これは何の苦行か。顔に笑みを貼り付けながらマルコは思った。
十月五日――マルコの誕生日。基本的に一、二週間ごとに一纏めにして行われる誕生日会だが、船長である白ひげと各隊長たちの誕生日だけは例外扱いされる。
頭の弱い自分たちのような荒くれ共を百人も抱えているのだ、その苦労は計り知れない。きっと自分たちの知らない所で物凄く頑張っているのだろう――というのが、考えるよりも動く方が好きだというクルーたちの見解である。隊によってはその感謝を表に出せずに隊長弄りに精を出す隊もあるが、だからと言って日頃の感謝を忘れたわけでもない。
年に一度――せめて隊長が生まれた日くらいは、その人にとって最高の思い出になるようにしてやろうじゃないか!
そんな彼らの健気な想いは大抵の隊長たちに「頼むから何もしないでいつも通りでいてくれ」と逆に懇願される程にはありがた迷惑なものなのだけれど。
それでも隊長たちは、もう何年も繰り返しているというのに前もって彼らを止めることはしない。ありがた迷惑なことになることは分かりきっているのだが、やはり自分の為に家族が頑張ってくれるのは嬉しくて仕方がないのだ。
後から後悔することになるのは必至だが、その後悔の波を乗り越えてしまえば優しい想い出へと変わる。
隊長としてクルーたちを纏める立場にある彼らとて、やはり考えるよりも動く方が好きな残念な海賊たちなのだ。
そして今日この日、誕生日を迎えたマルコはクルーたちから祝いの言葉と贈り物を受け取りながら笑っていた。
隊長! おめでとう!
ありがとうよい
そんなやり取りを何百回繰り返した頃だろうか。徐々に増えていく贈り物の酒、酒、酒、紙袋に包まれた冊子、酒、酒、酒。マルコの周囲が上等な酒たちで溢れ返った頃合だった。
”隊長!! これ、俺らからの誕生日プレゼントっす!!!”
簀巻きにされた状態のリサがマルコの前に置かれたのは。
「殺す殺す殺すあいつら絶対ェ殺す」
「黙ってろい、酒が不味くなる」
「ハッ、私はもう十分不味くなってんだ。テメェもなりやがれ」
ガキか。溜息を零して手の内の酒瓶を足元に置いたマルコは、左隣に座るリサへちらりと視線を送った。
いつもは上で纏められてる髪も、化粧っ気のない顔も、動きやすさを重視する服装も遥か彼方。レイアたちやナースにでも遊ばれたのだろう、女らしさを前面に押し出したその格好にマルコは堪え切れず溜息を漏らした。
「悪かったな」
不貞腐れたような顔でつんとそっぽを向くリサの髪にすっと指を通せば、びくりと身体を揺らしたリサが驚愕と恐怖の入り交じった顔でマルコを振り返る。
「何て顔してやがる」
「と、」
「と?」
「鳥肌、たった……っ!」
蹴り飛ばしてやろうか。こめかみをぴくぴく痙攣させながらそんなことを考えたマルコは、不意に後ろから引っ張られて後ろへと身体を傾げた。
「…………」
「…………」
無言のままシャツの裾を掴んでこちらを睨み付けてくるライア。自分を褒めろということだろうか。確かに綺麗に着飾ってはいるが、何もそんな姿を見るのは初めてではない。化粧なんていつだってしてるし、上陸した時には散々買い物に付き合わされてドレスに身を包んだ姿だって見ているのだ。正直、今更感が否めない。
そもそも、マルコとライアは既に別れている。喧嘩別れだったのは認めるし、おそらくライアが認めていないことだって分かっていた。けれど、既にマルコの中では終わっている。
”隊長、誕生日おめでとうございます!”
ライアの取り巻きたちの間から颯爽と出てきた彼女を見た瞬間に溜息を零さなかった自分を褒めて欲しい。私たちからの誕生日プレゼントですよ、なんてどんな冗談だ。何故別れた女が着飾った状態で贈られてくるのか。おかしい。ありえない。
誕生日おめでとう、と酌をしてくれるライアにぎこちない笑みを浮かべて接していた所に、何故か贈られてきたのはこれまた着飾ったリサだ。一体何がしたいのか。誕生日のはずなのにちっとも祝われてる感がない。
あいつら全員、俺らで遊んでるだけじゃねぇか。もしかして俺、信頼されてないのか……?そんなことまで考えてしまうくらいには、マルコは戸惑っていた。
そのままそこにいろ、という船長命令のおかげで動くことも服を脱ぐことも許されずにリサはマルコの隣でさも嫌そうに酒を煽っている。見てくれが変わったからといって飲み方が変わるわけではない。自棄酒だと樽のまま飲もうとするのを慌てて止めたのは間違いではなかったはずだ。
不機嫌なリサに当てられて、反対側からはライアの不満気な視線とオーラに当てられて。死にそうだ。一つ年を取ったマルコはそんなことを考えながら溜息を殺す為に一気に酒を煽るのだった。