10


「セヴィって、苺好きだったっけ?」

いつものように暗い教室の片隅に座り込んで他愛ない話をしていると、隣に座るルーシーがそう言えばと口を開いた。
ここ最近、食堂で苺を食べているスネイプを目撃して珍しいこともあるものだと思っていたらしい。
真っ直ぐな目で見つめられながらの問いに、スネイプは僅かに視線を泳がせて身じろいだ。

「あー……まぁ、嫌いではない、と思う」
「ふぅん?」

知らなかった。苺美味しいよね!私も大好き!
顔を綻ばせるルーシーに曖昧に頷いて、こっそり溜息を一つ。

言えるわけがない。
ルーシーが苺を好きだから食べているんだ、などと。
ここ最近になって『大人のキス』というものをするようになって――つまりはそういうことだ。
変態か。心の内で思うも、つい目の前に苺があると手を伸ばしてしまうのだ。

週に一回。たった数時間しか恋人でいられない自分たちだからだろうか。
食堂でも廊下ですれ違った時でも授業中でも、いつだってスネイプにとって気に食わない連中と楽しそうに笑っているのを見せ付けられているのだ。間接的にも繋がっていたい、と考えたって良いではないか。
まさか自分にそんな女々しい一面があるなんて思いも寄らなかった。見つけてしまったものは仕方ない。

「クィディッチの練習はいつから始まるんだ?」
「来週。セヴィと会う日に練習が入らなければ良いんだけど……」

ジェームズたちがね、言ってたの。キャプテンのウッドの演説は長いんだって。
溜息混じりにルーシーが零すが、やはり楽しみだという気持ちも少なからずあるのだろう。溜息をこぼしてはいるが、表情も声もそれほど落胆した様子はない。

それがまた、面白くない。

ふと、スネイプは何かの気配を感じて顔を上げた。

「セヴィ? どうしたの?」

首を傾げるルーシーを尻目に、そっと耳を澄ます。何も音は聞こえない。けれど、気付いてしまえば払拭することの出来ない違和感。

「セヴィ?」
「――いや、何でもない」

気の所為だ。そう零せば、視界の隅でわずかに景色が揺れる。
愚かしい。スネイプは内心で嘲笑った。
大方、ルーシーの相手を突き止める為に尾けていたのだろう。キスマークがどうのと喚いているのを聞いたことがあるし、ルーシーからも聞いている。

ふつりと湧き上がるのは、悪戯心というより嗜虐心に近い。
日頃の恨みを今この場で晴らしても、罰は当たらないだろう――というより、致命的なダメージを与えてやりたい。既にルーシーの交際相手がスネイプという事実が相当なダメージを与えているであろうが、更に追い詰めてやりたいと思うくらいには、スネイプはジェームズやシリウスが大嫌いだ。

「ルーシー」
「うん?」

小首を傾げるルーシーの頬にそっと手を伸ばせば、察したのか目元を染めたルーシーが目を伏せる。
自分だけに見せるその表情を他の人間に見せるというのは抵抗があるが、薄暗い今ならまぁ、少しくらいは良いだろう。

奴らは、殊更ゆっくりと顔を寄せるその意味に気付くだろうか。いつか気付いた時に悔しさに地団太を踏めばいい。
ほくそ笑みながら、スネイプは目の前の愛しい少女にそっと口付けた。





「あれ、どこか行ってたの?」

スネイプと別れて談話室に戻って来てから十数分。
どこか神妙な面持ちで帰って来たジェームズたちを見つけ、ルーシーは首を捻った。

「どしたの?」

悪戯が見つかって減点されちゃった?尋ねたリサに、けれど彼らは何も答えない。
常ならば自信満々に笑う彼らは、今はその面影もない。四人の後ろに赤毛を見つけてひょいと覗き込めば、僅かばかり顔を赤らめたリリーがそこにいた。

「あれ、リリーも一緒だったの?」

珍しいね。ルーシーの言葉にリリーは曖昧に頷いて黙り込む。目を合わせてくれないのは何故だろうか。

「何なの?」

いつもとは違いすぎる五人に、さすがに不安を覚えて眉を下げる。

「な、何でもないんだ……その、えーと……」
「何?」
「だから、その……」
「お前に!」

言い淀むピーターを遮ってシリウスが声を荒げた。
閑散としていた談話室だが、それでもそれなりに人数はいる。どうしたのかとこちらを見つめる視線に晒されながら、シリウスは苦い顔で舌打ちをした。

「見てんじゃねぇっつーの!」
「ちょ、シリウス? どうしたの?」

窺うように見上げれば、灰色の目がキッとこちらを睨み付けてくる。
激情に任せて口を開いたシリウスは、けれどすぐに思い留まって言葉を飲み込んだ。

「シリウス?」
「…………俺は、認めねぇからな!」
「はい?」

何言ってんだアンタ。呟いたルーシーの頭をベシンと叩いて、部屋へと戻って行くシリウス。
何アイツ!!突然殴られたルーシーは憤り、複雑そうな表情で視線を交わすジェームズたちを振り返った。

「何なの?」

強く問い詰めるが、残った四人は視線を泳がせるだけで何も言わない。

「ジェームズ」
「いや、あー……なんて言うか、」
「リーマス?」
「………ノーコメント」
「ピーター!」
「ひっ、ぼ、ぼぼ、僕は何もっ!」
「………リリー」

びくり。親友の肩が揺れた。
教えてくれるよね? 勿論、そうだよね?静かに、けれど有無を言わさぬルーシーの問いかけに、視線を泳がせていたリリーは観念したように大きく息を吐き出した。

「………ごめんなさい」
「リリー!」
「だって、私たちが悪いのよ! 覗いちゃったんだもの!」
「は?」

覗いた?聞き返すルーシーに、しまったという顔をするリリー。ジェームズたちも頭を掻いたり視線を逸らしたり口を押さえたり。怪しすぎるその仕草に加えて、先程のシリウスの言葉が甦る。

「――まさか……!」
「えぇと……その………うん、そうなんだ」

ごめん、見ちゃった
ごめんなさい、そんなつもりはなかったの……!
ただ、ルーシーが何処に行ってるのか気になって……その、ごめんね

ぎこちなく頷いたジェームズに、リーマス、リリー、ピーターが続く。
正直に言ってくれるのは良いが、だからと言って「いいよ、気にしないで」などと言えるはずもない。
あれ、さっきどんなこと話してたっけ?あれ、さっき何してたっけ?
数十分前の出来事を必死に思い出そうとして――ルーシーは瞬時に顔を真っ赤にした。

「ま、まままま待って! だっ、さっき、わた、わたし、そのっ」

キスを、した。確かにした。
触れるだけのものだったけれど、キスはキスだ。手だって繋いだし、別れ際には抱き合ってまたキスをした。

それを、全て見られていたというのか。
どうか違うと言って欲しい。切なる願いを篭めて見つめた先で、黙ったままの彼らはそっと視線を逸らした。

「…………!!!!」

声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちたルーシーが何度も何度もソファを殴り付けるのを、彼らは居た堪れない思いで眺めていることしか出来ない。

もう絶対後を尾けたりしない。彼らは心に固く誓うのだった。