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「すっかり遅くなっちゃったな……」

図書館が閉館する午後八時、スネイプは後を追われるようにして図書館を後にした。
薄暗い廊下を早足で歩いていると、ふといつもより廊下が明るいことに気づく。

「――あぁ、今夜は満月だったのか」

窓の外に輝く大きな月を見上げ、スネイプは再び寮へ向けて足を進めた。
ほんの少し前までルーシーとリリーも図書館にいたが、どうやらずっと放っておいたらしい宿題を必死にやっているところだったらしく、声をかけることも出来なかった。こちらを認識していたのかすら疑わしい。
宿題を放ってまで、一体何に時間を割いているのか。スネイプは眉を顰めて溜息を零した。

悪戯仕掛人と一緒になって何を企んでいるのか。
その企みのキーとなる人物がリーマスであることはおそらく間違いないだろうが、それ以上のことは全く分からない。図書館で色々調べてみたりもしたが、そもそもとっかかりとなる情報が無いのだから探しようがない。
無駄な時間を過ごしてしまったと舌を打ったスネイプは、ふと窓の外に人影を見た。

「あれは……」

立ち止まり、窓に張り付いてじっと目を凝らす。
間違いない。リーマス・ルーピンだ。その傍らに立つのは誰だろうか。生徒ではない。三角帽子を被ったあの人影は、おそらく寮監のマクゴナガルだろう。
こんな時間に寮監と共に城を抜け出して、一体どこへ行くというのだろうか。窓の外から目を離さないまま、スネイプは壁伝いに進みだした。

禁じられた森の方へ向かう理由は?
罰則なのでは?そう考えてすぐに考えを打ち消す。リーマスは監督生だ。悪戯仕掛人という称号を得てはいるが、実行犯はいつだってジェームズやシリウスにピーターが加わる形で、リーマスはそこにいるものの自ら進んで参加していていなかったと記憶している。その彼が罰則を受けることはそう多くない。

「一体どこへ――?」

とうとう二人の姿が見えなくなり、スネイプは慌てて階段を駆け下りた。急がなければ。
マクゴナガルに見つからないように隠れながら後を追うのは大変だろうが、それでも後を追わないという選択肢はスネイプにはなかった。彼らを追えば、理由が分かるような気がしたからだ。
足音を立てないように気を配りながら階段を駆け下り、玄関ホールへと向かう。あと少しだ。

「そんなに急いでどこに行くんだ?」

玄関ホールまであと少しという所で、スネイプは自分を呼び止める声に足を止めた。
鎧の影から出てきたのはスネイプの大嫌いな男だ。

「貴様こそ、こんな時間にかくれんぼか?」

咄嗟に懐の杖に手を忍ばせたスネイプは、油断なくシリウスを睨み付ける。
こちらを見るシリウスの目も、スネイプに勝るとも劣らないほどに嫌悪の色が浮かんでいた。

「俺たちの周りを嗅ぎ回ってるようだな、さすが崇高なるスリザリン生だ」

吐き捨てられた侮蔑の言葉に目を眇めれば、チラリと玄関ホールへと視線を向けたシリウスが再びスネイプを振り返る。

「そんなに知りたいなら教えてやるよ」
「何……?」
「気になるんだろ? リーマスがどこに行ったのか」

嘲るような笑みを浮かべるシリウスが一体何を企んでいるのか。スネイプは杖をギュッと握り締めていつでも動けるように身構える。
けれど、そんなスネイプを鼻で嗤ったシリウスはスネイプの脇を通り抜けて階段へ向かって歩き出す。

「暴れ柳に行ってみろ」

答えがそこにある。階段を上りながらシリウスが楽しげに嗤う。

「何故教える?」
「そこで答えを見つけて――二度と俺たちに関わるな。勿論、アイツにもな」
「ハッ、フラれたんじゃなかったのか? Mr.ブラック」
「どうだかな」

階段の途中で足を止めたシリウスが振り返り、怪しい光を秘めた目でスネイプを見下す。

「暴れ柳の根元にある穴に入ってみろ。そこから繋がってる」
「どこに?」
「自分で確かめろよ」

それとも怖いのか?
口元を歪めるシリウスを睨み返したスネイプは、マントを翻して颯爽と階段を下りていく。
嘲るように喉を鳴らすシリウスの嗤い声を背に受けながら。

人目を忍んで城を抜け出したスネイプは、シリウスの言ったとおり暴れ柳へと急いだ。
向かう途中でマクゴナガルたちに出くわさないようにと木々に隠れながら進んでいると、向こうからマクゴナガル一人だけがやって来るのが見えた。木の陰に隠れたスネイプに気づくことなく足早に城へ戻っていくマクゴナガルを見送り、スネイプは更に先へと進んだ。

辿り着いた暴れ柳は眠っているらしい。根元へと視線を向ければ、確かに穴が空いているのが見えた。よく目を凝らさなければ分からないようになっている。まるで、穴を隠すかのように暴れ柳が植えられたようにも思えた。

「あの穴か……」

シリウスの言ったことを鵜呑みにしたわけではない。罠があるのでは、と疑ってもいる。
けれど、この穴を通ればリーマスがひた隠しにしている秘密を探ることが出来る。寮監をも巻き込んだ彼の秘密とは一体何だろうか。
じりじりと歩み寄れば、気配に気づいた暴れ柳がそのハンマーのように太い枝を振り回し始める。
取り出した杖を向けて呪文を放てば、今まさに枝を振り下ろそうとしていた暴れ柳はぴたりと動きを止めた。

深呼吸を一つ。スネイプは穴の中へと潜り込んだ。