35


「レイは進路どうするの?」

夏休み最終日、レイは双子の姉からの唐突な問いに顔を顰めた。
茹だるような暑さを少しでも忘れようと扇風機の前を陣取り、棒付きアイスを頬張っていた時だ。

「まさか、まだ決めてないの?」
「いや、だってほら……ねえ?」
「ま、そんな事だろうと思ってたけど」

隣にやってきて扇風機の前で「あー」だの「うー」だの声を上げているルーシーは、扇風機の風によって震える自身の声に笑っている。まだそんな事で楽しめるのか。ガキか。思って双子の妹は溜息を一つ零した。

「アイスちょーだい」
「い、や。自分で持ってきて」
「おかーさーん、アイスとってー」
「買い物行ったわよ」
「うえー……」

渋々と立ち上がり冷蔵庫へ向かう姉を見送り、レイは溶けかかっているアイスを一気に口の中へと押し込んだ。キンとする頭をぶるぶる振って痛みを逃がしていれば、同じアイスを手に戻ってきたルーシーが隣に座る。もう少し離れて座ってくれれば良いのにと思うが、こうして扇風機の前を陣取りたい気持ちは十分よく分かる。仕方ないことだ。

「レイは何になるの?」
「魔法省大臣」
「は!?」
「――は嘘だけど、魔法省に勤めたいと思ってるわ」
「ふぅん……」

魔法省かぁ……呟いて難しい顔で黙り込んだルーシーに、レイはそっと溜息を落とす。
彼女が本当に聞きたかったことなど、分かりきっている。

気に食わない。
仮にも双子の妹である自分が進路を教えたのだ。ふぅん、だの魔法省かぁ、だのつまらない感想しか寄越さないとはどういうことか。

気に食わない。
彼女の頭を占める彼の存在が。

「直接聞けばいいじゃない」

ぶっきらぼうに吐けば、顔を上げたルーシーが眉を下げて下唇を突き出す。可愛くないわよ。そう言えば彼女はアイスを加えたままゴロンと寝転がった。

「気になるんでしょ?」
「ふぉれはふぉうりゃへふりょ……」
「まさかセブルスが死喰い人になるとでも思ってるわけじゃないでしょうに」

ルーシーが寝転がっているのをいいことに扇風機を自分に向ける。
とっくにアイスを食べ終えて棒だけになったそれを咥えながら、ルーシーはもごもごと口を動かしていた。

「汚い」
「むぐ……そりゃ、そんなこと思ってないけどさ」

渋々と棒を口から出したルーシーがそれをプラプラさせながら呟く。
噛み跡が沢山ついたそれを奪い取ってゴミ箱へ放れば、ルーシーはゴロンと寝返りをうって今度は足をプラプラさせた。落ち着きがなさすぎる。

「でも、誘われてるよね」
「そりゃあね。セブルスは優秀だもの」

生徒としても、スリザリン生としても。
混血である、グリフィンドール生と交際している――この二つを除けば、彼は死喰い人として闇の陣営に加わるには申し分ない。何しろ、入学した時点で上級生より闇の魔術を知っていたのだ。勉強熱心な彼は魔法薬学にも精通している。リリーと共に薬学教授スラグホーンのお気に入りだ。

「だよねぇ……」

大きな溜息を零して突っ伏したルーシーを訝しげに見た。
一体彼女が何に対してこんなにも悩んでいるのかが分からない。

「なーんにも言わないんだよ」
「何が?」
「誘われたってことも、断ったってことも」
「そりゃ、聞かれなきゃ言わないでしょ」

何を当たり前のことを。そう言えば「だって聞きづらい」なんて返ってくる。
どうやら、この姉はこと恋愛に関しては――否、ことスネイプに関してはとんでもなく面倒臭い人間になるらしい。

「冗談。ただでさえ面倒だってのに」
「何が?」
「こっちの話よ」

断ってひっそり溜息を一つ。
人は誰しも恋をすると変わるというが、それはこの姉にも適用されるらしい。
色々とぶっ飛んだ人間であるから、こういう時も予想もつかないような変化を遂げるのではないかと思ったこともあるのだけれど。

「………まぁ、ある意味そうよね」
「?」

まさか、だ。
人並みに悩んで、強がって、落ち込んで、舞い上がって。
楽観的な彼女が落ち込んだりする姿は余り覚えがない。ふと思い返してみてもその姿が見当たらないのだから、やはりある意味ではぶっ飛んでいるのだろう。

「大丈夫よ、セブルスは」

根拠など何もないけれど。

「心配させたくないだけよ」
「そうかなぁ……」

それが逆に心配させているのだということは、悔しいからスネイプには教えてやらないけれど。
本当はルーシーにだって何も助言などしてあげたくはない。当然だ、一応これでも恋敵というものなのだから。
それでもこうして言葉を与えてしまうのは、レイにとってルーシーもスネイプも同じくらい大切な存在だということだ。

「ルーシー」
「ん?」
「ばか」
「!!?」

ちょ、なにそれ! ひどい! お母さんに言いつけるよ!?
じんわりと涙を滲ませて子どものようなことを叫ぶルーシーに、レイは声を上げて笑った。