「おい、リサー。起きろー」
「んー……」
誰かに頬をツンツンと突かれ、顔を顰めながら目を開けると未だオールバックのままのサッチの顔がそこにあった。
「サッチ、……まだいたのか?」
「おいおい、酷ェ台詞吐いてんじゃねぇよ。お前が俺の手掴んで寝ちまったんだろ」
「う……?」
寝起きの所為か緩慢な動作でサッチの指す部分を見てみると、確かにリサの手がサッチの手をしっかりと掴んでいる。
「あー……寝てた、レイアは?」
「オヤジのトコ」
寝惚け眼を擦りながら尋ねたリサは、返ってきたサッチの言葉にあからさまに顔を顰めた。
「んな顔してんじゃねぇよ。別にお前らの事を言いに行った訳じゃねぇからよ」
「じゃあ何しに行ったんだ?」
「ちょっと前にサティ達が帰って来てよ、酒飲むぞってなって、ならオヤジんトコ行こうってなってな。俺にお前任せて行っちまった」
「………私も酒飲みたい」
「んじゃ、とっとと終わらせて来いよ。もうすぐ五時だぜ?」
サッチが親指で指している時計は確かにもうすぐ五時になろうとしていて、リサは大きな溜息を吐き出して起き上がり身体を伸ばした。
「あー……だりィ」
「頑張れよ、隊長殿」
「お前だって隊長だろうよ。つーか、いっその事――……あー!! 畜生!」
ガシガシと乱れたポニーテイルを更に乱れさせ、リサは大きく舌打ちをした。
「ダメだ、それは言っちゃダメだ。アレでも家族。あんなんでも家族。クソでも家族」
「それも言っちゃダメだと思うぞ」
「しゃーねぇ、行ってくっか。酒の為に」
サッチの言葉を無視して髪を解くと、簡単に手櫛で梳いてから結び直した。両頬を軽く叩いて気合を入れると、リサは部屋を出た。すぐ後にサッチもついて出てきた。
「悪かったな。何も出来なかったろ」
「レイアと話しながら寝てるお前にちょっかい出してたから平気だ」
「いっぺん死ぬか?」
「冗談だっつーの! ちょっとケツ触ったら手折られそうになったわ!!」
「ちょっかい出してんじゃねぇか! 色ボケリーゼントが!!」
「不可抗力だ!!」
「んな訳ねぇだろ! テメェ後で覚えとけよ!」
サッチの髪をグシャグシャにして、リサは倉庫へと急いだ。後ろでサッチが何か喚いていたが全て無視した。
「――で、終わり。質問は?」
約束の時間になり、リサはライアと二人きりで倉庫にいた。本来、加入してすぐに覚えるべき仕事を半年経っても覚えようとしないライアは、何処か不貞腐れた顔で「いいえ、ありません」と小さな声で呟いた。
「んじゃ、一人でやってみろ」
「……はい」
黙々とリサが教えた通りに仕事をこなしていくライアを見下ろしながら、リサはこっそり溜息を零した。これでライアは仕事を真面目にやらなければならなくなった。これから先、真面目に仕事をするようになるだろう事を思えば仕方のない事だと思うが、それでもリサの心中は複雑だった。
「……お前、何で仕事やんねぇんだ?」
「今、やってますけど」
「今までの話をしてんだよ。全く同じ説明を何度繰り返したと思ってんだ? お前、とっくに仕事覚えてただろ。他の奴らも。敢えて分からないフリしてたのは私への反抗心からか?」
ライアは答えない。
「そうだってんなら、マルコにでも頼んで隊変えてもらえば良かったじゃねぇか。お得意の色仕掛けで自分の隊に入れてくれんだろ」
「――終わりました」
質問に答える事なく、仕事を終えたライアは立ち上がる。溜息を一つ零したリサは「あいよ、帰んな」とだけ言ってヒラヒラと手を振った。何も言わずに倉庫を後にするライアの真意はリサには見えない。一人残ったリサは壁に背を預け天井を仰いだ。
「あー……ったく、ホンットめんどくせぇ……止めてぇなぁ、隊長」
呟きは誰にも届かぬまま、静かに倉庫に堕ちて消える。
出航してから一週間。ライアは真面目に仕事をこなすようになった。それに合わせて取り巻きのような女隊員達も同じように仕事をするようになり、問題は解決したかのように見えた。けれど、それはあくまでも表面上なものだった。
ライアや女隊員達がリサ達を快く思っていないのは明白だったが、仕事をするようになったのだし、個人の感情までどうにかする事は出来ないのだからとリサもレイアもそれを放っておく事にしたし、実際、それで良かったのだろう。
マルコとの仲は相変わらず最悪なままで、それについてはリサもマルコも改めるつもりなどない。本人達が変える気が無いのなら、と周りも何も言う事はなかった。
「サッチ、ちょっくらリーゼント貸せ」
「無理だ」
「ツラ貸せっつってんだよ」
「最初っからそう言えよ。何だよリーゼント貸せって」
「うっせぇな。ナンシー達との賭けで負けたんだよ」
「負けて何でそうなんだよ」
「私らが賭けに金賭けねぇって知ってんだろ。罰ゲームってヤツだ」
「そりゃ知ってるけどよ、何でリーゼントになんだよ」
「そう言えって酔っ払ったジーンが言ったから」
リサからの返ってきた言葉にサッチは声を上げて笑った。
「あのジーンがか? 堅苦しい言葉で真面目な奴だと思ってたんだけどなぁ」
「ハッ、海賊に真面目もクソもあるかよ」
「ま、そりゃそうだ。んで、俺は何処に連れてかれるんだ?」
「甲板」
甲板に出ると、冬島が近いからか冷たい風が頬を刺した。
「うー、さみぃ! 甲板に何の用があんだよ!?」
「さ、やるぞ」
突然サッチを振り返り構えるリサにサッチが盛大に嫌そうな顔をする。けれど、嫌だと言っても目の前の二番隊隊長が聞くはずもない。盛大な溜息を吐き出してから、サッチもゆっくりと構えた。
「ルールは?」
「素手、膝付いた方が負け」
「んだよ、それじゃあっという間にケリついちまうじゃねぇか」
「あぁ、お前の負けって事でな」
「ハッ、言ってくれるねぇ、リサちゃん。これでも俺、隊長よ?」
「忘れてんじゃねぇよ、私も隊長だ――おらぁっ!!」
暫し、リサとサッチの素手での格闘が始まる。どちらも隊長という職についているからか、サッチの言葉はあっさりと覆り、戦いは長引いていた。その間も船は順調に航海を続け、二人の決着はつかないまま、とうとう空から淡く冷たい白が舞い降り始めた。
「ったく……そろそろ膝付いちまえよ」
「私が膝つく前に、サッチのリーゼント付けさせてやらぁ」
「ケッ、可愛げのない妹だぜ、ったくよぉ!」
どちらも素手で戦ってはいるが、二人は白ひげ海賊団の隊長だ。それ相応の力を持っている二人の攻撃は互いの服を裂き、どちらも身体中の至る所に赤い線を作っていた。けれどリサの顔には傷は見当たらないし、サッチのリーゼントも無傷なのを見れば、互いが互いを思いやって戦っている事は明白だった。
「テメェら! いつまでやってんだよい!!」
終わりは突然だった。甲板で戦い始めてからどれ程の時間が経ったのかは定かではないが、船員達が賭けを始めて二人を眺めて始めてから凍えそうになるまで続いていたのだから相当なのだろう。凍えそうな思いをしているくせに賭けの結果が気になって仕方がないとその場を離れない船員達にマルコの鉄槌が下った。同時にリサとサッチもマルコに喝をもらい、渋々と勝負をお預けとしたのだった。