02


赦さない。

「すこーしばかり、冗談が過ぎるんじゃない?」

ライアの上に座り、デッキブラシの柄の先端を腹に押し当てたテレサが嗤う。



赦さない。

「冗談? そんな言葉で済ませてあげるなんてテレサは優しいのね」

ライアのこめかみに銃を押し当てたサティが嗤う。



赦さない。

「冗談にしては笑えないねー」

ライアの口に銃の先端を捻じ込ませたナンシーが嗤う。



赦さない。

「何だっていいさ、答えは一つだ」

ライアの目に切っ先を突きつけたジーンが吐き捨てる。



赦さない。



「「「「死ねよ、クソ女」」」」



引き金へとかける指先に。
剣を握る手に。
デッキブラシの柄を握る手に。


力を、篭めた。







「止めろ」







その瞬間、四人の動きがぴたりと止まる。


「家族殺しはご法度だ」


静かな声に視線を向ければ、相変わらず甲板の掃除をしているリサの姿。
眉間に皺を寄せてしつこい汚れと戦うリサは、一度もこちらを見ようとはしない。

「おい、とっとと終わらせちまえよ」

息を呑んで成り行きを見守っていたクルーたちを促し、リサは顔を上げぬままレイアの名を呼んだ。

「……何?」
「あいつら、牢に入れとけ」

親指をクイと上げて指したのは、たった今ライアを殺そうとしたテレサたちだ。
甲板がざわめく。どうして。何で。アイツらはお前の為に。あちこちから上がる声が聞こえているのかいないのか、漸く顔を上げたリサは無言のまま視線を寄越すレイアを振り返る。
無言のまま視線を交わすと、やがてレイアは静かに目を伏せた。

「………了解」

近くにいたクルーにデッキブラシを押し付けてテレサたちの元へ向かえば、彼女たちは反論することなく素直に武器を収めてレイアに従った。

「っ、何、なのよ……!」

牢へ向かう五人を見送ることなく掃除を再開したリサは、ライアの苛立った声に振り返る。

「アンタも……っ、アイツらも……っ!!」

拳を握りしめて叫ぶライアの顔色は悪い。
当然だ、つい今しがた殺されかけたのだから。
左の瞼には微かに血が滲んでいるし、銃口を押し付けられたこめかみにはくっきりと跡が残っている。
おそらく腹にも小さな円形の跡が出来ているのだろう。口の中が渇いているのか、しきりに咽るライアにリサは何も言わない。
それがまた、ライアを酷く苛立たせるとも知らないで。

「何とか言いなさいよ!!!」

シンと静まり返った甲板にライアのヒステリックな叫びが響く。
はぁ、はぁ、と肩で息をするライアを胡乱気に見たリサは、溜息を一つ零して口を開いた。

「掃除」
「、え?」
「さっさと始めろよ」

漸く。
漸く、何か言ったかと思えば。

ギリリ、と歯を食いしばったライアがリサへ向かって地を蹴る。
誰かが息を呑んだ音が聞こえて、そして――。


「掃除、しろっつってんだろ」


気が付けば、ライアの目には再び空が映っていた。
顔のすぐ横には誰かの足があって、反対側には長い木の棒が見える。
覗き込んだ顔が誰のものなのか気付いて反射的に顔を険しくさせたライアだったが、何故かぴくりとも身体を動かせない。

どうして。
どうして。
こんな奴に。

「何度も言わせんじゃねぇよ。五人も減ったんだ、きりきり働け」

それだけ言って立ち上がったリサが離れていく。
遠ざかる足音と、聞こえ始めたデッキブラシの音に拳を握りしめようとして――そこで初めて、ライアは自分がデッキブラシを握らされていることに気が付いた。

身体を起こせば、チラチラとリサを気にしながらも掃除を再開するクルーたちの姿。
その中でしつこい汚れとの戦いを再開させたリサは、ライアのことなんて気にも留めちゃいない。

それがまた腹立たしくて。
けれど、もう何かを言える状態ではなくて。

「――っ、」

悔しさに唇を噛み締めながら、ライアはただ掃除を始めることしか出来なかった。