耳を疑った。え、何だって?
「は……?」
目の前では相変わらず太陽みたいな笑みを浮かべている男。そういえば、この人の名前知らないや。
「それって、海賊になれって事? えーと……」
「お、悪ィ! 俺はエースだ! 以後よろしく」
立ち上がり綺麗に頭を下げるエース。この人、本当に海賊?
「ERRORです、よろしく……じゃなくて!」
思わず同じように挨拶を返してハッとする。エースは相変わらず笑っていた。見てるだけで楽しくなれそうな、そんな笑みだと思った。
「ア、アタシに海賊なんて無理だよ! 殺しも略奪も出来ないもん!」
そう叫べば、エースは目を丸くしてから声を上げて笑い出した。向かいに座ってるリーゼントのおじさんも笑ってる。真ん中の……うーん、あれは……なんだろう、この人はパイナップルとかバナナが好きなのかな?このおじさんだけは呆れたような顔をしてるだけ。目が細くて、鳥みたいで……眠いのかな?
「海賊は自由なんだぜ、殺す必要も奪う必要も無ぇって!」
「だ、だって……海賊ってそういうものでしょ?」
少なくとも、私が今まで見てきた海賊はそうだった。そう言い返せばリーゼントのおじさんはまた声を上げて笑う。この人の笑い方も見てて気持ちが良い。
「他の海賊は知らねぇが、俺らはそんな事しねぇよ。そりゃ、向かってきたら容赦なく叩き潰すし、戦利品は頂くけどな。俺らの方から襲い掛かったりはしねぇ」
「そう、なの?」
「おう! だから、お前も来いよ!」
そういうモンなの?けど、私の答えは決まってる。
「私、行かないよ」
「どうして?」
「私はここでリサとお店をやってるんだもん。リサを置いて行く事なんて出来ないし、したくない」
「リサも戦えんのか?」
「当然でしょ」
「マジか! そりゃ良い! 二人とも来いよ!」
「だから、私らはここで店をやってて……」
「ERRORー、上がったよー」
奥から聞こえるリサの声。返事をして料理を取りに行くと、リサは楽しそうにクスクス笑っていた。
「楽しそうね」
「何、他人事みたいに言ってんのさ。リサだって誘われてるんだよ?」
「あら、あの子が誘いたいのはERRORでしょう?」
「そんな言い方……ッ」
しないで欲しい。変に意識したらどうしてくれるんだ。軽く頭を振って料理をエースの元に運んでいく。リサのクスクス笑う声が後ろから聞こえた気がした。
「なぁ、一緒に来いって」
「だから、行かないってば」
「何でだ?」
「お店があるの」
「閉めれば良いだろ」
「ダーメ。この店はリサの店なんだから。リサがお店をやりたいって言ったから、私はそれを手伝うの。これからは私がリサのやりたい事を叶えるって決めたんだから!」
あからさまに不満そうな顔をするエース。けど、リサが作った料理を口に運んだ途端に幸せそうな顔をする。作ってるリサからすれば嬉しすぎる反応だなぁ。私だって、嬉しい。リサが作ったものを美味しいって食べてくれる人がいるのは凄く嬉しい。
「じゃあ、俺らの船でコックやってくれよ! 俺、リサの飯もっと食いてぇし!」
「思い付きで言うなっての!」
リーゼントのおじさんがエースの頭を小突いた。
「ったく……悪いな、ERRORちゃん」
「いえ……でも、仲良いんですね」
「お? あぁ、そりゃな。俺らは家族だから」
「家族? 海賊なのに?」
「そ。俺らは船長をオヤジって呼んで、オヤジは俺らを息子って言ってくれるんだ」
誇らしげに教えてくれるリーゼントのおじさんを見てると、本当に大切に思ってるんだな、って事がよく分かる。
「お父さん、かぁ……」
「ERRORちゃん達、親は?」
そう尋ねられて笑いがこみ上げた。リーゼントのおじさんは全く気付いてないみたいだ。
「お母さんがいるよ」
「へぇ? それなのに姉妹で店をやってんの?」
「まだ分からない?」
「何が?」
首を傾げるリーゼントのおじさんとエース。パイナップルのおじさんは分からないけど、私をじっと見てるから多分分かってないんだと思う。
「リサが私のお母さんだよ」
一拍置いて、エースとリーゼントのおじさんの叫び声。パイナップルのおじさんは声は上げなかったものの、細い目を見開いていた。リサが私のお母さんだと聞くと、みーんな同じ反応。
「マ、マジで……!?」
「マジで」
「リサがERRORの母ちゃんなのか!?」
「似てるでしょ?」
「似てるけど……、てっきり姉ちゃんかと……」
「皆そうやって勘違いするから、名前で呼ぶようになったの。小さい頃はママって呼んでたんだよ」
「ちょ……待った! ERRORちゃんが十六で……? リサちゃん、何歳!?」
リーゼントのおじさんが叫んだのと、パイナップルのおじさんがリーゼントのおじさんのリーゼントを掴んだのは同時だった。
「俺の魂イイィィィィッッ!!」
あーあ、リーゼントがぐちゃってなってる。可哀想に。このパイナップルのおじさん、顔は怖いのに優しいんだ。海賊にも色んな人がいるんだ、なんて考えていると、後ろからクスクス笑う声が聞こえた。
「あ、リサ」
「はい、これでラストよ」
エースの前にお皿を置いて、ポケットからハンカチを取り出すリサ。何だろうと眺めていると、リサはまるで小さい子にそうするみたいにエースの汚れた顔をハンカチで拭いてあげていた。驚いてるのか、目を見開いたまま固まるエース。リーゼントのおじさんもパイナップルのおじさんもポカンとリサを見ていた。
「はい、綺麗になった」
「ど、うも……?」
「いっぱい作っちゃったけど、食べ切れる?」
「おう! すっげぇ美味い!」
あぁ、また。エースの笑みは見てるこっちが温かくなる。リサも優しく笑い返して「無理はしないでね」とだけ言ってパイナップルのおじさんを振り返った。
「ありがとうございます」
「あ?」
「気を遣ってくれたみたいだから」
「別にそんなんじゃねえよい」
そっぽを向くパイナップルのおじさん。けど、気付いちゃった。耳、ちょっと赤くなってる、よね?隣のリーゼントのおじさんも気付いたのか、ニヤリと嫌な笑いを浮かべていた。それはパイナップルのおじさんに気付かれてリーゼント折り曲げられていたけど。
「歳を言っても信じてもらえないから……姉妹に見てくれる時はそれに合わせちゃうんです。自分でも童顔だなって思うから嫌なんですけどね」
苦笑するリサの顔には皺が無い。同じくらいのお姉さんが近所に住んでるけど、二人が並んでも同い年には見えない。お姉さんからしたらリサは羨ましいを通り越して恨めしいらしいけど、アタシとしてはママが若いのは嬉しい限りだ。身内の贔屓目を抜かしても美人だし。私もあんな風になりたいと思うけど、性格からして無理かもしれない。大人しいのは性に合わないからどうしようも無いんだけど。
「この店は夜もやってんのかい?」
突然のパイナップルのおじさんの質問に首を傾げていると、リサが頷いた。
「はい、夜は昼間より料理のメニューが少ないんですけどね。お酒を飲みに来る人ばかりだから」
「酒は大量に残ってるかい?」
「大量……かどうかは分かりませんが、今朝補充したばかりだからそれなりには……」
「どうして?」
思わず口を挟むと、パイナップルのおじさんはお金の束を取り出して私に渡した。
「わっ、な、何!?」
「夜、この店を貸し切りに出来るかい?」
「出来る、けど……おじさん達だけで貸し切るの?」
「船に沢山残ってるからなぁ。多分大勢来ると思うぜ」
リーゼント――もう崩れてるけど――のおじさんが笑って教えてくれた。エースは夜もこの料理が食べれるって喜んでる。そこまで喜ばれると嬉しいを通り越して呆れてくる。こいつは食い意地しかないのか?
「大歓迎です! じゃあ、おじさん達の飲食代はこれで支払わせてもらいますね。で、残りは夜の分の前払いって事で」
「いや、そりゃあ貸切料のつもりで渡したんだが……」
「え!? ダメダメ! こんなもらえないって! 貸切料はきっちり十万ベリー! 残りは今と夜の飲食代!」
きっぱり言い切ると、苦笑するリーゼントのおじさんとパイナップルのおじさん――この人、笑うんだ――の後ろでリサが頷いていた。うん、これどう見たって百万ベリーくらいあるもん。もらえない!
「じゃあ、お店は閉じておかなきゃね」
リサが『closed』の看板をドアに掛けに行く。丁度エースも食べ終わって、立ち上がってオレンジ色のテンガロンハットを被った。どうでも良いけど、上半身裸で恥ずかしくないのかな?パイナップルのおじさんもシャツのボタン全開だし。リーゼントのおじさんに至ってはコックの格好だもん。この人料理人なのかな?
「では、夜お待ちしてますね」
「あぁ、よろしく頼むよい」
「よろしくな!」
「ご馳走様でした!」
「ありがとうございました!」
店を出て行く三人を見届けると、リサが楽しそうに笑った。
「面白い人達だね」
「ていうか、変な人達! 他にどんな人達が来るんだろ、楽しみ!」
「そうだね」
ふふ、と笑うリサは私が見た事が無いような笑みを浮かべていた。