「どうかしたのか?」
スネイプに問われて、ルーシーはハッと我に返った。
「え、な、何? ごめん……」
「いや……何かあったのか?」
ずっと上の空だっただろ。
気遣うようなスネイプの声の中には、ほんの僅かばかり不満の色が滲んでいる。
新学期が始まってから三週間。開き直ったレイと自分の気持ちを自覚したシリウスは中々に手強かった。
こっそり談話室を抜け出そうとしても目敏く見つけて声をかけてくるのだ。素直に会いに行きたいのだと告げてみても、聞き入れてはもらえない。宿題をやろう、次の悪戯を考えよう――終いには会いに行って欲しくないと皆の前で堂々と告げるものだから、下手に拒絶することも出来ずに結局は彼らのペースに流されてしまう。
そんな彼らの目を何とか掻い潜り、漸く会うことが出来たというのに。スネイプは喉まで出かかった不満の言葉を飲み込んだ。心ここにあらずなルーシーが何を考えているのかは分からない。教えてくれないのだ。
どうしたのかと尋ねても、返ってくるのは”何でもない”という言葉だけ。どう見たって何でもなくはないのに、ルーシーは決してそれを言おうとはしない。面白くない。
そんなスネイプの視線を受けながら、ルーシーは謝罪の言葉を口にする。
スネイプと一緒にいられて嬉しい。それは本心だ。
けれど、新学期が始まってすぐに聞かされたジェームズの言葉が頭から離れない。
”僕たちはアニメーガスになる”
真っ青な顔を強ばらせて俯くリーマスを護るかのように三人が囲う。大丈夫だと、何も心配はいらないのだと囁いて背を叩いたジェームズたちが、その時だけやたら格好良く見えた。
彼らから知らされたリーマスの秘密。
彼らから知らされた彼らの長年の野望。
スネイプと会うことを邪魔するシリウスだって、実際は次に仕掛ける悪戯を相談するのではなく、彼らが見つけたという必要の部屋で魔法の練習をするから付き合えというものだった。邪魔したい気持ちも勿論あったようだが、半分以上は一秒でも早くアニメーガスになりたいという思いなのだろうとルーシーは考えている。
図書館の閲覧禁止の棚に忍び込むのもそう容易ではない。魔法省で制限されている魔法なのだ、閲覧禁止の棚へ忍び込まなければ見つからない情報だってあるだろう。ジェームズの家に代々伝わるという透明マントが大活躍しているが、危険はたくさんある。今この時だって頑張っているであろう彼らを心配してしまうのは仕方のないことだ。
「帰るか?」
「え?」
「何か気になってることがあるんじゃないのか?」
「あ……うん、でも……やっと会えたんだもん、一緒にいたいよ」
「他のことばかり考えてるくせに」
伸びてきた手が頬を摘む。
ごめんなさい。再度謝罪すれば、スネイプは眉を下げて微笑んだ。
「次もこうだったら許さないからな」
一緒にいる時くらい――、そこでスネイプの言葉は途切れた。
自分の発言と考えが子供じみているとでも思ったのだろうか。苦い顔で口を噤むスネイプにルーシは頬を緩ませて笑う。
「大好きだよ」
「………ふん」
そんなの聞かなくたって分かる。
顔を背けるスネイプの仄かに染まった頬にそっと唇を寄せた。
「私もなる」
だから教えて?ヘラリと笑うルーシーに、リーマスはポカンと口を開けた。
ジェームズ、シリウス、ピーターは「やっぱりね」「だと思った」なんて笑っている。
「で、でも……だって、」
「仲間は多い方がいいでしょ?」
「でも! 未登録のアニメーガスは……っ、」
アニメーガスは魔法省に登録をしなければならない。けれど、そんなことをする気はジェームズたちにはない。
聞けば、もう三年近く前からリーマスの正体に気付き、アニメーガスになるべく勉強してきたのだという。ならばここ数週間、ルーシーを巻き込んで図書館に通っていた理由は?答えはすぐに出た。
「それに、そっちの三人は巻き込む気満々らしいしね」
どうせなら、もっと早く教えてくれれば良かったのに。
眉を顰めるルーシーにジェームズたちはそれぞれ肩を竦めて。リーマスはそんな親友たちを振り返ってこの世の終りのような顔をした。
「どうして……」
「ん?」
「ぼく、僕なんかの為に……そんなことをするべきじゃなかった」
何度説得しても聞いてくれない親友たちのことは諦めていた。
彼らは自分が何を言っても絶対にアニメーガスになってくれるのだと分かっていたから。それが申し訳なくて、それでもとても嬉しくて。
けれど、ルーシーは別だ。リーマスは拳を握り締めて俯いた。
彼女は確かに大切な友人で、親友とも呼べるほどに親しい人間でもある。それでも、彼女を巻き込みたいとは思っていなかった。この四人だけの秘密にしていようと思っていた。巻き込んで苦しめたくなかった。それに、知られたくなかった。
「リーマス、つまり君は私だけ除け者にしたいの?」
「そんなんじゃない! ただ……っ、君だって分かるだろう!? 非合法のアニメーガスになるってことは……っ、」
「犯罪者になるって言いたいの?」
なんだ、そんなこと。
呆れたように笑えば、それが癇に触ったのかリーマスが眉を吊り上げる。
「リーマスの為なら、犯罪者にくらいいくらだってなったげるよ」
「っ、」
「それにさ、今から練習始めたとして卒業までになれるか分からないしね。ジェームズたちだってもう三年もやってるんでしょ? 同じくらいかかったとしたら卒業しちゃってるし。そしたら普通に登録すればいい話じゃん?」
なーんの問題もないよ。笑うルーシーにリーマスは顔を歪めて俯いた。
「…………後悔したって、知らないよ」
「後悔?」
「人狼なんかと関わったって、君には何の得もないじゃないか」
「リーマス、君は友達に利を求めるのかい?」
揶揄するように問いかけたジェームズにルーシー、シリウス、ピーターが笑って。
「君は人狼だけど、僕らの友達だ。そうだろう?」
滲む涙に気づかれないようにと必死になりながら、リーマスはただただ小さく頷いた。