「それで、わざわざ手伝ってるって訳? 苦手な書類作業を?」
リサのベッドにうつ伏せに寝転がりながらサティが呆れたように笑う。「うっせェよ」と唇を尖らせるリサは、ガシガシと頭を掻きながらもう片方の手に持った羽ペンを走らせていた。
「書類作業って肩凝るんだよなァ……私は動いてる方が好きだ」
「戦闘狂よね、リサって」
「お前らにだけは言われたくねぇよ」
喉を鳴らし、新たな書類を手にして睨むように眺めるリサを微笑ましく眺めたサティは、ごろんと仰向けに寝転がり両手を上に伸ばした。
「うーん、自由って退屈よね」
「縛られてるよりマシだって言ってたのは何処の誰だっけ?」
「それはそうなんだけど……何年経っても慣れないものよね」
呟いてサティはそっと目を閉じた。浮かび上がる光景は地獄のような光景で、それでも徐々にその光景が薄れつつある事に気付いていた。
「単純って事なのかしらね」
「あ?」
「信じられる? 死んだ方がマシだって毎日思ってたのに、今では殆ど思い出さなくなったわ」
「今が幸せだって事じゃねぇの」
「どうかしらね」
クスクス笑って起き上がると、サティはベッドを降りてリサに歩み寄った。
「捗ってる?」
「んー、あとちょっと」
「良かったじゃない、嫌いな書類作業を克服できるわ」
「克服ねぇ……」
薄い笑みを浮かべ、最後の一文を書き終えたリサは羽ペンをインク壺に戻してグッと伸びをした。後ろからサティがリサの首に手を回して絡み付くが、リサは気にせず左右に首を傾けてコキコキと骨を鳴らした。
「あー……疲れた」
「大変ね、隊長さんは」
「いつでも代わってやるよ」
鼻を鳴らして言えば、サティはリサの肩に顔を埋めたまま小さく微笑んだ。
「いやよ、そんな面倒な事したくないわ」
「私だってしたくないっつーの」
「オヤジが選んだんだもの、リサがやるべきよ」
「ったくよォ……オヤジも何で私を選ぶんだか……」
ブツブツと文句を零しながら書類を纏め、出来上がったものを一番上に乗せたリサは未だに肩に顔を埋めたままのサティの方へ頭を傾けた。
「退いてくれねェと持ってけないんだけど?」
「んー、もうちょっと」
「髪が擽ってェよ」
「うりゃー」
グリグリと額を押し付けるサティにリサは声を上げて笑い出した。
「止ーめろって! 擽ったいっつてんだろ!」
それでも止めないサティの頭を軽く叩くと、サティは漸くピタリと止めて顔を上げた。今度は顎をリサの肩に乗せて間延びした声をだしている。
「お前なァ……どうしたんだよ、何かあったのか?」
「べーつにィ」
「キャラ変わってんぞ」
「ただー、リサがー、マルコと仲良くなっちゃってさー」
「あン?」
「つまーんなーい」
「はァ?」
片眉を上げて聞き返すリサの頭に自らの頭をコツンコツンと何度もぶつけながら、サティは唇を尖らせた。
「マルコとの一触即発のあの空気が結構好きだったのに」
「あのなァ……」
「つまんなーいの! もう一回仲悪くなっちゃえ!」
「何言ってんだか。別に言うほど良くなってねェだろうが」
「なったわよ。私がつまんないって思うくらいにはなってる。その仕事だってマルコの手伝いでしょ? そんな事するなんて申し出る事なんて無かったじゃない。マルコだってリサに仕事を任せるなんて……」
むぅ、と眉を寄せながら唸るサティに苦笑を零し、その頭を軽く叩いてやってからリサは書類を手にして立ち上がった。尚もしがみ付いてくるサティに構わず扉に向かおうとすると、突然サティがリサの足を払ってベッドへと押し倒した。
「痛ッ! ったく……お前なァ、」
「最近ね、ナンシーが夜泣いてるの」
「ナンシーが?」
仰向けに寝転がるリサの上にのしかかりにしがみ付くサティの言葉にリサは顔を顰めた。それから、どうしてこうも絡んできていたのか漸く理解して舌打ちを一つ零す。サティの頭を撫でてやると、サティは益々強くリサにしがみ付いた。
「理由は聞いたか?」
「…………」
「サティ、教えてくれよ」
優しい声で頼むと、サティがゆっくりと息を吐いた。今にも泣きそうだったその様子に眉を寄せたリサは、聞き取れるか取れないかくらいの小さな声が耳に届くとそっと目を閉じた。
「そっか……ありがとな」
「…………」
「テレサとジーンは?」
「大丈夫……あの二人は強いから」
「お前らも十分強ェよ」
僅かに震えるサティの身体をそっと抱きしめ、あやすように背中を撫でてやると小さく鼻を啜る音が耳に届いた。
「大丈夫だって。お前らの事は私が護るさ」
「………うん」
ゆっくりと起き上がったサティの鼻は赤く、瞬きをした拍子に頬を伝った涙を手を伸ばして拭ってやると、漸く少しだけ微笑んだ。
ノックの音が部屋に響く。リサとサティが扉を見ると、扉の向こうから不機嫌そうなマルコの声が聞こえてきた。
「終わったかよい」
「あーあ、怒られちゃうかもね」
悪戯っぽく笑うサティにリサが口元を引き攣らせる。
「お前……ホントいい性格してやがるぜ」
「楽しみは多い方が良いでしょ?」
「そうかよ」
舌打ちを一つして起き上がろうとするが、サティがそれを押し止めた。声を上げようとしたリサの顔に枕を押し付けると、扉に向かって「開いてるわよ」と呼び掛ける。ややあって扉が開き、マルコが入って来た。
「んぐぐ……!」
「悪いわね、取り込み中なの。勝手に持って行ってちょうだい」
「………そいつァ、悪かったな」
ベッドに寝転ぶリサに跨るサティがリサの顔に枕を押し付けている。その上、サティの顔には明らかに泣いた跡が残っているのだから、マルコの言葉の歯切れが悪くなってしまうのも仕方の無いことだ。
「んむ……っ、」
「わっ、とと」
力で枕を押し退けたリサは勢いよく酸素を取り込んで盛大に咽せると、サティを睨み付けた。
「殺す気か!」
「まさか。たまにはいつもと違う楽しみかたをしようと思っただけよ」
「怖ェよ! フツーに楽しめよフツーに!! つーか私で遊ぶな!」
ブルブルと首を振ったリサが上半身を起こすが、膝の上にサティが跨っているから立ち上がる事も出来ない。
「……おい」
「あら、なぁに?」
「いい加減にしねェと頭突きすんぞ」
「泣くわよ」
さらりと言ってのけたサティにリサがグッと言葉を詰める。それから盛大に溜息を吐き出して「それは反則だ」と呟いてサティを抱きしめると、何とも形容しがたい表情でこちらを見ているマルコを見た。
「あー、悪ィな持って行けなくて」
「……いや、助かったよい」
ぎこちない動きで書類を手にし、そそくさと出て行ってしまったマルコにリサが首を傾げる。クスクス笑っているサティに「アイツどうしたんだ?」と尋ねれば、サティはリサが一瞬で真っ青になる言葉を口にした。
「そっちの趣味だと勘違いされたんでしょ」
「そっち? ――って、ちょっと待ったああぁぁぁぁ!!!」
一瞬で意味を理解したリサが叫ぶが、呼び止めたい相手は既に部屋にはいない。とうとう声を上げて笑い出すサティを睨み付け、リサはぐしゃぐしゃと頭を掻き毟るのだった。