくれるなら、作ってあげるのに。リサみたいに最高に美味しいご飯なんて作れないけど、もしかしたら凄くマズくなるかもだけど、

「……来てよ、バカ」

エースなら「マズイ」って言いながら全部食べてくれたんじゃないかなぁ、って。美味いなんて言ってくれるとは思えないけど、素直に「マズイ」って言うだろうけど、でも、全部食べてくれるでしょ?

カランカランって音に慌てて店のドアを見ると、入って来たのは見た事が無いガラの悪そうな男の人達。サッチさんの方を振り向くと、明らかに「誰だコイツら」って顔をしてた。という事は、また海賊達がやって来たのか。白ひげ海賊団の人達とは違う、アタシがよく知ってる海賊だって一目で分かった。

「女を出せ」

一番前に立ってた偉そうな奴が一言そう言った。コイツが船長なんだろうなっていうのは分かったけど、女?

「何か用?」
「お前じゃない方の女だ」

リサの事?自然とシンとする店内で、厨房の方から足音が聞こえてくる。新しい料理を手にしたリサが来て、サッチさんとイゾウさんの前に置いて「お待たせしました」ってにっこり笑う。それから海賊達を振り返ってまた微笑む。

「私に何か?」
「俺の部下共が世話になったみてぇでな」
「部下? ――あぁ、」

一瞬考える仕草をしたリサが一つ頷いてもう一回微笑んだ。

「この間の海賊達ですか?」
「あぁ、世話になったようだな。俺が直々に――」
「何もしてませんよ?」
「とぼけても無駄だ! お前がやったと――」

遮るようにして小首を傾げながらやっぱり笑ってるリサに苛々したのか、大声を出す船長らしき男。やれやれって顔で誰かが立ち上がる音がしたけど、心配いらないのに。

「次は何飲みます?」

振り返って尋ねると、目を丸くするサッチさん達。「いや、後ろ……」って誰かが呟いた。

「あぁ、気にしなくて大丈夫ですよ。同じので良いですか?」
「ふざけるな!!」
「舐めやがって……ッ!」

ガラの悪い海賊達が武器を構えた途端、立ち上がる白ひげの皆。あぁ、優しい人達だなぁ、って思ったけど、大人しく座ってた方が良いと思うんだ。

「一つだけ良いですか?」

相変わらずのんびりした声でリサが船長らしき男に問いかける。

「ハッ、今更生命乞いか?」
「いえ。後ろの貴方達」

リサが船長らしき男の後ろでアタシに向けて銃を構える奴らに笑いかける。

「――誰に、銃を向けてるの?」

途端に泡を吹いて崩れ落ちる海賊達。驚く船長らしき男。サッチさん達も目を丸くしていた。

「私の可愛い可愛い娘に銃を向けるなんて、酷い人達」
「リサ、さすがに恥ずかしい」

こんな大勢の前で親バカ発言は控えて欲しい。アタシだって、もう十六なんだから。小さい頃は嬉しかったけど、最近はホントに恥ずかしい。いや、嬉しいんだけど。顔が熱い。

「本心なのに」
「それは分かってるけど。すっごく分かってるけど。でも恥ずかしい」
「じゃあ、これからは心の中で言うように気を付けるよ」
「是非そうして」

直るとは思えないけど。そんなやり取りをしてたら、とうとう船長らしき男(もう船長で良いや)がキレて武器を取り出した。

「ふざけやがって……! 死ねええぇぇぇっ!!」

今度は、サッチさん達も誰も動かなかった。心配する事なんて何もないって事が分かったから。

「死ねって言うのも止めてくれますか? 私のかわい――大切な娘が怯えたらどうしてくれるんです?」

………。うん、気付いてくれてありがとう。でも、恥ずかしさは変わらないから!むしろ増えたから!!サッチさん達が笑ってるから……!恥ずかし過ぎる!しゃがみ込んで両手に顔を埋めたら、上から聞こえる「ホラ」ってリサの声。

「泣いちゃった」

違うからっ!!リサの所為だから!!サッチさん達も笑わないでっ!!

「リサ、ちゃ、最高……ッ!!」

ヒーヒー笑いながらサッチさんが途切れ途切れに声を絞り出してる。イゾウさんは笑い転げてるし(こんなダイナミックに笑うのね、この人)、他の人達もテーブルをバンバン叩いたり「リサちゃんに乾杯!!」なんてジョッキをぶつけ合ってる。もう嫌!!恥ずかしすぎて泣きたい!!

「乾杯するなら、ERRORの可愛さにお願いしますね」

船長の剣を避けながら振り向いてニッコリ笑うリサ。直後に響く「リサちゃんとERRORちゃんの可愛さに乾杯!!」なんて悪ノリしてる皆の笑い声とジョッキのぶつかり合う音。

「――っ、バカアアァァッッ!!」

耐え切れずに私が叫ぶのと、リサに蹴り飛ばされた船長が店の外の木に激突したのは同時だった。