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視線が痛い。

「努力するんじゃなかったの?」

かけられる声も刺々しい。痛い。

「だから、その、見つからないように頑張ろうかな、と……」
「ルーシー」
「はいすみませんでした諦めます大人しく寝ます」

しょんぼり肩を落としながらルーシーはハーマイオニーに背を向けた。まさか談話室で見張っているなんて。卑怯だ。いや、違う。悪いのは自分だ。

「貴方、どうしてそんなに悪さをしたがるの?」

甚だ疑問だという声に振り返れば、ハーマイオニーが理解出来ないという顔でこちらを見ていた。
どうして。ハーマイオニーの問いかけにルーシーは考えてみる。けれど答えは出てこない。具体的な理由が見つからないのだ。
ただ、そうする事が自然に思えて。一年の殆どを過ごす城は、つまりルーシーの家であるも同然だ。自分の家なのに知らないことがある――そっちの方が不自然に思えてならない。だから城中を歩き回るのだ。
悪戯だって、他人に危害を加えるようなものを仕掛けた事はない。ただ、そこを通った人がルーシーの仕掛けた悪戯に驚いたり、笑ったりするのは嬉しいと思う。楽しいと思う。それはおかしな事なのだろうか。

「おかしくないわ。でもね、ルーシー。それを迷惑に思う人だっているのよ」

現にスネイプはそう思っている。フィルチだってそう思っている。だからこそ減点する。罰則を科す。そう話すハーマイオニーにルーシーは唇を尖らせた。教師ってずるい。呟いたらハーマイオニーに睨まれた。

「今日は大人しく寝ます」
「是非そうしてちょうだい」

溜息と共に肩を落として女子棟へ向かう。その時、男子棟の方から物音が聞こえてきた。薄暗い談話室に二つの人影が現れる。ルーシー?小さな声が呟いた。ハリーだ。

「何だ、やっぱり来たんじゃないか」
「あー……うん、えーと……」

これはまずい。そう思ってルーシーは視線を泳がせる。向けた先はハーマイオニーだ。怖い顔をしていらっしゃる。ルーシーの視線の先を追ったハリーとロンが嫌そうに顔を歪めた。

「また君か! ベッドに戻れよ!」
「本当は貴方のお兄さんに言おうと思ったのよ。パーシーに。監督生だもの、絶対に止めさせるわ」
「行こう」

ハーマイオニーを無視してロンに言ったハリーが、談話室の入り口である『太った婦人の肖像画』を押し開けて外に出る。ロンが後に続いて行くと、ハーマイオニーも即座に後を追って行ってしまった。どうしよう。そう思ったのは一瞬で、ルーシーも三人を追って肖像画へと向かった。ハーマイオニーとの約束だからと、ポケットに詰めていた悪戯グッズは談話室のテーブルに全て置いて。

「グリフィンドールがどうなるか気にならないの?」

ルーシーが談話室の外に出ると、ハーマイオニーの刺々しい声がすぐに聞こえた。無視して廊下を進むハリーとロンの後を追うハーマイオニーのふわふわの髪の毛が揺れていた。

「スリザリンが寮杯を取るなんて私は嫌よ。私が変身呪文を知ってたおかげでマクゴナガル先生がくださった点数を、貴方達がご破産にするんだわ」
「あっちへ行けよ」

うざったそうに返すロンの声にも苛立ちが表れている。

「いいわ。ちゃんと忠告しましたからね。明日、家に変える汽車の中で私の言ったことを思い出すでしょうよ。貴方達は本当に――」

振り返ったハーマイオニーが言葉を切った。ルーシーは慌てて首を振る。

「ち、違うよ! 悪戯グッズは置いてきたし! ただ、その、気になって……」

もごもごと言い訳を口にしてルーシーは気付く。ハーマイオニーが見ているのは自分ではない。もっと後ろだ。何だろうかと振り返り、ルーシーも理解した。肖像画の中に太った婦人の姿がないのだ。もう消灯時間を過ぎているからだろう、合言葉を伝えるべき相手はその役目を終えてどこかへ行ってしまった。

「あらー……」

閉め出されてしまった。婦人がいつ帰って来るのか分からない。いつ誰が見回りにくるかもしれない。
あ、終わった。思わず呟いてルーシーは溜息と共に頭を掻く。フィルチが来てもスネイプが来ても結果は同じだ。

「さぁ、どうしてくれるの?」

険しい声に振り返れば、ハーマイオニーが険しい顔でハリーとロンを睨みつけている。それもそうだろう、規則を破ろうとするハリー達を止めようとして、ハーマイオニーまで規則破りになってしまったのだから。

「一緒に行くわ」
「ダメ。来るなよ」

ロンがすぐに返した。

「ここに突っ立ってフィルチに捕まるのを待ってろって言うの? 四人とも見つかったら、私、フィルチに本当のことを言うわ。私は貴方達を止めようとしました、って。貴方達、私の証人になるのよ」

その『貴方達』の中に自分は入るのだろうか。考えてルーシーはまた溜息。元々は悪戯を仕掛けようとしていたのだし、悪戯グッズを置いてきたとしてもこうして外に出てきてしまった。談話室で待っているべきだったのだ。
ハリー、ロンの後を追ってハーマイオニーが歩き始めたので、ルーシーも仕方なく後を追った。けれどその足はすぐに止まることになる。先頭を歩いていたハリーとロンが足を止めたのだ。

「何か聞こえる」
「ミセス・ノリスか?」
「やばっ、目くらましグッズも全部置いてきちゃったよ……!」

四人は目を凝らしてじっと廊下を見つめた。隅っこの方に何かが丸まっている――ネビルだ。四人が忍び寄ると、ネビルはびくりと目を覚ました。

「あぁ良かった! 見つけてくれて……もう何時間もここにいるんだよ。ベッドに行こうとしたら合言葉を忘れちゃったんだ」
「小さい声で話せよ、ネビル。合言葉は『豚の鼻』だけど、今は役に立ちゃしない。太った婦人がどっかに行っちまったんだ」
「腕の具合はどう?」
「大丈夫」

ルーシーの問いかけにネビルは顔を綻ばせた。

「マダム・ポンフリーがあっという間に治してくれたよ」
「そっか、良かった……」
「悪いけど、ネビル、僕達はこれから行く所があるんだ」
「そんな、置いてかないで!」

ネビルが慌てて立ち上がった。

「ここに一人でいるのは嫌だよ。『血みどろ男爵』がもう二度もここを通ったんだ」

縋るように袖を掴んで訴えてくるネビルにルーシーは苦笑を返した。一緒に行こう。そう言うとネビルは安堵の息を漏らして隣に並ぶ。五人は周囲に気を配りながらおそるおそる廊下を進んでいった。




深夜のホグワーツはひっそりと静かで少しだけ薄気味悪かった。
昼間は賑わう廊下もシンと静まり返り、おそるおそる歩くルーシー達の靴音がいやに大きく響いているように感じた。高窓から覗く月明かりが廊下を縞模様に照らす。誰にも会わずにトロフィー室に辿り着いたのは奇跡だっただろう。

トロフィー室にドラコ達の姿はなかった。トロフィー棚のガラスが月の光を受けてキラキラと輝き、カップ、盾、賞杯、像などが暗がりの中で瞬くように金銀に煌めいている。

「ふはー……すごいねぇ、トロフィー室なんて初めて入ったよ」

ハリーとドラコが入り口から目を離さないまま壁伝いを歩く中、ルーシーはトロフィー棚をしげしげと眺めた。ルーシー。ロンが何してるのと言わんばかりに呼んでいるのにひらひらと手を振って棚の中に飾られた賞杯に顔を寄せる。クィディッチの優勝杯のようだ。その横に並んだ盾には歴代の優勝チームのメンバーの名前が刻まれている。スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ――

「あっ」

思わず上げた声。即座にハリーから「シッ」と窘められるが、ルーシーの耳には届かない。耳のすぐ近くで聞こえるドクン、ドクンという鼓動の音。あぁ、何で。そんな。嘘でしょう?

ジェームズ・ポッター。十五年近く前の優勝杯の横に並べられた盾に見つけてしまった名前。ハリーの父親の名前だ。シリウス・ブラックという名前と共にチェイサーの欄に記されたその上。ルーシーが見つけてしまった名前。

『ルーシー・カトレット』

シーカーだ。ハリーの父親と共にクィディッチの試合に出場し、優勝杯を勝ち取ったのだ。

どうして。無意識に漏れた声は掠れて音にならなかった。
わけが分からなくて、無性に怖くなった。

「ルーシー……!」

ぐいと強く腕を引かれてルーシーは我に返った。振り返れば焦った顔をしたハーマイオニーがルーシーの腕を掴んでこちらへ来いと呼んでいる。暗がりでハリーが焦った様子でめちゃめちゃに手招きしているのが見えた。わけも分からないままハーマイオニーに引っ張られるようにして扉へ向かう。曲がり角を曲がった所で背後から嗄れた声が聞こえてきた。

「どこかこの辺にいるぞ……隠れているに違いない」

フィルチの声だ。ハッと息を呑んだルーシーは慌てて口を押さえながら足を速める。こっちだとハリーの囁きに導かれながら、ルーシー達は足音一つ立てないようにして廊下を進んだ。背後から聞こえる声はどんどん近づいて来る。向こうも躍起になってルーシー達を探しているのだ。

フィルチの声には誰かがトロフィー室にいるのだと確信しているような響きがあった。そして思い出す。カーラが大広間で言った台詞だ。

”おすすめしないよ”

きっとカーラは気付いていたのだ。ドラコがどういうつもりでハリー達に決闘を申し込んでいたのかを。あぁ、バカ。もっと早くに気付けば良かった――後悔しても遅い。ここで見つかったらどんな目に遭うかは目に見えている。せっかくマクゴナガルが与えてくれた寮に貢献する機会すら無くなってしまう事だろう。

逃げなければ。強く決心したその時、迫る恐怖に耐え切れなくなったネビルが突然叫び声を上げて走り出した。暗い廊下を突進するネビルはすぐに障害物へとぶつかる。ロンだ。物凄い勢いのまま二人は揃って鎧にぶつかり倒れ込んだ。城中に響いたのではないかと思うほどの大きな音が上がった。

「逃げろ!!」

ハリーが声を張り上げた。がむしゃらに走り出したハリーの後をルーシー、ハーマイオニー、ロン、ネビルが追う。更に後ろからはフィルチが何事かを叫びながら追いかけてくる。急がなければ。全速力で扉を潜り、次から次へと廊下を駆け抜けていく。ハリーが見つけた隠し通路を駆け抜けて出た先は呪文学の教室のすぐ近くだった。トロフィー室からはだいぶ離れているそこで、漸くハリーが足を止めた。誰もが息を切らして壁に寄りかかると、額の汗を拭ったハリーが息を弾ませながら口を開いた。

「フィルチを撒いたと思うよ……」
「だから……そう、言った、じゃない……」

胸を押さえながらハーマイオニーが喘ぎ喘ぎ言う。

「マルフォイに嵌められたのよ。ハリー、貴方も分かってるんでしょう? 始めから来る気なんかなかったんだわ。マルフォイが告げ口したのよね、だからフィルチは誰かがトロフィー室に来るって知ってたのよ」
「寮に戻らなきゃ……」

ルーシーの提案に異を唱える者はいなかった。
呼吸を整えた五人は辺りに気を配りながら慎重に歩き始めた。けれど、ほんの十歩と進まない内に教室の戸がガチャガチャと音を鳴らす。勢い良く飛び出てきたのは、ポルターガイストのピーブズだ。

「………」
「………」

五人とピーブズは互いに見つめ合う。ほんの一、二秒のことだ。ピーブズは五人を順に見て歓声を上げた。

「黙れ、ピーブズ……お願いだから――じゃないと、僕達退学になっちゃう」
「真夜中にフラフラしてるのかい? 一年生ちゃん。チッ、チッ、チッ、悪い子、悪い子、捕まるぞ」
「黙っててくれたら捕まらずに済むよ。お願いだ、ピーブズ」
「フィルチに言おう。言わなくちゃ。君達の為になることだものね」

正義感に満ちた声を上げるピーブズの目は意地悪く光っている。ルーシーとハーマイオニーは顔を見合わせた。

「ねぇ、ピーブズ。お願い……」
「おぉぉう! ちっちゃな、ちっちゃなカトレット! 今度はどんな悪戯だ?」
「こ、声大きい……! 今日は仕掛けてないよ。ピーブズ、お願いだから――」
「もう退学だなんて可哀想に」

ピーブズが嗤う。愉しげに嗤う。

”せっかく戻ってきたのにね”