02


一夜明けて、リサ達は変わらず街の中を歩いていた。特に買うものも無く、かと言って早い時間から酒場に行こうとも思えずに六人は街の中をただ歩いていた。

「あ、あの店見たい」

可愛らしい雑貨屋を目に止めたナンシーが歩を止めると、皆も同意して店の中へと入って行く。特別興味を持たなかったリサだけは店の外で待っていると告げて店の前でぼんやりと立っていた。時折見かける船員達と挨拶程度の話をして街を眺める。

「そういや、こんな風に見るのも初めてか」

通りを行き交う人々。賑わう店。門の向こう側に見える建物はどれも新築同然に綺麗で、リサ達がいる街の南側と比べたらその差は歴然だった。目に見える格差を、この街の人々はどんな気持ちで受け入れているのだろうか。そんな事を考えてリサは自嘲にも似た笑みを浮かべた。

突然、ピリピリとした視線を感じてリサは眉を顰めてそちらを見た。行き交う人々の更に向こう、建物と建物の間に立つ人物が誰なのかを視認した瞬間、リサは走り出していた。

「――レオン!」

遥か前を駆ける姿を必死に追いかけて辿り着いたのは、街外れにある小さな噴水とベンチしかない静かな広場だった。休憩するには持ってこいだが、この場所までわざわざ歩いて来なければならないという事で、広場に他の人の姿は無かった。
だからこそ、噴水の前で立ち止まった男がこの場所を選んだのだろう。

「久しぶりだな」

ゆっくりと振り返った姿にリサは僅かに眉を寄せた。記憶の中の姿より幾らか老け、声も低く落ち着いているように感じる。

「この島にいるってクザンから聞いたんだ。まさかと思ったが……どうして戻って来た?」

細くなる目にリサは拳をグッと握り締めて目の前の男を見据えた。

「前に、進みたい」
「それはアイツの意思か?」
「………私も、そう思う」
「そうか」

リサをジッと見据え、レオンは静かに目を伏せた。そして、次にゆっくりと目を開いた時、レオンはゆっくりと口を開いた。

「今すぐに、船に戻れ。島に降りてくるな」

紡がれた言葉は、リサとレイアの意思を省みないものだった。
反論しなければならないと分かっていながらも、リサはそれをする事が出来なかった。ゆっくりと背を向けると、震える足でその場を後にした。
背中に突き刺さる視線がどんなものなのか、痛いほどに分かっていたけれど、どうする事も出来なかった。

元いた場所に戻ると、レイア達は店の外にいた。ジーンがリサに気付いてレイアの肩を叩く。俯いていたレイアが勢い良く顔を上げ、その目がリサを捉える。

「リサ……!!」

震えるレイアの身体を抱きしめ、リサは「待たせてごめん」と呟く。レイアの髪からふわりと香る潮の香りがリサの心を宥めた。

「レオンに会ったんだ」
「!」

驚いた顔でレイアがリサを見つめる。見開かれた目が徐々に悲しげな色に染まっていった事にリサは気付いた。

「何か言われた?」
「………今すぐに船に戻って……島に降りるな、って」
「そう……」

レイアの肩に顔を埋め、リサは小さな声で謝罪の言葉を口にした。リサの服を握りしめるレイアの手が震えている事が、苦しくて堪らなかった。





船に戻ってから、リサは部屋に篭ってしまった。レイアはそんなリサに声をかける事すら出来ず、白ひげの部屋を訪れた。

「そうか、部屋に篭っちまったか」
「……だから、無理だって言ったじゃないですか」

視線を落として不貞腐れたような表情をするレイアに、白ひげは酒を呷ってから笑った。

「テレサ達はどうしてる?」
「街にいますよ。私とリサだけ戻って来たから」
「そうか」
「………きっと、部屋から出てきませんよ」
「それを連れ出すのがお前の役目だろうが」
「私なんか……優先されるのは私じゃないもの」
「アホンダラ。アイツは家族の頼みも聞けねぇような奴じゃねぇよ」

ハッと息を呑んで顔を上げたレイアを、白ひげは酒を置いて見据える。

「だから言っただろうが。お前がそういう風に扱ってんだ、って」
「………ごめんなさい」
「俺に謝っても仕方ねぇ。お前はお前のしたいようにすりゃあ良い」
「……私のしたいようにしたら……海軍が総攻撃仕掛けてきますよ」
「グラララ! 望む所だアホンダラ」

豪快に笑う白ひげにレイアは一瞬目を見開いてから、今にも泣きそうな顔で微笑んだ。

「ありがとう、オヤジさん」
「とっととあのバカを部屋から引きずり出して、ケリをつけて来やがれ」
「はい……!」

しっかりと頷き、レイアは白ひげの部屋を後にした。リサの部屋に向かっていると、廊下の向こうからマルコが歩いて来るのが見えた。

「オヤジは部屋かい?」
「えぇ、いつものようにお酒飲んでたわ」

頷いて答えるとマルコは僅かに顔を顰めた。

「ちったぁ止めろよい」
「聞くような人じゃないもの」
「それでも止めんだよい。まだまだ長生きしてもらわなきゃ困るだろい」
「そうね……是非とも長生きしてもらいたいわ」

穏やかな表情で微笑むレイアを見ていたマルコは、自身の首を擦りながら口を開いた。

「お前んトコの隊長だが、」
「リサがどうかした?」
「………いや、何でもねぇよい」
「?」

首を傾げるレイアにヒラヒラと手を振って白ひげの部屋へと向かうマルコ。その背中を眺めていたレイアは、思い立ったように声を上げた。

「マルコ!」
「んぁ?」

振り返ったマルコが訝しげにレイアを見遣る。

「リサの事、よろしくね」
「………何で俺に言うんだよい」
「多分、これからマルコに迷惑かけると思うから」

苦笑しながら言われた言葉にマルコはあからさまに顔を顰めてからレイアに背を向けた。

「家族が抱える厄介事を迷惑だなんて思わねぇよい」

遠ざかるマルコの背中を見つめるレイアは、今までにないくらい驚いた顔をしていた。姿が見えなくなると徐々に口端を上げ、とうとう堪えきれずに笑い出す。

「素直じゃない人が沢山いるのね、この船は」

この事をサッチに教えたら、きっとサッチも腹を抱えて爆笑するのだろう。レイアは未だ治まらない笑いにお腹を押さえ、リサの部屋へと向かうのだった。