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ハリーは上機嫌だった。
クィディッチの試合では散々な目に遭ったしハッフルパフにも負けてしまったけれど、それでも次は同じようにはならない。リーマスが追い払う方法を教えてくれると約束してくれたからだ。
更に、十一月の終わりに行われたレイブンクロー対ハッフルパフの試合で、レイブンクローがハッフルパフを相手に圧倒的な勝利を収めたこともハリーの気持ちを明るくしてくれた。嫌なことの後には良いことがあると言っていたのは誰だっただろうか、まさにその通りだ。

相変わらず魔法薬学の授業は最悪だが、そんなことでハリーの気分は滅入ったりしなかった。
グリフィンドールチームのキャプテン・ウッドは既にやる気を取り戻しているし、連日続く激しい雨の中でもハリー達は必死に練習をした。もう一試合も負けられない。優勝争いを諦めるつもりなど毛頭なかった。今年こそは、必ず――チームの心は一つだった。そしてそれはグリフィンドール全体の心でもあった。

もうすぐ始まるクリスマス休暇、ロンとハーマイオニーは学校に残ると言ってくれた。それぞれ理由を口にしてはいたけれど、そんなのは建前でしかないとハリーは知っていた。それから、驚くことにリサもホグワーツに残るのだと言った。

「良いの?」
「飛行機で日本に戻るの面倒だからね。それに、実を言うとあんまり仲良くないの」

だからホグワーツに残るのだとリサは言う。ハリーだけでなくロンもハーマイオニーも驚いた。けれどリサが決めたのならハリー達が言うことではない。それに、正直に言ってしまえば、皆で残れることがハリーには嬉しかった。

けれど、それも学期最後の週末にホグズミード行きを許可するというお知らせが出るまでの事だった。リサも残ることが決まっているのが唯一ハリーの心を慰めてくれたが、それでもやはり、弾む足取りで行ってしまう友人達を見送るのは寂しい。

あっという間にやって来たホグズミード週末。玄関ホールまでロンとハーマイオニーを見送ったハリーとリサは、談話室に戻ろうと大理石の階段を上り始めた。窓の外には雪がちらつき始めている。寒い。呟くと余計に寒くなったように思えて思わず身震いした。

四階の廊下の中程までやって来た頃、どこからかハリーを呼ぶ囁き声が聞こえてきた。声のする方に振り向けば、フレッドとジョージが背中にコブのある隻眼の魔女像の後ろから顔を覗かせていた。驚いたらしいリサがハッと息を呑んだ。

「何してるんだい? どうしてホグズミードに行かないの?」
「行く前に、君達にお祭り気分を分けてあげようかと思ってね」

フレッドが意味ありげにウィンクした。手招きされるままに近寄れば、フレッドは魔女像の左側にある空き教室の方を顎で指す。双子の後に続いて教室に入ろうとしてハリーはリサが来ていないことに気が付いた。

「リサ?」
「あの……その、ごめん、えっと……」

言い淀みもじもじと身体を捩らせるリサに首を傾げれば、顔を真赤にしたリサがか細い声で呟いた。トイレ、と。漸く理解したハリーはバツの悪い顔で曖昧に笑う。先に戻っていると言うリサに頷いて教室に入ると、双子は神妙な面持ちで互いを見つめ合っていた。

「どうしたの?」
「いや……なぁ」
「あぁ、何でもない。そんな事より――一足早いクリスマスプレゼントだ」

にっこり笑った双子から手渡されたのは、くたびれた羊皮紙だった。
その羊皮紙がホグワーツの地図で、誰がどこにいるのか一目で分かってしまう優れ物だと教えられたハリーは、フレッドとジョージが教室を出て行くとすぐさま地図でリサを探した。こんなに素敵な物なら、リサと二人で使うべきだ。何でもない振りをしていたって、リサだってホグズミードに行きたいに決まってるのだから。

「あ、あれ?」

けれど、どれだけ探してもリサの名前は見つからない。近くのトイレにも、グリフィンドールの談話室にもどこにも。どうして見つからないのだろうと躍起になって探し始めたハリーだったが、今ハリーがいるこの四階の廊下に向かってフィルチが階段を上り始めたことに気が付くと、もう迷ってはいられなかった。このチャンスを逃せばホグズミードには一生行けないかもしれない。

「リサには悪いけど……でも、行きたいんだ」

地図に従って魔女像の割れ目からホグズミードへ続く通路をひた進む。ハリーの気持ちは晴れ晴れしていた。
秘密の通路の出入口はハニーデュークス店の地下倉庫だった。店主に気付かれないようにこっそり階段を上ったハリーは、幸運なことにすぐにロン、ハーマイオニーと合流することが出来た。ロンは兄達が地図のことを教えてくれなかったことを憤ったし、ハーマイオニーは地図を所持していることの危険性を説いた。けれど、ハリーはもうこの地図を手放す気にはなれなかった。シリウス・ブラックが抜け道を知っているはずがない。この地図がなければ、ホグワーツに侵入することなど出来やしないのだから。

「それで、リサはどうしたの?」
「あー……それが、その……」
「まさか、一人だけ置いてきたの?」
「違うんだ! あの、探したんだよ。でもいくら探しても名前が見付からなくて――そしたらフィルチがこっちに近付いて来てて、だから……」

ハリーは最後まで言うことが出来なかった。全て事実だが、置いてきてしまったのも事実なのだ。顔を見合わせたハーマイオニーとロンが、仕方ないという顔でハリーの背中や肩を叩いた。

「お土産、いっぱい買っていかなきゃね」
「そうだね。けど、その前に『三本の箒』まで行ってバタービールを飲まないか?」

ハリーは大賛成だった。城の外にでる予定などなかったから、ロンやハーマイオニーほど厚着ではない。通路の中は暗い上に寒く、店の中にいるというのに凍えてしまいそうだったからだ。
三人は人混みに紛れて小さな居酒屋に入った。店の入口に三本の箒が三角形を描く形で飾ってあるそこは、沢山の人でごった返していて煩く、そして暖かかった。

「メリー・クリスマス!」

ロンが買ってきた熱々のバタービールは、ハリーが今まで飲んだ飲み物の中で一番美味しかった。

「リサも一緒だったら良かったわね――あぁ、違うわ。ハリーを責めてるわけじゃないのよ」

ハリーの表情に気付いたハーマイオニーが慌てて手を振る。分かっている。全員が一緒だったら、きっともっと美味しかっただろう。まだ知り合って数ヶ月だけれど、何故かハリーはリサのことをずっと昔から知っているような気がしていた。
バタービールが身体の芯から隅々まで温めてくれたその時――急に冷たい風がハリーの髪を逆立てた。また客が入ってきたのだ。両手で持った大ジョッキの向こうに見える戸口を見たハリーは、そこに立つ人物を見て咽た。マクゴナガルとフリットウィックが舞い上がる雪に包まれて入ってきたのだ。そのすぐ後ろからハグリッドが身を屈めながら入ってきて、最後に入ってきた山高帽に細縞のマントを纏ったでっぷりした男と何やら話している。その男にもハリーは見覚えがあった。コーネリウス・ファッジ――魔法省大臣だ。

ロンとハーマイオニーの動きは早かった。
二人は同時にハリーの頭に手を置くと、ハリーが驚く間もなくテーブルの下に押し込んだのだ。椅子からずり落ちるようにしてテーブルの下に潜り込んだハリーは、ボタボタと垂れるバタービールに溜息を一つ落として机の下に蹲る。気付かれるわけにはいかない。
マクゴナガル達の脚がバーの方へ向かい、またこちらに戻ってくるのをじっと見つめていると、頭上からハーマイオニーの囁き声が聞こえてきた。近くにあったクリスマス・ツリーがふわりと十センチ程浮き上がり、ハリー達のテーブルの前に着地した。
ツリーの陰に隠れながら、ハリー達三人はそっとマクゴナガル達の様子を窺った――大丈夫、気付かれていない。

想像だにしない事実を突きつけられる事を知らぬまま、ハリーはじっと息を潜め続けた。