マクゴナガルに連れられて校長室に行くと、そこには既に校医のマダム・ポンフリーとスリザリン寮監のスラグホーン、そしてシリウスの姿があった。
ジェームズとルーシーの姿を捉えて安心した顔をするシリウスに、けれどルーシーとジェームズは笑いかけることは出来ない。
「怪我は?」
サッと立ち上がったポンフリーが険しい顔つきで近寄り、薄汚れたスネイプとジェームズから診察を始める。一通り診察を終え、異常がないことを確認すると僅かに表情を和らげてルーシーを振り返った。
「さ、次は貴方の番ですよ」
「私は大丈夫です、城の前で二人に会っただけだから……」
「そうですか」
「そちらにお座りなさい」
マクゴナガルに促されてジェームズはシリウスの隣に。ルーシーはスネイプと共にその向かいのソファに腰を下ろした。テーブルを挟んで対面するシリウスが忌々しげにスネイプを見て舌打ちを零している。
「シリ――」
シリウス。呼びかけた声はダンブルドアが校長室に戻ってきたことで敢え無く途切れた。
「マダム・ポンフリー、ありがとう。もう大丈夫じゃ」
「えぇ、では私はこれで」
お辞儀をして去っていくポンフリーを見送り、ダンブルドアはテーブルに座るルーシーたちへと向き直る。
「さて、君たちにいくつか話しておかねばならんようじゃ」
「ダンブルドア先生、リーマスはどうなります?」
身を乗り出して問い詰めるジェームズの顔には不安と恐怖がありありと浮かんでいる。
つい先ほど人狼に襲われかけたというのに、彼が心配するのは自分ではなく親友のことだった。
「退学にはなりませんよね?」
「おいジェームズ、何言ってんだよ。リーマスは何も悪くねぇだろ、退学なんて――」
「ちょっと黙っててくれ、シリウス」
語気を強めて視線を向けるジェームズに、シリウスがムッと眉を顰める。
「何だよ」
「君は自分が何をしたか分かってるのか?」
「俺はただ、俺らの周りを詮索するあの野郎に懇切丁寧に教えてやっただけだ」
スネイプが負った小さな掠り傷たちはシリウスの望んだものではない。
シリウスが望んだのは、あのまま誰の助けもないまま人狼に噛まれてしまうことだ。人狼に噛まれて、漸く自分がどれだけ愚かだったのかを思い知るだろうと。そんなスネイプを見るのは面白いだろうと。そう思っていた。
そんなシリウスの目論見を挫いたのが、よりによってジェームズだなんて。
ジェームズを見る目が責めるようなものになってしまうのは仕方がない。シリウスはジェームズに邪魔されたのだから。だからこそ、何故ジェームズの方が自分に責めるような視線を向けるかが分からない。
「知らなかったよ、お前がそんなにスネイプを大事に思ってたなんて」
「僕が言ってるのはスネイプじゃない。リーマスだ」
腰を上げたジェームズの手が伸びてシリウスの胸倉を掴む。強引にソファに押し付けられたシリウスは突然のことに目を丸くし、抵抗することも怒ることも忘れた。初めて見る親友からの怒りに、ただ目を瞬いた。
「君は、スネイプが噛まれれば良いと思っていた。リーマスのことを嗅ぎ回った罰だとでも思ったか?」
けど。胸倉を掴み上げる手に力を篭めてジェームズはグッと歯を食い縛る。
「君は分かってない。もしあのままリーマスがスネイプを噛んでいたら、罰を受けるのはリーマスだ……!!」
「、そんなの……!」
「人を噛んだ人狼は罰せられる!! 君だって知ってるはずだ! 理由なんて関係ない! リーマスがスネイプを噛めば、何もかもがおしまいだ!! リーマスはホグワーツを追い出されて、下手すればアズカバンに入れられる!!」
顔を強ばらせたシリウスを苦々しげに睨み、ジェームズはその手を放した。
ズルズルとソファの背もたれに身体を預けたシリウスが無言のままに俯くのを横目に見ながらダンブルドアを振り返れば、沈黙を守り続けたダンブルドアはジェームズに一つ頷いて口を開く。
「幸い、今夜は誰も傷ついてはいないので――勿論、身体的な意味でじゃが――彼への処罰は無しとする」
ホッと胸を撫で下ろしたジェームズに優しく微笑みかけ、ダンブルドアは続けた。
「Mr.ポッター、君のおかげで君の親友は誰も噛まずに済んだ。親友とMr.スネイプを助けたことを評し、グリフィンドールに百点を差し上げよう」
「ありがとうございます!」
心からの笑みを浮かべたジェームズににこりと笑い、ダンブルドアはスネイプへと視線を向ける。
「君の魔法のおかげで、Mr.ポッターもMiss.カトレットも無事に済んだ。それに、あれ以上城に近づかれていたら他の生徒たちに気付かれてしまったかもしれん。Mr.ルーピンの足止めをする為に使った魔法は些か強すぎたかもしれんが、概ね正しかった。スリザリンに、五十点」
窺うようにダンブルドアを見上げたスネイプが、無言のまま頭を下げる。それにまたにこりと微笑んだダンブルドアは、次に。そう断って俯いたままのシリウスへと視線を向けた。
「Mr.ブラック。君のしたことは短絡的で、大きな危険を伴うものじゃ」
「………」
「グリフィンドールから、七十点減点」
俯いたままウンともスンとも言わないシリウスの拳に力が篭る。
反省しているのか、未だに理解せずに怒っているのか。それを判断する術はないが、出来れば前者であって欲しい。ジェームズはそう思う。スネイプ云々に関しては何も言わないから、スネイプを陥れる為にリーマスという親友を犠牲にしようとした事実だけは受け止めて反省して欲しい。そうでなければ、この先シリウスと親友としてやっていける自信など持てない。
「そして、Mr.スネイプ。人には知られたくない秘密がある。君が彼の秘密を手に入れてどうするつもりだったのかは聞かないが、そのことが君だけでなく君の大切な人をも危険に晒すことになったことを覚えておくのじゃよ」
ダンブルドアの目がチラリとルーシーを見てすぐにスネイプへと戻される。
どうやら、この老人は先学期末の事件を知っているらしい。もしかしたら、あの教室でこっそり会っていたことも知っていたのかもしれない。
「………はい」
小さな声で返事をしたスネイプに頷き、ダンブルドアは満足げに微笑み手を打つ。
「後のことは先生方にお任せしようかの。もう夜も遅い、ベッドへお行き」
優しい声に促されてルーシーたちは立ち上がり、寮監に連れられて校長室を後にした。
「、ぁ……」
地下牢へ向かうスネイプとはここでお別れだ。
思わず声を上げたルーシーは、振り返ったスネイプに何かを言おうとするが言葉が見つけられず口篭ってしまう。
「………また明日」
「………うん、また、明日……」
おやすみ
あぁ
そんなやり取りをして、スラグホーンに連れられて寮へ戻っていくスネイプを見送ったルーシーは、マクゴナガルに急かされて慌てて大理石の階段を上った。
「Mr.ブラック、貴方には罰則を与えます」
談話室の入口に着いたところでマクゴナガルが言った。
「内容はまた後日。それから、Miss.カトレット」
「、はい」
「友人たちが心配だったのは分かりますが、あのような危険な場所へ向かうことは関心しません。貴方が噛まれていたかもしれないのですよ?」
「………ごめんなさい」
「Mr.ポッター、貴方にも言えることです」
「はい……」
しおらしく頷いたジェームズに微笑んだマクゴナガルは、談話室の合言葉を唱えると三人に中に入るように促した。
「彼はいい友人を持ちましたね」
入口が閉じる間際、聞こえた寮監の優しい声に振り返ったルーシーたちだが、既に閉じた入口は固く閉ざされている。
「………悪かった」
「僕よりリーマスに謝ってやってくれ」
「セブルスにもね」
ジェームズの言葉に頷いたシリウスが、続いたルーシーの言葉に鼻を鳴らす。そんなシリウスを睨み付けたルーシーだが、どっと疲れが押し寄せてきて怒る気力すら沸かない。結局シリウスを睨むだけに留めて、部屋へと戻って行った。