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”リリー・エヴァンズとジェームズ・ポッターが付き合い始めたらしい”

その噂は瞬く間に学校中に広まった。
誰もが耳を疑い、その噂を持ってきた者に「ごめん、もう一回言って」と復唱させる。
ある者は「ただの噂だろ」と切って捨て、ある者は「そんなの嘘よ!」と金切り声を上げる。けれど、そんな彼らの目に映るのは大広間で共に食事を摂るジェームズとリリーの姿だ。

ジェームズはともかく、リリーの顔にはいつだってジェームズに対して嫌悪の色が浮かんでいた。
それなのに、向かい合って座るリリーの顔には嫌悪の色が見当たらない。それどころか、時折ジェームズと会話しているようだ。今見えたのはまさか笑顔ではないだろうか――と、目をこする生徒たちの姿が多く見られる。

「で、実際はどうなんだ?」

問いかけるスネイプの顔は噂を信じたくないと書かれている。当然だ。大切な幼なじみが自分の最も嫌いな男と付き合うだなんて冗談じゃない。

「付き合ってはないよ」

ルーシーの答えにホッと安堵の息を漏らすスネイプに、ルーシーは苦笑を浮かべることしか出来ない。
果たして「時間の問題だけど」という言葉を飲み込んだのは正解だったのだろうか。

「何があったんだ?」

スネイプはリリーという人間を理解していた。
彼女はジェームズが『いい人』になったからといって靡くような人間じゃない。大嫌いな相手が何をどうしようと、嫌いだと思う気持ちが変わらないことはスネイプが一番よく知っている。
自分に置き換えてみれば良いのだ。果たして自分は『いい人』になったジェームズを好くことが出来るか?答えは否だ。即答出来る。

だからこそ何かあったのだと思わざるを得ない。
例えば、吊り橋効果というふざけたものが効用されてしまったのではないか、なんて。
一体どんな悪どいことをしやがったのだ、あの男は。憤るスネイプに、彼の恋人はただただ苦笑する。

「確かに、リリーはジェームズが大嫌いだったよ」

悪戯ばかり仕掛けて、自身を人気者だと思い込んでいる。
スリザリン生としょっちゅう揉め事を起こして、幼なじみに非道なことを平気でする。
そんなジェームズがリリーは大嫌いだった。

「なら、どうして」
「うーん……ジェームズがリリーを好きだったからかなぁ」

多分だけど。首を捻りながら説明するルーシーにスネイプは何を今更と鼻を鳴らした。

「アイツがリリーを追いかけてたのは今に始まったことじゃない」
「うん、だからね、それだけ本気だったってことだよ」

例えば、日頃の生活態度を改めたとして。
例えば、スリザリン生と揉め事を起こさなくなったとして。
例えば、スネイプにちょっかい出さなくなったとして。

それは、リリーからすれば『普通』のことだ。
普通のグリフィンドール生たちが正にそれだ。今までが異常だったジェームズがいくら改めようと、それは異常から普通になっただけだ。それは『いい人』でも何でもないし、それで胸を張られても困る。

まさか『普通であること』が『いい人』だとでも言うのだろうか。だとしたら、ジェームズの脳内はとんでもなくめでたい。確かに努力していることは認めるが、それだけで好きになることなど出来やしない。
努力を評価してほんの少しばかりジェームズの評価を上げたリリーだが、彼女の中で再びジェームズの評価が下がりそうになった時だ。


”僕は騎士団に入るよ”


ジェームズはリリーにそう宣言した。
いつものように自慢げでもなく、ただただ穏やかな表情で。

ポカンとジェームズを見たリリーはその言葉の意味を理解して、青褪めて、反対した。
何を言っているのだ、と。気でも触れたのか、と。
魔法界が今どんな状態なのか、ジェームズは知っているはずだ。
沢山の人が行方不明となった。沢山の人が殺された。

死喰い人。
闇の帝王――『例のあの人』。

この魔法界を恐怖のどん底に陥れている彼らと戦う『不死鳥の騎士団』。
ホグワーツの校長でもあるアルバス・ダンブルドアが設立したそれに、彼も入るのだと言う。
聞けば、シリウスもそう決めたのだと言う。リーマスも、怯えてはいたが、ピーターも。

反対した。

強がるのは止めなさい。
親友まで巻き込むなんて。

頭ごなしに反対したリリーに、ジェームズはただ穏やかに笑っていた。

”僕はね、リリー。君が思う通り『いい人』にはなれなかったよ。悪戯を止めてみたし、勉強だって真面目にやってみた。スリザリンの奴らとも問題を起こしてないだろう? でも、それは普通のことだ”

ジェームズは知っていた。理解していた。
いくら頑張ったって、彼の努力は『当たり前』のことでしかないということを。

”けど、そんな僕でも、護りたいものくらいあるんだよ”

『例のあの人』は認めない、マグル生まれの魔法使いや魔女を。
『例のあの人』は認めない、混血の魔法使いや魔女を。
『例のあの人』は認めない、彼らが蔓延る魔法界を。

リリーの家族はマグルだ。家族の中でただ一人、リリーだけが魔女だった。

『例のあの人』はそれを認めない。
リリー・エヴァンズというマグル生まれの魔女を認めることはしない。

既に沢山のマグル生まれや混血が殺されている。一家揃って殺されてしまったという話も聞いている。
彼女が同じように犠牲にならないという保証が、どこにある?

”勿論、君だけじゃない。僕はね、リリー。知ってると思うけど、闇の魔術が大嫌いだ”

それを平然と行使するスリザリン生も、死喰い人も、『例のあの人』も。

”だから、戦うことにしたんだ”

大切な人を護る為に。
大嫌いな奴らを倒す為に。

どこまでも身勝手な理由だ。けれどジェームズはもう決めてしまった。
自らの生命を懸けて、それをすると決めてしまった。

そんなジェームズに、親友であるシリウスは言った。付き合うぜ、相棒。
そんなジェームズとシリウスに、親友であるリーマスは言った。君たちだけじゃ、心配だから。
そんなジェームズとシリウスとリーマスに、親友であるピーターは言った。僕も一緒にいさせて。

そんな彼らに、リリーは笑った。どうしようもない大馬鹿だわ。
笑って、笑って、そして手を差し出した。

”護られるだけは性に合わないわ”

頼んだわけではない。
けれど、ジェームズがリリーの為に戦うのだと言うから。

”リリーよ、よろしく――ジェームズ”

初めて呼ばれたファーストネームにジェームズは目を最大限見開いて、そして破顔した。
和解した――そう言っていいだろう。親友たちを前に、ルーシーは。

ルーシーは、ただ俯くことしか出来なかった。

「ねぇ、セヴィは」

どうするの?
問いかけようとして、黙り込んで。俯いて。
次に顔を上げた時には、無理に笑みを貼り付けて。

「――セヴィは、クリスマス休暇はまた学校に残るんでしょう?」

痛々しいその態度に気付かないはずもないだろうに、スネイプはそれに付き合ってただ頷く。

「あぁ、ルーシーは?」
「残るよ。だから……一緒に、いられる?」

クリスマス休暇は。
本当は、その先も。卒業した後も、ずっと。
けれど、それを言う勇気は持てないから。

「あぁ、当たり前だろ」

その言葉の期限はいつまでなのだろうか。

クリスマス休暇の終わりまで?
それとも卒業まで?
それとも――?

胸の内に巣食う不安に気付かないフリをして、ルーシーはスネイプの手に自らの手を絡ませた。
決して離れないようにと願いながら。