「よーう、リサ! お前実は両刀だったんだって?」
ドガンと大きな音が食堂に響き渡る。壁に叩き付けられたサッチのリーゼントは、無残にも原型を留めてはいない。床に崩れ落ちたサッチを冷めた目で見下ろして鼻を鳴らしたリサは、声を上げて笑う兄弟達を睨み付けてから妹達と共にテーブルに着いた。一番楽しそうに声を上げて笑っているのはテレサで、薄っすらと涙を浮かべている。そんなテレサを睨み付けたリサは、その隣で必死に笑いを堪えようとしているがどう見ても肩が震えているサティを見てとうとう怒りを爆発させた。
「サティ!! 元はと言えばテメェが……!!!」
「やだなぁ、リサったら……っくく、私は別に……っ、何も、して……っ、」
「笑うか喋るかどっちかにしろ!!」
「「「アハハハハッ!!!」」」
サティ、ナンシー、テレサが同時に笑い声を上げる。バンバンとテーブルを叩くテレサの頭に拳骨をお見舞いしたリサはレイアの隣に腰を下ろした。怒りを露わにした粗野な振る舞いにレイアは苦笑するのみで、宥めるようにリサの前にコーヒーの注がれたカップを置いた。
「ったく……あのクソパインめ……」
ブツブツとこんな状況を作り上げたマルコに恨みを零しながらコーヒーを啜るリサに、レイアは身を乗り出してテーブルの上で頬杖をついた。
「まぁ、仕方ないんじゃない? リサの部屋から出て来たのをライアの取り巻きに目撃されて、とっとと追い払う為に言っちゃったんだもの。マルコを責めても仕方ないわよ」
「そうそう。そりゃ、しつこく責められるマルコからしたら『アイツは女が好きだから間違いなんて怒らない』って言いたくもなるよねぇ」
「あー、笑いすぎた」と涙を拭きながらリサの肩に手を置いたテレサに、リサは鼻を鳴らした。
「けど、私がレオンを好きだったって事が知られてんだから、結局何も変わってねェじゃんよ」
「そこだよね」
ジーンとサティの間に割り込んでリサの向かいに座ったナンシーが人差し指を立てた。
「どう考えてもさ、レオンとマルコって共通点無いじゃん?」
「レオンの方が百倍イイ奴だ」
即座に答えるリサにレイアが小さく噴き出した。
「なのにさ、どこをどうしたらマルコとリサの仲を疑えんのかね?」
「恋は盲目ってヤツだろ」
一人先に食事を終えたジーンがコーヒーを啜りながら言った。カップをテーブルに置き、レイアと同じように頬杖をついてリサを見てニヤリと口端を上げる。
「それとも、お前マルコに惚れてたのか?」
「まさか。怖ェ事言うなよ」
肩を竦めたリサ喉を鳴らして立ち上がったジーンは「そんな噂もすぐに消えるさ」とリサの頭を軽く叩く食器を持ち厨房へと消えていった。その背中をぼんやりと眺めていたリサは、噂を聞き付けてひやかしにやって来たクルー達を、鋭い睨みと暴力でもって押さえ付けて食事を始めたのだった。
「ナンシー」
食事を終えて甲板にやって来たリサは、船縁に立ち手すりに頬杖をついてぼんやりと海を眺めているナンシーを見付けて声をかけた。食堂では馬鹿笑いしていたというのに、今は何処かぼんやりとしている。顔だけで振り返ったナンシーの隣へ移動し、同じように手すりに頬杖をついて海を眺めながら口を開いた。
「サティから聞いた」
「そっか」
僅かに口端を上げて口元だけ笑みを作ったナンシーを見ないまま、乱雑な手つきで頭を撫でてやると、ブルブルと頭を振ったナンシーがいつもと変わらない笑みに変えてリサの肩に頭を預けた。
「大丈夫だろ?」
「うん……もう昔の話だし、リサ達だって前に進んだんだもん。私も頑張らなきゃ」
肩に擦りつけられたナンシーの頭を優しく叩いてやると、ナンシーは深呼吸を一つしてリサから離れると満面に笑みを浮かべて笑った。
「昔の夢見たくらいで一々落ち込んでらんないもんね!」
「たりめェだ。もうすぐ訓練の時間だから気ィ抜くんじゃねぇぞ」
「はいはーい! 頑張りますよー、隊長様の為に」
「だーから、いつだって代わってやるっつーの」
「やっだよーっだ! そんな面倒な仕事リサがやってれば良いんだもん」
ひひ、と笑うナンシーを眉を顰めて睨むと、ナンシーはより一層楽しげに笑い去って行った。
「ったく……」
ガシガシと頭を掻くと頭の上の方で結っていた髪が崩れてしまい、リサは舌打ちを一つ零して髪を解いた。ブルブルと頭を振ると髪がバサバサと風を起こす。適当に手櫛で整えて再び結わうと雲一つ無い空を仰いだ。そっと目を閉じると浮かんでくる心優しい男に口元を緩めた。
「負けてらんねェな」
生きなければならない。自分達を送り出した事を彼が後悔しないように。弱音など吐いていられない。自分達が笑って過ごす事を彼も望んでいるはずだ。両頬をパシパシと叩いて気合を入れたリサは、遠い空を見つめてニヤリと笑った。
隊での訓練を終え、その後のジーンやテレサと手合わせも終えたリサは汗を流そうと風呂へ向かっていた。いつもならもっと遅い時間に入るのだが、汗を沢山掻いた上にこの後の予定が何も無いという事でこの日ばかりはいつもより早く入ろうとしていた。どうして早く入ろうと思ってしまったのか。汗なんて我慢すれば良かった。数分後にリサはそう後悔する事になる。
風呂場へと続く最後の曲がり角を曲がったリサは、風呂場の前に立つ二人を見てピタリと足を止めた。二組の目がこちらを睨むように見つめてくる。何故もっと早く気配に気付かなかったのだ、と自らを責めるが後の祭りだ。
「………どういう事よ」
その場に立ち尽くし動く事も出来ないリサを鋭く睨んだライアがキッとマルコを睨み付ける。
「何でこの人がここに来るのよ!」
「そんなの俺が知る訳ねェだろうよい!」
「嘘! 一緒に入るつもりだったんでしょう!?」
「はァ?」
思わず声を上げたリサはマルコとライアの二人から睨まれて思わず口を押さえた。再び始まる口論を呆然と眺めながら、リサはただただその場に立ち尽くしている事しか出来なかった。
「私と一緒に入らないって言ったくせに……! 何が『疲れてるから一人で入りたい』よ! その人と一緒に入るつもりだったんでしょう!?」
「だから知らねェっつってんだろうが!! 何で俺がこんなのと一緒に入んなきゃなんねェんだよい!!」
「『こんなの』って何だよ!!」と怒鳴りつけたい衝動に駆られながらも、リサは必死に口を押さえたまま堪え続けた。どうやら、自分がこの場に来てしまった所為で二人の口論は変な方向に進んでしまったらしい。目の前で繰り広げられるそれに口を挟む事すら出来ず、リサはただただそこに立ち尽くしながら早く終わるのを願うしかなかった。
「いいわよ!! そんなにその人と入りたいって言うんならそうすれば良いじゃない!! マルコの馬鹿!!」
「絶対赦さないから!!!」と言い残し、足取り荒く去って行くライアの背中を呆然と見送る。苛々したような舌打ちにマルコを見上げれば、マルコは不機嫌さを隠しもせずにリサを睨み付けた。
「………入んねェぞ、言っとくけど」
「たりめェだ!! 何でテメェなんかと入んなきゃなんねェんだよい!!」
「お前ら喧嘩ばっかだな、マジで。見てて疲れる」
この数分間で肩が凝ったと首を傾けてコキコキ鳴らせば、マルコが再び舌打ちを零した。
「元はと言えばテメェがこんな時にこんな所に来るからだろうが!!」
「はァ!? 風呂入ろうとして何が悪ィんだよ!! こんなトコで痴話喧嘩してんじゃねェよ! やるなら部屋でやれ部屋で!!」
「俺だって風呂入ろうとしてたんだよい! なのに一緒に入るだの何だのと言いやがるから……っ、」
「風呂くらい一緒に入ってやりゃ良いだろ! 面倒臭ェ奴らだな! そんなに一緒にいんのが嫌だってンならとっとと別れちまえ!!」
鼻を鳴らし、リサは女風呂へと続く扉へと消えていった。その背中を苦々しく睨んでいたマルコは、扉が閉まるともう一度舌打ちをして頭を掻き毟った。
そんなに簡単に別れられるのなら苦労はしていない。それとなく態度で表してみてもライアは絶対に別れないという意思表示をしてくるのだから、言いたくても言い出せないでいるのだから。
「ったく……何でこんな事になっちまったんだか」
元はと言えば、色目を使われてあっさりと落とされ我を見失っていた自分が悪いのだが、こうしてすっかり目を覚ましてしまえばもうライアの悪いところしか見えてこない。昔は可愛いと思っていた所まで悪いところに見えてしまうのだから、きっともう自分の気持ちは彼女には無いのだろう。けれど、だからと言ってそんな簡単に終わりに出来るはずもない。家族である以上、嫌でも毎日のように顔を合わせることになるのだから。少しでも穏便に終わらせたいと思ってしまうのは仕方のない事である。
溜息を一つ零したマルコは肩を落とし、疲れ切った顔で風呂場へと向かうのだった。