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”ルーシー、君、何で占い学を取らなかったんだい?”

昔、選択科目の授業後に合流したジェームズにそう尋ねられたことがあった。つまらなさそうだったからと答えた気がする。昔も今もその考えは変わっていない。占いだなんて不確かなものを学んで何になるというのだろうか。「へぇ、じゃあルーン文字学は楽しいか?」なんてシリウスがニヤリと笑った。勉強が苦手だと知っているくせに。あんなわけの分からないものを楽しいと思えるはずがないだろうが!と、悔し紛れに握り締めた拳を腹にめり込ませようとしたが、リーチが足りずに叶わなかったという苦い記憶まで引きずり出してしまいルーシーは溜息を落とした。シリウスとジェームズに大笑いされて悔しかったのを覚えている。

”まぁ、でもその推測は間違ってない”

大袈裟に溜息をついてみせジェームズは、顔を見合わせたシリウスと共に言い放った。

『占い学』はクソだったぜ――と。

その言葉が事実だと知るのは、新学期初日の最初の授業。つまり今この瞬間である。

占い学の授業が終わり、ルーシーは大きな溜息をつきながら螺旋階段を降りていた。少し前を歩くハリーの落ちた肩が何とも痛ましい。その隣を歩くロンがチラチラと横目でハリーを窺うが、何度も開きかけた口からハリーへの慰めの言葉が出ることはなかった。

記憶の中の彼らが言った通り、占い学の授業は散々だった。
屋根裏部屋で紅茶専門店を開いているかのような内装。閉め切られた窓はカーテンで覆われ、より閉鎖的で息の詰まる空間となっていた。その中で燃える火からは、一体何の匂いなのか分からないが気分が悪くなるほどの濃厚な香りが漂っていて、思わず口を押さえてしまったほどだ。
担当のトレローニー教授も何とも表現しがたい人物だった。蜻蛉を連想するような大きな眼鏡と大きな目、スパンコールまみれのショール、病的なほどに細い首には鎖やビーズのネックレスがぶら下がり、腕にはいくつもの腕輪が、そして殆どの指に指輪が。節操なく飾り付けられたその姿に、まるでジュエリースタンドのような人だと思ったほどだ。
何より酷かったのは授業内容で、『心眼』だの『眼力』だの、ルーシーには到底理解出来ない単語を並べる彼女は、本当に占いの才能があるのだろうか。おそらく、そう考えたのはルーシーだけではないはずだ。
授業開始早々にネビルやラベンダー・ブラウンに不吉な予言を与えた彼女は、授業の中盤から終盤にかけてハリーに寄り添い、ハリーには恐ろしい敵がいるだの、グリムと呼ばれる死神犬が憑いているだの、挙句には死の予告だと高らかに宣告した。誰もが恐れ慄き黙り込む中で、唯一ハーマイオニーだけがトレローニーの予言を胡散臭そうな顔をしていたが、正直、ルーシーも同感だ。

ハリーが死ぬ? 冗談じゃない。
死なせない為にここにいるのだ。そんなふざけた予言の通りになってたまるものか。

「ハーマイオニー、次の授業は何だっ、け……」

おかしい。ルーシーは首を傾げた。
ハーマイオニーはルーシーのすぐ後ろにいたはずだ。それなのに今、ハーマイオニーの姿はない。ついさっきまでそこにいたはずだというのに。何かあったのだろうかと数段戻って確認したが、やはりハーマイオニーの姿はない。階段を降りてきたのはバッグを抱えながら一段一段ゆっくり降りてくるネビルだった。

「ネビル、ハーマイオニー見なかった?」
「ハーマイオニー? さっき君たちと一緒に降りてったじゃないか」
「そう、なんだけど……」

忽然と消えてしまったハーマイオニー。彼女は一体どこへ行ってしまったんだろうか。

「リサ? どうかした?」

下の方から聞こえたロンの声に慌てて階段を駆け下りるが、やはりハーマイオニーの姿はない。

「あれ? ハーマイオニーは?」
「それが、見当たらなくて……」

ロンと共に首を傾げている間にネビルが降りてきた。少し待ってもハーマイオニーは現れなかった為、きっと先に行ったのだろうと無理な結論を出したロンたちと共にルーシーは『変身術』の授業へと向かった。
その間、ハリーは一言も口を利かなかった。

『占い学』の後に『変身術』の授業があったのは幸いだった。
マクゴナガルはトレローニーの受け持つ『占い学』を不正確な分野だと述べ、授業の初日に誰かに死の宣告をするのは彼女の流儀だということも教えてくれた。これまでに宣告された生徒たちは今も無事に生きていることを教えられると、ハリーは漸く表情を緩ませて安堵の息を漏らした。

「良かったね」

昼食に向かいながらハリーに笑いかければ、ハリーからも笑みが返ってくる。

「そう言えばハーマイオニー、『占い学』の後どこにいたの?」
「え?」

昼食のシチューを掬いながら尋ねれば、ハーマイオニーはきょとんと目を丸くしてから笑った。無理に作ったようなそれを浮かべるハーマイオニーの口から出てきたのは「ずっと貴方たちの後ろにいたわよ」だ。
そんなはずはない。だって、ハーマイオニーの後ろにいたはずのネビルがハーマイオニーを追い越してないと言っていたのだから。

「――そっか」

疑問は残ったままだけれど、言いたくないのなら仕方ない。
納得したフリをしてシチューを頬張れば、隣でハーマイオニーがこっそり安堵の息を漏らしたのが聞こえた。

「ねぇ、ハリー」

突然、ロンの硬い声がハリーの名前を呼んだ。

「君、どこかで大きな黒い犬を見かけたりしなかったよね?」
「うん、見たよ。ダーズリーのとこから逃げたあの夜」

ロンが持っていたフォークを取り落とした。

「野良犬よ、きっと」

落ち着き払ったハーマイオニーを、ロンが信じられないという目で凝視する。恐怖に染まるその目で忙しなくきょろきょろと辺りを見回しながら、ロンは声を潜めるようにしてハーマイオニーに噛み付いた。

「ハーマイオニー、ハリーがグリムを見たなら、それは……それは、良くないよ。ぼく、僕のビリウスおじさんがアレを見たんだ。そ、そしたら……二十四時間後に死んじゃったんだ!」
「偶然よ!」

かぼちゃジュースを注ぎながら、ハーマイオニーはロンの告白をバッサリ切り捨てた。

「君、自分の言ってることが分かってるのか!? グリムと聞けば、大概の魔法使いは震え上がってお先真っ暗なんだぜ!」
「つまり、そういうことでしょ。グリムを見ると怖くて死んじゃうのよ。グリムは不吉な予兆じゃなくて死の原因だわ! ハリーはまだ生きてる――だってハリーは馬鹿じゃないもの。あれを見ても『それじゃ死んだも同然だ』なんて馬鹿なことをかんがえなかったからよ。リサだってそう思うでしょう?」

自信満々なハーマイオニーがルーシーを振り返る。焦りと怒りの色が浮かぶロンと、ハリーの複雑そうな視線まで向けられてルーシーは困り果てて眉を下げた。

「あー……うん、そうだなぁ……私は元々グリムとか信じない方だから……」

ほら!ハーマイオニーが勝ち誇ったように笑い、ロンの眉間にぐっと皺が寄った。

「実際にいるかどうかは分からないけどさ、もしいたとしてもハーマイオニーの言う通りハリーはまだ生きてるんだし、私たちでちゃんと見張ってれば良いんじゃないかな」

ハリーが死ぬのは嫌だし。
ロンは未だ納得のいかない顔をしていたが、ハリーの件については同感だったのか反論することはなかった。

「大丈夫だよ。ほら、ハリーって運が良いみたいだから」

安心させるように笑いかければ、呆気に取られた顔をした彼らは顔を見合わせて小さく笑った。