「スネイプ先生!」
階段を下りた所で呼び止めると、スネイプがどこか呆れた様子で「お前もか」と呟いた。
「あの、ちょっと話が……」
躊躇いがちなルーシーを訝しみながらも、スネイプはルーシーを研究室へと迎えてくれた。
「それで?」
間髪入れずに話を促してくるスネイプにルーシーは緊張しながら頷き口を開く。
「『賢者の石』を狙ってるのはクィレル先生ですよね?」
「……一応聞いておくが『石』のことをどこで?」
スネイプの眉間の皺が凄いことになっている。怯みながらもルーシーは言った。
「フラッフィーの所に何が隠されてるのかってハグリッドに聞いたら、それを知っていいのはアルバスとニコラス・フラメルだけだって言ったんです。それで、本で調べて……」
「ハグリッドめ……」
「先生が審判をした日、森でクィレル先生と話してるのを見ました。そのすぐ後にハグリッドがドラゴンの卵を手に入れたんです」
「何?」
「フードを被った誰かがハグリッドに卵を渡した……その時にたくさんお酒を飲ませて、フラッフィーの宥め方を聞き出したんです。さっきハグリッドからそれを聞いて、アルバスに言わなきゃって……でもロンドンに行ったって聞いて……どうしたら良いのか分からなくて……」
俯くとスネイプの溜息が降ってくる。ルーシーはスカートを握りしめた。
「君達に出来ることは何もない」
「分かってます。でも……でも、じっとしてられなくて……だってヴォルデモートって悪い魔法使いが『石』を狙ってるんでしょう?」
スネイプが息を呑んだ。
「ハリーのことも狙ってるって! もし『石』がそいつの手に渡ったらハリーが危ないのに!」
「カトレット」
「もしハリー達に何かあったら、私――」
「カトレット!」
大声にルーシーはびくりと体を震わせた。息が苦しい。怖くて堪らない。大事な友達に危険が迫っている。何も出来る事などないと分かっている。それでも何かしなければと思うのだ。何も出来ないまま、何もしないままハリーが殺されてしまったら――考えるだけで恐ろしい。
「寮に戻りなさい」
小さな子どもに言い聞かせるような口調でスネイプが言った。
「友人達の元へ戻り、そして大人しくしていることだ。『石』の守りはクィレル如きに破れるものではない」
「でも、でもいるんでしょう? ヴォルデモートが森にいるってフィレンツェが言ってました! クィレル一人じゃ駄目でも、その人が一緒にいたら?」
「もし闇の帝王が傍にいるとしたらダンブルドアと我輩が気付くはずだ。たとえ指示を出しているのがそうだとして、この城にいるとは考えにくい」
「でも、でも――」
「カトレット」
スネイプは取り付く島もない。これ以上の問答は無用だとばかりに名を呼ばれ、ルーシーは頷くしかなかった。
スネイプの研究室から談話室へ帰る途中、思い立って四階の禁じられた廊下の近くを通るとマクゴナガルに出会した。
「貴方もですか、カトレット」
マクゴナガルは大層ご立腹の様子だった。
「つい先ほどポッター達に言ったのを聞いてなかったのですか?」
「スネイプ先生の所に行っていて……あの、マクゴナガル先生。一つだけ聞いてもいいですか?」
「何です?」
尖った声のマクゴナガルにルーシーは窺うようにそっと尋ねた。
「……大丈夫ですよね? ハリーも、ホグワーツもみんな……みんな大丈夫ですよね……?」
常にないルーシーの憔悴した様子に面食らったのだろう。目を見開いたマクゴナガルの顔が悲しげに歪んだ。
「えぇ……えぇ、もちろんですとも。心配することは何もありませんよ」
努めて優しく声をかけるマクゴナガルをじっと見つめ、そしてルーシーは微かに笑った。
「はい……分かりました。ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして談話室へ向かおうとするルーシーをマクゴナガルが呼び止めた。
「無茶をしてはいけませんよ。貴方も、ポッター達も」
もう一度おじぎをしてルーシーは談話室へ続く階段を上っていった。
ルーシーが談話室へ戻った時には、ハリー達三人は既に今夜行動を起こすことを決めていた。
「待って、でも危ないよ」
「怖かったら来なくて良いよ。でも僕は行く」
「ハリー、きっと大丈夫だから……だから、私達は下手に動かない方がいいよ。もし何かあったら――」
「どこにそんな保証があるんだ? スネイプはダンブルドアさえ出し抜いたかもしれない」
「でも、」
「そうじゃないなんて、どうして言い切れる? ルーシー、僕は行く。もう決めたんだ」
聞く耳を持たないハリーからロン、ハーマイオニーへと視線を向けるが、二人もハリーと同じく既に決意しているようだった。どうしよう、何とかして止めなければ。でも、どうやって――?
夜が深まり、一人、また一人と寝室へ繋がる階段へ消えていく。談話室はすっかり人気がなくなり、最後にリー・ジョーダンが欠伸をしながら男子塔へ上がっていくと談話室にはルーシー達だけとなった。
「マントを取って来いよ」
ロンがハリーに囁くと、ハリーは頷いて階段を駆け上がっていった。
「ルーシー、君はどうする?」
答えられなかった。ずっと考えていたけれど、三人を止める方法が見つからなかったのだ。
「もちろん来なくても良いのよ。でも、お願いだから止めないで。私達はハリーと行くわ」
「ハーマイオニー……でも危険だよ……もし何かあったら――」
「そうならない為にいっぱい勉強したのよ。確かに怖いわ、すごく……でも、ハリーを一人で行かせることの方がもっと怖いもの」
ルーシーはハッとした。ハーマイオニーとロンの目に迷いはどこにもない。この二人もルーシーと同じだ。大切な友人であるハリーを一人で行かせるわけにはいかない。
戻ってきたハリー達が三人でマントに入れるか試そうとしたその時、視界の端で何かが動いた。
「君達、何してるの?」
ネビルだった。また脱走しようとしたのだろうか、彼の手はペットのヒキガエルをしっかり掴んでいる。
「また外に出るんだろう」
ネビルが責めるように言った。
「駄目だよ。また見つかったらグリフィンドールはもっと大変なことになる」
「君には分からない事だけど、これはとっても重要な事なんだ」
ハリーはそう言ったがネビルは譲らなかった。
「行かせるもんか。僕、僕、君達と戦う!」
「ネビル。そこを退けよ、バカな真似はよせ」
「バカ呼ばわりするな! もうこれ以上規則を破っちゃ駄目だ! 恐れずに立ち向かえと言ったのは君じゃないか」
「あぁそうだ。でも立ち向かう相手は僕じゃない」
ロンがいきり立った。どちらも譲ることはなく、ハリーが困り果てた様子でハーマイオニーに助けを求めると、大きく息を吸い込んだハーマイオニーは努めて冷静に杖を取り出してネビルに向けた。
「ペトリフィカス トタルス 石になれ」
ネビルの両腕が体の脇にぴったりと張り付き、両足がパチッと閉じた。ネビルの体が固くなり、一枚板のようにうつ伏せにばったりと倒れた。
「何をしたんだい?」
「全身金縛りをかけたの……ネビル、ごめんなさい」
ネビルの体を仰向けにしてやりながらハーマイオニーが謝罪を紡ぐ。
「ルーシー、君は?」
ハリーが尋ねるとロンもハーマイオニーもルーシーを見た。三人を順に見て、ネビルを見て。ルーシーは覚悟を決めた。
「私も入ったらさすがに隠れきれないよね」
マントを指すと三人が顔を見合わせる。先に行って。ルーシーは続けた。
「抜け道使って追いかけるから」
「でもルーシー、無理しなくて良いのよ。貴方の気持ちを無視したくないの」
「ううん、違うよ。私も思ったの。何もしないでいる方がずっと怖い」
「ルーシー……」
「隠れながら行くから遠回りすることになると思う。だから皆は構わず先に進んで。絶対追いつくから」
「――分かった」
「気をつけて」
「絶対よ」
それぞれ頷いた三人がマントを被り、姿を消して談話室を出て行った。静まり返った談話室でルーシーは深呼吸を繰り返す。テーブルの上に羊皮紙の切れ端が忘れ去られているのを見つけ、ポケットに押し込んだ。
「ネビル、ごめんね。魔法の解き方分からなくて……止めてくれたのに、聞いてあげられなくてごめん。点数減らされないように頑張るから」
ネビルの目が心配そうにこちらを見ている。微笑みを返してルーシーはそっと談話室を出た。
フィルチやミセス・ノリス、ゴースト達を避けつつ、抜け道を駆使してルーシーは四階の廊下を目指した。ハリー達はもう着いただろうか。クィレルはどうだろうか。どうか彼らがクィレルに出会しませんようにと祈りながら、ルーシーは漸く目的の場所に辿り着いた。
扉は少しだけ開いていた。緊張で手のひらに滲み出した汗を服で拭き、ルーシーは杖を握りしめてそっと扉を開けた。グルグルとフラッフィーの唸り声がすぐに聞こえてくる。落ち着け、落ち着け――。
ルーシーはポケットから笛を取り出した。ここに来る途中、羊皮紙の切れ端を魔法で笛に変えておいたのだ。笛を吹き始めるとフラッフィーはすぐに目をとろんとさせ、そのまま吹き続ければ数分もしないうちに完全に眠りこけてしまった。笛を吹くのを止めた途端すぐにグルグルと唸り声が聞こえだしたので、ルーシーは慌ててもう一度笛を吹いた。どうやら音楽が鳴っている間だけ眠るらしい。
フラッフィーのそばには扉の開いた仕掛け扉とハープがあった。きっとクィレルがハープを使ってフラッフィーを眠らせたのだろう。ハリー達はきっともう先へ進んでいるはずだ。扉の先は終わりの見えない暗い闇がどこまでも続いている。
意を決して飛び降りようとしたその時、ルーシーが入ってきた扉が静かに開いた。